17.突入時刻1305
鉄工所の敷地南側にある「裏門」を出ると、幅五メートルほどの細い通りが東西に走っている。
その通りを渡ると細い金網でできたフェンスが広範囲に伸びている。
フェンスの向こう側は宮宿一家が所有する倉庫の敷地だ。
この周辺は倉庫の位置関係上内側から見えづらい。
そのため、銃器対策警備車でフェンスを薙ぎ倒して突入するプランが選ばれた。
フェンスを切断して倒しやすくするため、突入支援班が裏門の脇に身を潜めている。
倉庫の西側を南北に通る国道247号線を挟んで向かい側にある大府信用金庫の屋上には狙撃班。
極めつけにフェンス突破への対応を鈍らせるため、突入時刻には陽動として正門に捜査四課の刑事が現れる。
「鷲山の居場所はまだわからない?」
指揮車内で刑事部長が促した。
「外から見える範囲にはいません。ただし倉庫内の構造は単純です。事務室と応接室が北側にあるだけで、警戒した幹部らはこのいずれかに逃げ込むほかありません。二つの部屋の間に細い通路があり、その先がここから見える勝手口です」
紺色の戦闘服に身を包んだ男が答えた。
戦闘服には徽章類が一切ないところから、SATの隊員だとアキラにもわかった。
被っている略帽——旧日本軍型の戦闘帽に太い白線が二周縫い付けられているところから、指揮官クラスであろうとは想像できる。
「すると武装した組員は正門方面に向かう可能性があるわね。くれぐれも受傷事故防止に留意して。正当防衛の局面では射撃を躊躇しないように」
『こちら狙撃班、マイクロバスから降りた男が拳銃を携帯しています。手に持って運転席を降りたあと、ズボンの前の部分に差し込みました』
「了解。正門担当の捜査員は組員の挙動に注意して。相手が抜いたら後の先で射撃を加え制圧。その際も周辺の警戒を怠らないように気をつけて」
『支援班、フェンス切断しました。首の皮一枚で繋がってる状態です』
『正門班も配置完了』
刑事部長は開放されたハッチから外に出た。
アキラも車を降り、屋外の空気を胸に入れた。
潮の香りがたっぷりと含まれている。
「現在時刻、十三時五分」
SAT指揮官が声を上げた。
刑事部長が振り返り、短く命じる。
「突入開始」
近くに隠れていた覆面パトカーが二台、赤色灯を回しサイレンを鳴らしながら倉庫正門に向かって行った。
『組員が表に出てきました。人数は五名』
倉庫の方が騒がしくなった。
刑事かヤクザかわからない怒号が飛び交っている。
『逮捕状提示しました。執行開始です』
「了解。フェンスを突破する」
大柄な警備車が加速し、鉄工所の裏門を抜けていった。
ガシャン、と金網の倒れる音が響く。
警備車が破壊したフェンスから、紺色の戦闘服にボディアーマー姿の隊員たちが雪崩込んでいく。
「駿河さん、流れ弾に気をつけて、遮蔽物の陰にいてね」
「はい」
そう答えつつ、アキラは倉庫の方を覗き見た。
そこへナギが走ってくる。
「はじまったの?」
「うん、正面と裏口から挟み撃ちにしてるとこ。危ないから、ナギもこっち来て」
アキラに促され、ナギは指揮車の横でしゃがみ込んだ。
「裏口開けて中に入ったみたい」
アキラが部隊の様子を伝えた瞬間、パンパンと乾いた銃声が響き渡った。
断続的に破裂音の応酬が続く。
ナギはすっかり萎縮しているが、中腰ですぐに動ける姿勢は維持している。
「うう……ヤクザってどんな武器使ってんの……?」
「そういやピストルしか見たことないな」
アキラが思い浮かべてのは、仙台で殴り込んだ組の幹部が取り出した小型拳銃だった。
「有名なのはロシア製か中国製のトカレフだけど、それより小型のマカロフ自動拳銃や、アメリカ製のリボルバーも出回ってるわ。パキスタン製のコピーだったり、近年では3Dプリンターで個人が作った密造銃も多いわね。駿河さんの腰で出っ張ってるそれはマカロフじゃない?」
アキラは飛び上がりそうになった。
ヤクザから奪った拳銃を持っていることを見透かされていたのだ。
「アキラ、どういうこと!」
ナギの怒声。
そのまま手を伸ばしてアキラのジャケットの背中側をめくり上げた。
スラックスの中に無造作に突っ込まれていた自動拳銃が姿を現す。
「いくら非公開組織だからって、麻薬取締官以外の厚労省職員が武装しているはずはないわよね? 例の仙台の組事務所で拾ってきたの?」
「……はい、危険が差し迫った時に役立つかなって……」
観念したアキラは事実を認めた。
「だからって、違法に輸入された銃を違法に所持していい理由にはならないのはわかってるでしょう? それに、もし撃ったら私たちでも揉み消せるかわからないわよ」
「揉み消すだなんて……もし本当にこれを使うようなことがあるなら、その罪を背負う覚悟はあります」
「何言ってんのアキラ! バカなの?」
ナギが本気で怒っている気配を感じたが、それで折れるアキラではない。
真剣な表情がかえっておかしかったのか、刑事部長が吹き出した。
「まあ、見なかったことにしておくわ。中に入りたいんでしょう? どうせ銃なんていらないわよ。うちの精鋭をなんだと思ってるの?」
「えっ? まさか……」
車内にいたSAT指揮官がハッチから身を乗り出して報告する。
「全エリア制圧完了。鷲山も逮捕しました。拘束されていた女性三名も保護しています」
「ええっ、もう終わったの?」
肩を落としてうなだれるアキラに、刑事部長が優しく声をかけた。
「さあ、悪党の顔を拝みに行きましょう」




