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2.旅路のはじまり

「不審な失踪人だ。高校生で、君と同じサキュバスだ」


 班長が開いて見せたメールの画面には、短いテキストとともに、数枚の写真が表示されていた。


「警察があてにならない……だけじゃなさそうですね」

「ああ、普通の家出なら繁華街で補導されて見つかることが多いし、事件性がある場合でも携帯の通話記録から不審な付き合いに辿り着くことがほとんどだ」


 通話記録はもちろん、SNSの送受信も調べただろう。

 学校の教員や同級生への聞き取りも済んでいるだろうから、一切情報が得られないとは考えにくい。


「現場は宮城県石巻市で、去年も似たような失踪事案があったそうだ。もちろん捜査中になってるが、二つの事件に警察が気づかない共通点があった」

「失踪者がサキュバスだった……」

「そうだ。家族から話を聞いた親戚が、たまたま知人経由で、サキュバス生活問題に興味を持つ国会議員に相談した。それで室長に話が持ち込まれたそうだ」


 年間の行方不明者数は八万超を維持している。

 九割以上が一年以内には所在を掴めているが、一〜二パーセントは長期案件となる。

 存在が公知されていないサキュバスが失踪したからといって、警察はその他の失踪事案と分けて捜査することはない。

 アキラたちの部署こそ、かつて警察の力が及ばない裏社会にまで情報収集を可能にする、独自の人的ネットワークを有する唯一の機関だった。

 三年前にそれらの大部分が失われ、今もなお情報網の再建は果たせていない。

 厚生労働省特殊生態事案対策室、略称「特生室」の業務は「生まれついての特性を科学的に認められていない人々」の保護と管理である。

 ここ高輪に所在するアキラたち専従班が現場での実務を担っている。


「では、まず宮城県警への情報共有からはじめますか?」


 警察が「少女はサキュバスである」という情報を真剣に取り合うわけではない。

 しかし、異性との接触を必要とする体質であることや、そのような職業との親和性が高いことは捜査の参考になる。


「いや、現地に向かってくれ。県警とのやり取りは私がやっておく。家族と現地コミュニティへの聞き込みをやって、金曜日までに帰ってくればいい」


 班長の言葉でアキラは思い出した。

 古くから社会に潜んできたサキュバスは、各地で独自のコミュニティを築いている。

 以前の特生室専従班は全国を巡って、それらのコミュニティとの交流を図っていた。

 欠点といえば、身内同士、しかも女性だけの輪にヤクザまがいの風貌の男たちがズカズカと入り込む不躾さが好まれなかったところか。

 今の専従班はノウハウ不足と人手不足が相まって、多くの地域コミュニティとの繋がりを絶やしてしまった。

 だから今回のような案件でも一から手順を踏むことになる。

 今日は火曜日なので期間は四日間。

 その間に現地のコミュニティ、できれば複数のネットワークとの橋渡しをしてこいという含みがある。


「わかりました。この後すぐ現地入りします。車、ありますか?」


 ***


 アキラは午前のうちに自宅に引き返した。

 特生室の車両(軽の商用車だが)は出払っているので、私有車で東北へ向かうことになったからだ。

 台東区日本堤二丁目、最寄り駅は南千住または三ノ輪。

 少し歩けば浅草へも近い、東京の暮らしを満喫するには便利のいい土地だ。

 2Kのマンションで駐車場も付いている。

 

 部屋に入るとすぐに荷造りをはじめた。

 三十リットルのタクティカル・バックパックに外泊セットを詰める。

 遠距離出張が初めてでないことに加え、自衛隊時代の経験もあるため、二〜三泊用の荷物は常時まとめてある。

 替えの下着類、タオル、それに入浴セットと化粧品。

 バックパックのファスナーを閉じ左肩に担ぐと、次に替えのスーツをクローゼットから取り出した。

 ハンガーごと持ち運び用の不織布カバーを掛け、二つ折りにする。

 部屋を出る際、黒のスニーカーを履き、通勤用のパンプスは手に持った。

 全ての荷物を持ってエレベーターで一階に下り、敷地内の駐車場に向かう。


 一列に並んだ駐車区画の左から三台目、白のトヨタ・ヤリスがアキラの車だ。

 東京都内の生活に私有車はいらないと思っていた。

 バイクに乗るため自動二輪免許を取ろうとまで思った程だったが、結局余暇を快適に過ごすことを考え、ハイブリッドの中古車を買った。

 スマートキーをポケットに入れたまま、ドアハンドルを引くと解錠される。

 運転席に入るとメーターパネルから音声が流れた。


『スルガ・アキラの生体情報を認証しました。本日の天気は晴れ、最高気温は三十度、最低気温は二十四度です』

 

 助手席にバックパックとスーツを置き、靴を足元に置いた。

 シートにしっかりと腰を落ち着けてからドアを閉め、ブレーキペダルを踏みながらエンジンスイッチを押すと、短い機械音の後に車体がブルンと震え、エンジンが始動する。

 ゆっくりと駐車場を出たアキラは、明治通りを西に向かった。

 本来なら東へ走り、常磐自動車道を目指すのが宮城への正しいルートだが、その前に寄るべき場所があるからだ。

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