9.狙われた街
「新しい情報……ないもんだね」
聞き取りを終え「タービュランス」を出ると、ナギがそう漏らした。
まるでアキラの胸の内を代弁するような言葉だった。
「警察なら……例えばベテラン刑事とかならさっきの話からヒントを掴むんだろうけどな」
アキラも自身の無力さを嘆くばかりだ。
現地で調査といっても、話を聞いて判断できることなどない。
居酒屋や風俗店の入った雑居ビルの間を歩きながら、この任務の意義を考えた。
石巻に着いた時、行方不明者の足取りを追っているつもりだった。
しかし、そんなことは警察が済ませているし、能力に劣る自分たちが同じことをやっても成果が上がるはずはない。
「とりあえず、班長に報告してみるか」
「班長さんて、どんな人?」
「元警察官僚で、酒飲みでスケベで豪快なタイプ……外見はさっきのオーナーさんみたいな感じで、キリッとして男前だけど、おでこが広くなってる」
「なるほど、男性ホルモン濃いめなんだね〜」
どんな想像をしているのか、ナギは口元を緩ませたまま笑っている。
アキラはその脇で立ち止まり、スマートフォンを取り出した。
特生室の番号を呼んでみたが、何秒待っても繋がらない。
「誰もいないのかな……」
諦めて駐車場に戻ろうとした時、電話がかかってきた。
慌てて着信ボタンをタップする。
「駿河です」
『俺だ。すまん、警察と電話してて手がふさがってた。仙台の方はどうだった?』
「表立って新しい情報はありません。ただ今回は家族とのすれ違いがなさそうで、前にも増して失踪の理由が掴めません」
『例のアプリも心当たりなしだな?』
「はい。それどころか、アプリを使う暇もなさそうでした」
『そうか……やっぱりそうか』
「やっぱり?」
班長は予想していたのだろうか。
プログラミング学習アプリを実際に活用していない可能性を。
『ああ、いくつかわかったことがある。怪しいアプリは二つと言ってたな。実際には三つだ。共通性のある事案を当たってみたところ、必ず同じ時期にインストールされているアプリがあった。パズルゲームなんだが、評判を調べたところ、同じようなステージを延々AIで生成し続けるだけで、得点や順位を競ったり、評価される機能もない』
「つまり、面白くないってことですか?」
『そのようだ。なのにこのゲームときたら、課金機能がある。そして、金を払ってもアイテムも何も買えない。ただ適当な数列が表示されるだけだ』
「詐欺……ってわけでもなさそうですね?」
『うん、後輩のツテで警視庁の捜査支援分析センターに調べさせてるんだが、RSA暗号の一種じゃないかという話だ。つまり、何かのパスワードだな』
班長の話が朧気ながらアキラにも見えてきた。
失踪者が何らかのパスワードを購入していたとするなら、当然その目的には「コードネスト」とVPN接続アプリが関わっている、と考えるのが自然だ。
『それから、この三つのアプリをインストールした失踪者の身元をうちの名簿と照らし合わせたところ、約九割がうちで把握してる特定変異者と一致した。残り一割も、親や兄弟の名前が引っかかったから、サキュバスである可能性は高い』
特定変異者——正確には「特定生態変異者」と呼称されるのは、現代の科学では説明のつかない身体構造や能力を有し、それらに由来する生活上の特異性を持つ者を指す。
とはいえ近年の造語であり、共有されているのは一部の医療機関、公安警察、そして内閣と厚生労働省に限られる。
認定されているのも今は「1型」つまりサキュバスのみ。
将来他種の異能人類が発見された時に備え、概念と定義の整備を図ったものだ。
『警視庁の捜査一課にいた時、先輩刑事が言ってたんだ。偶然も二つまでなら許せる、だが三つとなると、何らかの必然があると思え、とね』
「必然……誰かの意図で、何十件もの失踪事件が……?」
『何十件どころじゃねぇ、百六十二件だ。俺たち特生室が把握してる日本のサキュバスの約一パーセントが、不自然な行動のあと忽然と姿を消した』
アキラは言葉を失い、唾を飲んだ。
『もうひとつ身の毛もよだつ情報がある。失踪者たちが三つのアプリをダウンロードした日時だ。最初は北海道、次が青森、そして岩手、秋田、宮城、山形、新潟、福島……』
「そんなこと……」
『同じ時期に鹿児島、宮崎、熊本、福岡……もうわかったな? 移動してるんだ。日本列島を北と南から挟み込むように。移動速度は場所によってマチマチだから今改めて検証してる。もし、道路を使って車で移動する速度と一致したら……俺たちの敵は人間だ。ネットの闇でも時代の変化でもない。生きた人間が、今まさに、この国を荒し回ってる』
班長の声は強い憤りを孕んでいた。
『石巻に行った時、世代間のすれ違いが大きくなってるとか言ってたな。これは勘でしかないんだが、それすらも敵の策略だとしたら? サキュバス社会は世代間の相互扶助で強いセキュリティを高め、生存性を保ってる。だが、嘘の情報、甘い誘いで相互不信を煽り、サキュバス同士の絆を破壊すれば、若者を手中に落とすことも……』
「そんなの、手間の割に成果が小さいんじゃないですか?」
『いや、昔からある手法さ。独裁国家、革命思想、カルト宗教、メトロン星人……とにかく、山ほど企てられてきた』
アキラの知識にない単語が混ざっていた。
「メトロン星人って?」
『昔の特撮番組に出てきた敵でな、人類の信頼関係を破壊して、人類自ら滅ぶように仕向けようとした宇宙人だ。この物語の教訓は、信頼に偏った絆は信頼を失うことで壊れる、経済で結ばれた絆は経済で壊れる、といったところだろう』
ならばどうすればいいのだろうか。
相互不信によって破壊されない絆などあるのだろうか。
信頼よりも強く人々を結びつけるものなど思い浮かばない。
それを破壊された時、アキラたちの社会は耐えられるのか。
『すまん、話が長くなったな。とにかく、敵が人間なら、ヒントを掴むには人間から当たるしかない。街でターゲットを探してる奴がいるかもしれん。いや、過去形の可能性もある。ちょうど仙台は現場の一つだし、都会だ。少しだけ街の様子を探ってみてくれ』
「わかりました。繁華街を中心に偵察してみます」




