表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/24

6.少女の足跡

 目的地である帆足家はそう遠くない。

 ナギの実家を出て車で向かったものの、アキラは回り道をして少し先のコインパーキングに入った。


「あれ、ここって少し遠くない?」


 当然の疑問が凪の口から出る。


「うん、少し歩いてみようかなって」


 そう言ってアキラは運転席から降りた。

 町を見たかったのだ。

 少女が失踪するという事件。

 この町を観察することも、事件の背景を知るために必要だと思った。

 晴天だが、風に乗って漂ってくる匂いに気づく。

 ナギの実家に出入りする時にも感じた。

 湿った泥や森の樹木、鉱物のような香りだ。

 一瞬故郷を思い出す。


「そっか、この辺、川が近いんだね」

「うん、ここは旧北上川のカーブの外側」


 ハッと気づくアキラ。

 ナギはこの地で生まれ育った。

 あの日も膨れ上がるように溢れる川を目にしているかもしれない。


「ごめん、余計なこと言った」

「気にしなくていいって。ずっと住んでたんだし」


 地域の人々はどこかで折り合いを付けたのだろうか。

 ナギの両親もまた同じ土地に戻って生活していた。

 そこにはある種の決断も必要だったことだろう。


「どこ見ても家ばかりだね」

「近くにはコンビニとドラッグストアくらい。あと学校かな。岐阜とは違う?」


 言われて思い出してみる。

 幼少期に走り回った美濃の風景。

 友達と遊んだ河川敷や農道。

 そして古い家並み。

 石巻の家々の新しさというはっきりした違いはあるが、それは津波浸水というどうしようもない事情によるものだ。


「うちは山の方だったから、田んぼやビニールハウスが多かったかな」

「ああ、海と山じゃ違うよね」


 歩きながら町並みを観察する。

 静かな住宅街。

 平日の昼間だから子供の姿もない。

 住宅には必ずといっていいほど駐車スペースがある。

 車が置いてある家の方が多いので、この辺りの人々は公共交通機関や自転車、徒歩などで市内に通勤している可能性が高い。

 買い物帰りの荷物を持った老人は見かけたが、若い世代はいない。

 多くは学生だったり会社勤めで不在なのだろう。

 復興のため整備された土地。

 古くから住んでいて戻ってきた人より、新たに移り住んだ人の方が多いのかもしれない。

 朝の通学は多いのだろうか。

 帆足麻美は自転車に乗って市内中心部に向かった。

 石巻駅の防犯カメラにそれらしき制服姿が写っている。

 駅舎内には入らず、駐輪場に自転車を残して姿を消した。

 何が彼女の足を駅に向けたのか。

 そして駅では何が彼女を待っていたのか。

 

 ***


「この度は急な連絡と訪問、ご了承くださってありがとうございます。厚生労働省の駿河と申します」


 洋式のダイニングで麻美の両親と対面したアキラは、立ち上がって深々と頭を下げた。


「いえ、わざわざ東京から御足労様でした。娘のためにご尽力いただき感謝します」


 帆足夫妻は改めてアキラたちに着座を勧めた。

 二人とも若い。

 高校生の親となると多くは四十代に入るが、父母ともまだ三十八歳。

 二十代前半での結婚はよくあるが、サキュバスがその年齢で出産することは珍しい。

 十年近く同じパートナーと深い愛情で結ばれ、繰り返し睦みあった末に授かるからだ。

 この夫婦は十代の頃から愛を育んできたことになる。

 その時間の長さを思えば、二人の顔に浮かぶ疲労感と焦燥もより深く見える。

 

 椅子に腰を下ろしたアキラはまずナギを夫妻に紹介する。


「こちらは臨時職員の針生と申します。今回、地元出身ということで調査に参加してます。お二人とも警察の聞き取りなど繰り返されお疲れのことと思いますが、私どももできる限りのことをさせていただきますので、どうかご協力ください」

「そんな恐縮なさらないでください。私たちの知っていることなら、何度でも話しますから」


 アキラの態度にかえって申し訳なさそうな父親。

 ノートとペンを取り出したアキラは再び黙礼した。


「それではお言葉に甘えさせていただきます。私ども厚生労働省特生室では、お嬢さんやお母様のような方をサポートするための業務を進めております。本日は、できましたら警察に話せなかったことをお話ください」

「あの、私たちの事情をご存知なんですか……?」

「はい、私もそうですから」


 母親の方はあからさまに驚いている。

 国がサキュバスを認知しているとは知らなかったようだ。

 過去の特生室はこの一家に接触できていなかったから仕方のないことかもしれない。


「まずはお嬢さんの交友関係ですね。大変失礼とは思いますが、そろそろ最初のパートナーと出会ってもおかしくない年頃ですよね?」


 思い切って踏み込んだ。

 普通の家庭なら娘の異性交遊に触れられることは不愉快だろう。

 しかしサキュバスの母子であれば、健康のために意識せざるを得ない。


「はい……そうです、本当なら、学校で男友達を見初めたりして、関係を持つはずなんですが、うちの子は奥手なせいか出会いがないようで、母親の私から言っても自分で決めるから口出しするなとうるさいんです」

「僕はすっかり忘れてまして、なにしろ生まれた頃に少し意識しただけでしたから……」


 誰もが自分の運命を受け入れられるとは限らない。

 しかし、サキュバスである以上、思春期には最初の経験を必要とする。

 健康面に問題が出たりもするが、なにより性欲が急激に増す。

 アキラは()()()()()()()ためその苦しみを知らないが、奥手だからと一人で凌げるはずはないと考えた。


「ここ最近はスマホで誰かと通話してることが多かったもので、もしかすると相手が見つかったのかと安心してたんですが、いきなり家を出るほどだなんて……」


 母親がうなだれる。

 ストレートに考えるなら、ネット経由で男と知り合い、どうしても会いたくなり旅に出た、という流れ。

 もちろん警察もその線で調べている。

 しかし、電話回線にもメールにもメッセージアプリにも男の影がない。


「お嬢さん自身は、自分の体質のことをご存知だったんですよね?」

「はい、小学生の時に教えてます。それに、同じクラスに好きな男の子がいるとか、そういう話もしてます」


 少なくとも、同性愛や根深い男性嫌悪を理由に男を避けていた可能性は低い。

 やはり麻美は純粋にパートナーを決められなかっただけかもしれない。

 ナギの実家での会話を思い出す。

 麻美はこの数年、両親と一緒に行動する機会が少なかった。

 反抗期が遅れてきた、とナギの母は表現した。

 スマホやインターネットで簡単に人と繋がるようになったから、とも。

 アキラが思い浮かべたのは親子の価値観のズレだった。

 古い価値観への抵抗があったとして、それはどこから生じたのか。

 そんなものはいくらでも転がっている。

 ブログ、SNS、動画配信サイト、サキュバスでなくとも親世代に否定的な情報に触れる機会は多い。

 麻美は都会志向だったかもしれない。

 オシャレでキラキラしたインフルエンサーに憧れたか。

 いや、とアキラはそれらを一旦否定する。

 彼女はある朝突然学校ではなく駅に向かった。

 ネットで見た華やかな暮らしへの憧れだけでは、学校へ行くふりをして駅へ向かった理由にならない。

 やはり男の甘言に乗せられ家を出た、と考える方がまだ自然だ。


「お嬢さんがスマホで通話している相手の声なんかは」

「見ていた限りでは、女の子ばかりのはずです。あの子、ビデオ通話でスピーカーにしてるから、相手の声もよく聞こえるんです。ああ、そういえば、大人の女性みたいな声が聞こえてきたことがありました」

「大人……ご両親くらいですか?」

「そう……いえ、もっと年上かも。落ち着いた声で、学校の先生かとばかり」


 何かが見えた気がした。

 アキラは手元の資料をめくる。

 メッセージアプリの通話記録には、家族と友人の名前しかない。

 電話回線での通話は両親と学校だけ。

 ビデオ通話なら痕跡が残るはず。

 しかし印刷されている名称はどれも定番のアプリばかり。

 少し変わっていると言えるのが、プログラミング学習アプリとVPN接続ツールだ。

 ネットセキュリティの勉強でもしていたのだろうか。

 麻美の趣味がわかるなら、と母親に聞いてみることにした。


「お嬢さんはコンピューターやプログラミングに興味があったとか……」


 両親が困惑した表情で否定する。


「いいえ、あの子は文系ばかり強くて、将来は通訳になりたいと言ってたくらいです。プログラムだなんてまさか」

「僕も勉強のためにと英語のペーパーバックを買ってあげたことがあります。コンピューターに興味があるなんて初耳です」


 そこでナギも話に入ってきた。


「市内には工業高校があって、情報科はコンピューターに興味がある子が多いから、そこに友達がいたりするかも。AIがプログラムを書いてくれる時代に本気で勉強したいなら、独学は厳しいよ」


 アキラは肌にピリピリと電流が走った気がした。

 急いで今の会話をノートに書きつける。

 この情報が手がかりになる保証はない。

 しかし、自分の知識で判断できる範囲を超えているため、誰かの助言が必要だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ