10.粉骨砕身
夜になるまでネットカフェで仮眠をとった。
駅前なので人の出入りが多いが、騒がしいというほどでもない。
二十時を回った頃にぼんやり目を覚ますと、ナギが先に起きてスマートフォンをせわしなく操作していた。
誰かとメッセージのやり取りをしているようだ。
「ずいぶん真剣な表情だけど、例の男?」
アキラはナギのアパートで見た若い男を思い出した。
多少軽薄なところが感じられるが、ナギが安心して部屋に連れ込んでいたのだから、素性は怪しくないのだろう。
「そ。しっかりキープしとかないと。逃がしたらもったいないから」
吸精のため、という意味だ。
サキュバスの栄養源になるのは精気と呼ばれる生体エネルギーだが、男女の間でしか移動することがない。
通常の方法では物質化せず、電気的にようやく存在が観測できるだけのこの厄介なものに、サキュバスは生涯縛られる。
全ての男から平等に得られるのではなく、生命力のみなぎった強い男を探す必要がある。
伝達手段は主に性行為。
しかし、精気を生み出す力、送り込む力が強ければ、手を握っただけでもサキュバス一人の健康を数ヶ月維持させられる。
アキラたちは優れた精気供給能力を持つ友人を得たため、当面男漁りをする必要がない。
なのにナギは彼に会おうとしない。
アキラはその理由を察しているが、敢えて口にしない。
「アキラ、そろそろ外に出てみる?」
「うん、行こうか」
***
仙台駅から伸びる青葉通りを徒歩で西へ向かう。
最も広い区間で片側四車線の大通りだ。
繁華街ではあるが、ショッピングセンターなどがメインの清潔な街に見える。
「こんなもん? 東北一の歓楽街とかって宣伝してるけど……」
ナギがガッカリしているが、アキラは景色を楽しめている。
東京から遠い地方都市にしては存外賑わっているからだ。
「こういうのいいと思うけどな。ナギは西川口みたいに埃っぽくてスパイシーな香りが漂ってる方が好き?」
「西川口ディスんな〜」
「あ、ほら、アーケードあるよ。入ってみよ?」
ナギが遅れていないことを確かめながら、アーケード街を進んでいく。
大きい商店街だ。
驚くほど広い道幅に、しっかりと透明な屋根がかかっている。
「ファミレス、居酒屋、服屋……東京と変わんなくない?」
「それもそうかも。なんか足りないね」
「酒臭くないんだよね。あ、アーケード終わるよ。この先って、昼間来たとこかも」
結局「夜の街」は範囲が限られる。
昼間と同じ看板やネオンサインを見ながら、アキラたちは歓楽街へと足を踏み入れた。
「商店街から角一つ曲がると飲み屋街になってるの、ちょっと面白い棲み分けだね」
「うん、なんか、歩いてる人の雰囲気まで違うな」
もはやただの観光客然とした感想を語り合っている二人に、十メートルほど先から若い男の二人組が近づいてきた。
「ウェーイ! お姉さんたち、仕事帰り? 俺らと朝まで飲もうよウィイイイ!」
「え、なに、ナンパ? カツアゲ?」
戸惑うアキラに、片方の男が絡みつくように顔を寄せてくる。
尖らせた金髪頭から整髪料なのか不快な匂いが漂ってくる。
腰を前後にカクカクと振っているのはダンスのつもりだろうか。
「お姉さんめっちゃ美人〜モデルとかやってんの? 脱いだら凄いんじゃーん? ウェレウェレウェレ〜ハハハ〜」
ナギの方を振り返ると、もう一人の男が同じように絡んでいた。
こっちの男は野球帽を被り、青いレンズのサングラスをかけている。
「俺こっちのお姉さんの方が好き〜そのポニテ、アレでしょアレアレ、陰キャヘアーとか言うやつ〜」
感情の整理が追いつかず、気がつくとアキラは金髪男の胸倉を掴んでいた。
「あっ、ひえっ!」
そのまま自分の頭の高さまで持ち上げる。
足が地面を離れた恐怖からか、男の顔から表情が消えた。
気味の悪い柄のシャツがギリギリと悲鳴を上げている。
「ちょっ、アキラ! 目立つとまずいよ!」
ナギに肩を叩かれ、慌てて金髪男を地上に下ろす。
暴れて顔を知られるのは仕事上都合が悪い。
アキラは方針を変えることにした。
青ざめたままの金髪男と目を合わせ、その瞳の奥を覗き込む。
神経を通って男の中に入り込んでいく感覚。
「お前、今から私の奴隷になれ」
短く命じると、金髪男は姿勢を正した。
「はい! 光栄です!」
続けざまに野球帽の男の瞳を射抜く。
「お前も奴隷な」
「はい!フンコツカイシュン頑張ります!」
気を付けの姿勢で固まった男二人を前にアキラがため息をつくと、横でナギが呆れた声を出した。
「ため息つきたいのはこっちだよ。仙台まで来て何してんの……」
「ごめん、つい。でもこいつら役に立つかもしれないし」
「無理でしょ。どう見てもアホの子だよ」




