21.停船命令
全力で北東へ向かう「ガブリエラ・シラン」艦内にレーダー監視員の声が響き渡った。
『予想海域に中型目標探知。米軍からの通報と一致。高度評定は水上物体』
艦内中央付近の戦闘指揮所でモニターを見守るマナロ少佐にもその声が届いた。
水上艦船同士の戦いは通常、敵が視界に入る前に双方が第一撃を放ちはじまる。
しかし今回は攻撃が目的でなく、軍用艦艇が目標でもない。
正面に堂々と立ちはだかり、停船させなければならない。
『距離十六マイル。敵速二十五ノット、進行方向二二〇』
「速いな。軍用にしても性能がいい」
艦長が驚きの声を上げた。
接敵まで二十分ほどしかない。
通信士官が振り返って報告する。
「日本軍から情報が入りました。敵は四年前の戦争でシーレーンを荒し回った工作船のうちの一隻だそうです。我が国の海軍と沿岸警備隊も南シナ海で散々手を焼きました」
「奴らか! 今回は雪辱戦でもあるというわけだな。敵は武装している可能性もある。警戒を怠るな!」
CICの全周を囲むモニターにはマストから見た映像が映し出されている。
その中の一点にコンピューターがマークをプロットし、その部分が拡大される。
事前情報通り、紺色の小型コンテナ船。
正面から向かい合っているのでシルエットは小さい。
「停船命令! チャンネル16で呼び続けろ!」
チャンネル16とは船舶用の国際緊急無線周波数で、遭難時や安全の呼びかけ、そして今回のような緊急性の高い呼び出しに用いられる。
全ての船舶が常時受信状態であることが義務づけられており、当然目標の工作船も受信しているはずだ。
『停船命令、英語・中国語・ロシア語での呼びかけには応答なし。継続中』
モニターに映る工作船が大きくなっていく。
距離そのものも近づき、なおかつ水平線の上に見える部分が増えたことによる。
『距離七マイル』
「すれ違ったら不利だ。相対距離三マイルで減速に入れ。敵の変針を見落とすなよ」
「艦長、敵もこちらの脇をすり抜けようと狙って来るはずです。一度頭を振って誘い込んではどうでしょうか?」
マナロが提案すると、艦長は短い間考え込んだ。
「敵が誘いに乗って舵を切ったとして、その後こちらが出遅れるリスクがあるな」
「ですが、本艦は二分で三十五ノットまで加速できます。追い越して頭を押さえるには十分です」
「そうだな。射撃はどうだ? 敵の前方に警告射撃をするとして、三十五ノットで正確に撃てるか?」
「もちろんです。そのための訓練を積んできましたから」
その言葉に艦長の口角が上がった。
「よし、やろう。取り舵二十!」
「取り舵、二十!」
『取り舵二十』
わずかに右向きの重圧がかかり、進行方向が変わったことを体感する。
すぐに敵が反応した。
「目標変針! 進行方向一八〇!」
「来たな! 方位そのまま! 距離三マイルで一旦減速、一マイルで面舵一杯、並走状態から前に出て頭を押さえる!」
互いの針路が交差しようとしている。
当然すれ違いざまに転舵して追ってくることくらい、敵も予測しているはずだ。
逃げ切れる自信があるのだろう。
「彼我の速力差が小さい場合、前方への射撃で牽制する。主砲、用意はいいか!」
「いつでも撃てます!」
「よろしい。転舵の際は最小半径で回れ! 敵の注意を後方に向けさせるな!」
艦長の言葉が意味するところをマナロも理解した。
すでに工作船の後方から日本艦隊が全速力で追ってきている。
拿捕が目的なら艦載ヘリで直接乗り込むだろう。
『距離三マイル』
「よし、減速だ。後進一杯! 原速まで落ちたらスクリュー戻せ!」
モニターに映る工作船はすでにほとんど横腹を見せている。
まもなくすれ違い、モタモタしていると置いていかれる。
『距離一マイル』
「面舵一杯、同航戦に入れ!」
「面舵、一杯!」
『面舵一杯』
艦体がグラリと傾き、左向きの強い遠心力がかかった。
しっかり踏ん張っていないと身体が滑り出しそうだ。
モニターにおける敵船の位置が右から左へ移り変わる。
「最大戦速、舵戻せ!」
「最大戦速」
「舵戻せ」
ゴオゴオとエンジン音が全艦に響き渡る。
『スピーカーからの警告を実施します』
「よろしい。続いて主砲警告射撃を行う。撃ち方用意」
「主砲撃ち方用意」
『敵速変わらず、一六〇に変針』
「逃がすな、撃ち方はじめ」
「主砲撃ち方はじめ」
頭の上から、ガギィン、ガギィン、という機械音が断続的に響く。
艦橋前方に備えられた主砲が連続で砲弾を放っている音だ。
『目標減速しています』
「撃ち方待て」
主砲の発射音が止まった。
工作船は水しぶきの中を突っ切って進み続ける。
一瞬怯んだ様子ではあるが、停船には至らない。
「船体射撃を試みますか?」
「今はリスクが高い。警告射撃を続けろ」
「了解。主砲撃て」
またガギィン、ガギィン、と発射音が鳴りはじめた。
工作船の前方に水柱が上がる。
艦長が船体射撃を拒否したのは、甲板上のコンテナに拉致被害者が詰め込まれているからだ。
人命を優先するなら直接攻撃は避ける必要がある。
「敵も恐怖にかられているはずだ。止まるまで粘れ」
『艦橋よりCIC、敵船より射撃! 奴らライフルで撃ってきてます! 続いてロケット弾!』
モニター上の工作船から発光体が近づいてくるのがわかった。
「距離を開けろ! 面舵一杯! ……舵戻せ!」
船体射撃さえできれば、とマナロは唇を噛んだ。
『方位〇二〇に飛行物体、日本軍のSIF点灯、接近中』
マナロがレーダー画面を見ると、工作船の先に光点が表示されていた。
横に「JMDF」の文字列が並んでいる。
「艦載機か。どうするつもりだ……」
『日本軍機、レーダーロスト、訂正、極低空飛行です。海面スレスレを敵船に接近してます!』
「モニター拡大できるか?」
「はい、カメラがギリギリ捉えてます……あっ!」
モニターに映し出されたのは灰色のジェット戦闘機だった。
日本のF-35Bが二機、波をかぶりそうな高度で飛行している。
機体下部が一瞬光り、わずかに白煙を曵いた。
「船尾を撃ったのか!」
マナロはモニター上で起きた変化を見逃さなかった。
工作船の数メートル背後で水柱が上がった。
しばらくすると、工作船が遠ざかっていくように見えた。
『敵船減速。ほぼ停止状態です』
『後方からさらに飛行物体、日本軍の艦載ヘリが三機』
いよいよ工作船制圧の段階に入ったことがわかった。
艦長がヘッドセットを置いてマナロの肩を叩いた。
「甲板に上がろう。制圧が完了したら我々もボートで接舷する」




