15.名古屋市中区三の丸
仙台港インターから仙台東部道路に乗った。
仙台南部道路を経由して東北自動車道をひたすら南下。
途中でナギに持たせておいた特生室のスマートフォンが鳴った。
先導車両が福島県警に交代する旨の連絡だ。
さらにその後も引き継ぎを繰り返し、道路も北関東自動車道、関越自動車道、途中給油のついでにナギと交代して上信越自動車道と乗り換えていく。
長野の山間部を抜けて再び高速道路に乗り、最後の休憩を済ませて残りの区間を名古屋へ向かった。
***
名古屋市内をパトカーに先導され、愛知県警本部に辿り着いた。
時刻は九時四十六分。
西側の駐車場に車を停め、会議室に案内された。
想像していたより小さな会議室だった。
椅子もなく、ひっきりなしに人が出入りしている。
「こんな狭い場所で申し訳ありません」
制服姿の女性警察官が声をかけてきた。
三十代半ばに見えるが、ベテランらしく眼光は鋭い。
毛先を内巻きにしたボブカットは若々しい上品さと威厳を兼ね備えている。
「いえ、とんでもない。お忙しい中お邪魔します、厚生労働省の駿河と申します」
丁寧に頭を下げるアキラに、女性警察官は穏やかな声で返す。
「わたくし愛知県警刑事部長の松田と申します。駿河さんのお噂はよくうかがっております。台湾有事の時に活躍された軍人さんだとか」
やはり只者ではなかった、と勘が働いたことに安堵するアキラ。
しかし、警察にまで自身の噂が広まっていることには驚いた。
「活躍だなんて。部隊の一員として任務を遂行しただけです」
「ご謙遜も上手ね。冷静に敵の特徴を調べあげていち早く報告、続く秋葉原での惨劇を未然に防止した……予備役と知って、公安や警察も欲しがる中、運良く厚労省が獲得した逸材だと」
「さすがに過大評価です……」
丸の内銃撃事件でのアキラの功績は「敵の識別手段を発見した」というもので、結果的に数百人の市民を救ったかもしれない。
だがアキラにとっては部隊の功績だ。
部下の発見を重要情報だと判断した中隊長が、遅滞なく戦闘団に報告した。
それを連隊長が速やかに共有し、警視庁機動隊と連携してテロリストの排除に成功した。
すべてチームワークあってこその勝利だ。
「今回も、あなたが現場で見聞きした情報から広域犯罪を炙り出すことができた。もしかしたら、まだどこかに幽閉されている失踪者たちを奪還することができるかもしれない」
「はい、よろしくお願いします」
***
仙台で得た情報をもとに、県警は犯罪組織について調べあげていた。
中央のテーブルに資料が無造作に並べられている。
半袖ワイシャツ姿の私服刑事が報告をはじめた。
「宮宿一家の大元は熱田の香具師です。戦後の混乱期に、知多の博徒と手を組んで規模を拡大しました。名古屋南部から東海市にかけての飲み屋街を牛耳っています。現在のトップは五代目総長の鷲山篤紀。数年前から、港湾を縄張りとする栄港会と親密な関係を築いていることがわかりました。今回、輸送の仲介を担っている点とも一致する情報です」
次に白髪頭の老刑事がメモを手にテーブルの前に出た。
「栄港会について追加情報なんですが、近年市内で外国人を連れ歩いている姿が目撃されてます。いかんせん飲み屋は口が堅いんですが、ヤクザと付き合いのないコンセプトカフェの従業員から、接待をしているようだったとの証言が得られました。継続的な商売相手であれば、今回の事件にも関わっている可能性があります」
「海外への輸出……でも船で運び出すとして、税関の目を盗めるかしら?」
口を挟んだのは刑事部長だ。
すぐに老刑事が返答した。
「内航船の貨物検査なら税関ほど厳密じゃありません。開梱やX線検査をしない場合も多いので、人を詰め込んだコンテナを運び出すことも上手くやれば可能です」
「では、不審な船舶の情報はない?」
年配の制服警官が小さく挙手しながら答える。
「港署から各埠頭に人をやって調べさせてますが、どの船も外観に不審点はないそうです。事業者やコンテナターミナルへの聞き込みは保全上行ってません」
「船は諦めずに調べさせて。コンテナ倉庫はどう?」
「港の倉庫はかなり開放的な作りで、この場所での積み込みは目立ちます。そこで宮宿一家が倉庫を持っていないか調べたところ、東海市内に大掛かりな施設を見つけました。製鉄所が近く、車両の出入りが多くても怪しまれない場所です。看板を掲げてますが、倉庫業の開業届を出してません」
「現地には行った?」
「私服を二名配置しました。近隣住民から、山形ナンバーと福島ナンバーの乗用車が入ったという証言がありました」
「怪しいけど、確定には及ばずといったところね。捜索令状は取れないか……先に宮宿一家の事務所を押さえると逃げる隙を与えるし」
まだ情報不足だというのか、とアキラは面食らった。
法律で縛られる警察の捜査は多数の条件をクリアしながら進めるため、特生室の秘密調査と比べると「一時停止」が多い。
その不利を人数とネットワークでカバーするのだろう。
『松田刑事部長、お電話が入っています。二番応答願います』
「ちょっと失礼、少しだけ待ってて」
アナウンスに従って、刑事部長は部屋の隅にある内線電話の方へ向かった。
「海外ってことは、テロ防止法にある邦人誘拐の項目に引っかかるんじゃないか? あれだと令状が出やすいって聞いたぞ」
誰かがそう囁いた。
「いや、邦人誘拐の場合、拉致されて出国した形跡ってのが条件になってる。まだ出国が確認できてないから、条件を満たさない」
「なんだいそりゃあ、テロ防止になんねぇよ」
わざわざ名古屋まで来たというのに、捜査が行き詰まっている様を黙って見ていることしかできない。
アキラは胸が苦しくなり、部屋を出ようとした。
その時、刑事部長がテーブルに戻ってきた。
「鷲山の所在が掴めたわ。東海市の倉庫よ。これなら鷲山の逮捕という名目で突入できる」
捜査員たちの間から驚きの声が上がる。
半袖の刑事が質問した。
「どこからの情報ですか?」
「国の……然るべき機関、といったところね。ちなみに宮宿一家の本部は制圧済みだから好きな時に家宅捜索に入れ、ですって」
「仕事を取られましたね」
「手柄はくれるそうだから、よしとしましょう」
刑事部長がアキラのほうを向いた。
「駿河さん、あなたのボス——御幸浜室長って何者なの? 官邸はほとんど彼の指示で動いてるそうじゃない?」
「あ、あはは……」
笑って誤魔化したアキラの態度を、警察官たちはむしろ重く受け止めたようだった。
誰もそれ以上触れようとしない。
特生室室長、御幸浜秀隆が総理の友人であるという話は聞いている。
アキラは彼の息子とは親しいが、やはり詳しいことは教えてもらっていない。
ここにいる者たちと同じように、アキラも「知らない方がいい」と思っている。
「さあ、動きましょう! 倉庫を押さえるわよ!」
刑事部長の掛け声はまさに開戦の合図だった。




