4.思い出のふるさと
アキラの車は石巻河南インターで三陸沿岸道路を下りた。
車の揺れ方が変わったことで、助手席のナギが目を覚ました。
長い髪はまとめている。
後ろで緩やかにたわませてうなじの高さで縛る「ローポニー」だ。
「もう下道? ごめん結構寝てた」
「いいよ。震災のこと思い出しちゃったみたいだし」
常磐道を北上している最中、ナギの表情が固くなっていったことにアキラは気づいていた。
それまでは車窓の風景を気楽に眺めていたが、福島県内を走行中に「この先帰還困難区域」という看板を見かけたナギは俯きがちになった。
そのまま目を閉じていつの間にか眠っていたので、アキラも声をかけないようにしていた。
「やっぱり東北道から来たらよかったかもね」
「気にしないで。仕方ないことだから」
車は長いバイパスを石巻市内中心部に向け走り続ける。
「ちょうどこの辺りにも津波が来たの。うちの実家はこの先なんだけど、川を遡って水が押し寄せて来たから、遠くの避難所まで歩いて行ったんだよ」
中部地方に生まれ育ったアキラは東日本大震災を直接経験していない。
テレビやインターネットで社会の混乱としてのみ目撃していた。
「避難所に定期的に自衛隊が来てさ。その中に、なんか気になる人がいたんだ。元気なお姉さんて感じなんだけど、どこか陰のある人で、もしかしたらって思って聞いてみたの。お姉さん、赤ちゃんの時目が赤かった? って」
新生児の一時期瞳が赤いのはサキュバスの特徴だ。
「そのWACのお姉さん、みんなには内緒だよって笑ったの。その時初めて知った。この街を出ても、サキュバスが生きる場所があるんだ、大人になって、制服を着て、仲間と一緒に働けるんだって」
WACという古い通称にアキラは懐かしさを覚えた。
三年前までは即応予備自衛官だったが、今は完全に自衛隊を離れたため、そういった俗語も耳にする機会がなくなった。
今や自衛隊という名称も姿を消した。
「それでナギは自衛隊入ったんだね」
「アキラは?」
「自衛隊なら、他の人より力が強くても隠さなくていいと思ったから」
「そういうとこがアキラだよね」
標識に「石巻駅」の文字が見えた。
カーナビの画面に小さく表示される時計は午後八時を回っていた。
***
「サッパリした〜」
入浴を終えたナギが浴衣姿で部屋に戻ってきた。
一方、先に戻っていたアキラはテーブルに資料を並べていた。
洋室のツインなので、二つのベッドの間に小さなテーブルが置かれていたのだ。
「おかえり。さっそく事件の説明したいんだけど、大丈夫?」
「長くなかったらいいよ。てか部外者に見せて大丈夫なん?」
「大丈夫なやつしか持ってきてないから」
「そっか、なるほど」
納得したナギが向かいのベッドに腰を下ろした。
アキラは一枚の写真をつまみ上げる。
マウンテンパーカーとクライミングパンツを身にまとい、岩に腰掛け笑っている幼顔の少女。
「この子が一週間前に失踪した帆足麻美さん。高校二年生で、わかば二丁目在住。登校時間にいつも通り家を出て、そのまま学校に来なかったことから不審に思った教員が家に電話して発覚したって流れ。当初家出だと思われてたけど、友達の家にも寄ってなくて、消息不明。警察も焦って聞き込みを進めてるけど、手がかりは掴めてない」
「都会だと男と一緒にいたり歓楽街で働いてたりするけど、石巻じゃねぇ……」
腕を組んで考え込むナギ。
「そういう場所、少ないの?」
「ほとんどないよ。飲み屋街はスナックやガールズバーくらいだし、風俗もデリヘルしかないし、高校生を雇うような素性の怪しい店なんかないと思う」
アキラは自分の感覚が都会に染まっていたことに気づいた。
思い返せば、郷里である岐阜も似ている。
過疎により若者の居場所も少ない。
首都圏のように「健全に悪い遊びを楽しめる」場がないのだ。
その分、不良グループとの接触は犯罪に繋がりやすくなる。
「家出の理由は?」
ナギが根本的な疑問を口にした。
理由次第で行き先が変わることは大いにある。
「わからないって。明日訪ねてみるけど、手がかりはないかも。それもあってナギ連れて来たんだよね。ナギの実家に行けば、石巻のサキュバスが直面してる問題がわかるかもって」
「勘弁してよ。いや、行くけど、マジでちょっとだけだからね」
「わかってる。親と喧嘩とかしてない?」
「ないない……あ、一応電話しておく」
ナギはスマートフォンを持って部屋から出て行った。
残されたアキラはひたすら資料を眺め続けた。
現地に来てはみたものの、できるのは調査であって捜査ではない。
失踪少女を見つけて家に帰すことはアキラたちの任務ではない。
それでも可能性があるなら、と思う。
自分たちの働き次第で一人の少女が救われるかもしれない。
「ただいま。うちの母上、興奮して、今すぐ来いだって。駅前に泊まってるから朝になったら行くって言っておいたけど」
ナギが疲れた表情で帰ってきた。
アキラも力なく笑った。
実家に帰っていない期間はナギとそう変わらない。
自分が帰ったらどう反応するだろうか、と両親を思い出した。




