19.紀伊半島南方、北緯32度、東経135度
警察の車列が遠ざかっていく。
負傷者は救急車に、その他はパトカーや護送車に乗せられて早々に去っていき、最後まで残った刑事部長らも指揮車に乗って本部に帰っていった。
アキラとナギは倉庫の敷地内に残ったまま、次の迎えを待っている。
「迎えって、誰が来るの?」
倉庫のトラックバースに腰掛けたまま、ナギが聞く。
「わからない。班長は迎えってだけ言ってた」
事件の進捗を報告しようとしたところ、班長は「詳細は県警からもらってるからいらん。二人はその倉庫で迎えを待て」とだけ答えた。
「船、間に合わなかったんだね」
「うん……でも、きっと色んな人が手を尽くしてくれてるから」
希望を捨ててはいけない、とまでは言わなかった。
ナギとてここまで関わった以上、諦めるという選択肢は持たないだろう。
「ね、全部終わったら、少しだけ名古屋観光して帰ろうよ。ひつまぶし食べたい」
「そうだね。班長に相談してもう一泊しよう。金曜までに帰ればいいって言ってたし」
ちょうどアキラの語尾にかかるように、バラバラとヘリコプターのローター音が近づいてきた。
音はだんだんと大きくなり、倉庫にも風が吹きつけた。
「ヘリだよ。帰れるのかな?」
「移動って言ってたからねぇ。あんま期待してない……あれ、あのヘリ……」
「うん、あの色と日の丸……」
純白のヘリがゆっくりと倉庫の真上に迫る。
下面に大きな日の丸が描かれている。
二人が見守る中、広い敷地の中央にヘリは着陸した。
ローターブレードの回転が緩やかになり、やがて少しだけ垂れ下がった状態で静止した。
側面の扉が開き、中から白い制服を着た人物が降りてくる。
若い軍人だ。
「厚生労働省の駿河さんと針生さんですね! 防衛海軍舞鶴地方総監部の矢部大尉と申します。お二人を輸送するよう指示を受けて参りました!」
***
太平洋上に展開する艦隊は広範囲に布陣しており、一望に収めることができない。
防衛海軍第1水上戦群。
軽空母「いずも」を旗艦とし、水上艦十二隻を従える海軍主力の一翼だ。
アキラとナギを乗せた哨戒ヘリ「SH-60K」が「いずも」の飛行甲板に近づく。
「少し揺れます!」
向かいの席に体を固定している矢部大尉が叫んだ。
大声でようやく聞き取れる。
実際にドンと下から突き上げるような衝撃の後、ローターの音が緩やかになっていった。
扉が開くと、アキラたちも座席ベルトを外して外に出る。
甲板の隊員が運んできてくれたステップに足を乗せ、ゆっくりと降りる。
矢部大尉の後を追い、二人は艦橋構造物側面の扉から艦内へ入った。
狭い階段を下り、通路を抜けて案内されたのは椅子が並ぶ部屋だった。
どの椅子も固定されていて、正面にはモニターや得体のしれない機材が壁に据え付けられている。
「こちらは搭乗員待機室です。簡単なブリーフィングの後、お二人には食事を用意しました。なんでもおとといから休みなしだとか?」
「……はい、そうなんです……事件を追ってたらどんどん緊急性が上がっていって……」
アキラはまたしても涙ぐんだ。
海軍の食事は評判がいい。
これで人心地がつくだろう。
「モニター前の席におかけ下さい。ブリーフィングを行います」
アキラたちは先頭中央の席に並んで座った。
モニターが近い。
そこへ、黒い戦闘服を着た男性がやってきた。
「初めまして。現状の説明をさせていただきます。海軍特別警備隊の守谷中尉です。駿河さんのご活躍は部隊配属以来至るところでお聞きしており、大変光栄です。本日はよろしくお願いします」
「あ、いや、こちらこそ……」
若い中尉にとって、自衛隊時代の戦乱を乗り切ったアキラたちは尊敬するべき先輩に見えるのだろう。
なぜか焦ってしまったアキラだが、ナギに脇を小突かれて冷静になった。
「まず、昨夜名古屋港を出港した貨物船について。入港時の船名は『第八瑞穂丸』でした。しかし過去の情報と照らし合わせた結果、台湾有事の際、工作活動に使用された量産型工作船の一隻と判明しました。船名、船籍ともに真正なものは確認できていません。以後、便宜上『工作船』と呼称します」
またしてもあの戦争か、とアキラはため息をついた。
2027年、中華人民共和国が台湾への上陸を図った戦い。
東アジアにおける軍事衝突にとどまらず、世界規模の物流網と経済活動を混乱させ、中南米・欧州・アフリカを含む各国の交通・物流・安全保障政策にまで長期的な影響を残した。
「海上保安庁がAIS情報の履歴を確認したところ、昨二十二時過ぎの約三分間、『第八瑞穂丸』としての船舶情報と位置情報が二箇所に存在していたことが明らかになりました。推測ですが、名古屋港を出港した方がAISを切る操作が遅れたのではないかと見られています。新しく現れた信号は現在静岡の沖合を航行中で、まもなく海保が臨検を行う予定です」
「じゃあ、名古屋から出た方はもうどこへ行ったか……」
「はい、通常の捜索では発見できません。ですから、無人哨戒機と情報収集衛星、米軍の偵察衛星を用いた広範囲の捜索を行ったところ、南西諸島沖を航行する同型船を発見しました。通常の貨物船では考えられない速度で南西へ向かっています。積載コンテナの外観から該船と推定されています」
モニターに地図が表示され、貨物船の位置がプロットされた。
台湾方面か、それともフィリピン方面か。
「追いつけなかったら、入港した国に任せることになるんですか?」
質問したのはナギだった。
当然の疑問だ。
日本列島の半分を超える距離が開いている。
素人目に見ても到底追いつける位置ではない。
「いえ、我々は決して該船を逃がしません。手は打ってあります」




