13.銃声
やっぱりこいつは面倒な女だ、とナギは思った。
もう遅い時間だから早く宿を取るべきなのに、アキラときたら急にスマートフォンで調べ物をはじめた。
場所は歓楽街のコインパーキング、車の中。
駐車料金も上がる一方だというのに、気にも留めていない。
小難しい顔で何を見ているのかと画面を覗き込むと、どうやら仙台の暴力団について調べている様子。
先程までの話題で暴力団と人身売買の関わりに思い至ったのだろう。
どうせなら上司に聞けばいいのに、と呆れる。
アキラの上司は警察庁出身で、刑事事件に携わった経験もある。
地場のヤクザのことくらいすぐに調べてくれるだろう。
それを避ける理由があるというのか。
「アキラ……なんで職場に報告しないの?」
「え? ああ、まだ早いかなって」
嘘だとわかった。
アキラの表情は硬い。
何かを隠しているか、意図的に嘘をつこうとしている。
ナギはその表情に見覚えがあった。
部隊の人間関係に嫌気が差して、しかし誰にも相談できず取り繕っていた時の顔だ。
「まあ、危ないことしなかったらいいよ」
とはいえ、危険を知らない女ではある。
以前も、肋骨にヒビが入った状態でヘリコプターに無理やり同乗し、崩れるビルの屋上にいる友人を救出するため、ロープを体に巻き付けてヘリからぶら下がったということがあった。
サキュバスの肉体は常人より頑丈だが、アキラの行動は度が過ぎる。
「大丈夫。ナギを巻き込んだりしないから」
「いや自分を大事にしろって言ってんだけど?」
「してるよ。満足いかないことは諦めないようにしてる。さて、出発するかぁ」
車を出し、ゆっくりとゲートへ向かう。
精算機のタッチパネルを何度か操作し、決済端末にスマートフォンをかざした。
職場の携帯電話で支払いまで可能とは、至れり尽くせりだ。
「ホテル探す?」
「あー、もう少し寄り道してから」
青葉通りを仙台駅方面に向かい、途中大きな角を曲がった。
向かい側に「ドン・キホーテ」が見えるところで左に寄せ、ハザードランプを点灯して停車した。
「すぐ戻るから、待ってて」
そう言うと、アキラは通りを行き交う車の間を抜け消えていった。
「やっぱ一人だけ帰ろうかな……」
先の行動が読めない友人に呆れて、そんな言葉が漏れた。
待つこと十分、再び現れたアキラは「ドン・キホーテ」の買い物袋をいくつか携えていた。
後部座席にそれらを放り込み、運転席に戻る。
***
発進した車は鉄道高架の下をくぐり、東へ向かっているようだった。
直線の道を延々走り続ける。
途中、見慣れた構造の施設が目に入った。
「仙台駐屯地だって。案外街から遠いんだね」
「昔臨時勤務で来たことあるよ。北門の方に居酒屋とかあったっけ」
「いいなぁ、臨時勤務とか観閲式しか経験ないよ」
「そういえば観閲式楽しかったよね。同窓会みたいになって」
「あの時代はまだ平和だったからね」
昔を懐かしんでいるうちに、街外れの静かな道を走っていることに気づいた。
自動車専用道路の高架と並行し、川を渡る。
標識に「仙台港」の文字が見えた。
「海の方行くの?」
「いや、もうこの辺……ああ、アレだ」
運送会社らしき建物の前に駐車した。
正確には、広い敷地の外側の路上だ。
「ちょっと乗って待ってて」
アキラは車を降りると、後部座席の荷物を漁りはじめた。
何かを腰の辺りに押し込み、手には酒瓶を抱えて、敷地中央の小さなビルに向かって歩いていく。
本当にマイペースだ、と思いながら建物の中に消えていくアキラを見送り、ゆっくり休もうとシートを倒した。
その瞬間、遠くで男の低い罵声が響いた。
ガバッと体を起こして外を見るが、人が歩いている様子はない。
人気のある場所と言えば、さっきアキラが入っていった建物だ。
「まさか……嘘でしょ!」
ナギの頭の中で、アキラの行動が繋がった。
青葉区にいた時、アキラは地場のヤクザを調べていた。
そして不自然なタイミングで買い物をし、そこで買ったらしい酒瓶を手に、港町の運送会社に入っていった。
つまり、ここがヤクザの事務所ということだ。
「もう! 何やってんの」
助手席から飛び出したナギは一直線にビルの入口を目指す。
走るという動作をしばらくやっていなかったせいで足がもつれそうになる。
ようやく玄関のガラス戸にたどり着こうかという時、パン、と乾いた破裂音が響いた。
咄嗟にしゃがみ込んで壁側に体を寄せる。
記憶と照らし合わせ、やはり銃声だったと思い至る。
大声や物音は聞こえない。
ナギは中腰のまま、壁を大きく離れないように静かにガラス戸に取り付き、中を覗き込んだ。
階段と廊下しか見えない。
廊下の途中には金属製の扉があり、はめ込まれたガラス窓から光が漏れている。
深呼吸をしてからガラス戸を少しだけ開き、隙間から廊下に侵入し、中の扉に耳を当てる。
アキラが何かを言っている。
丸いノブを回して扉を開けると、最初に目に入ったのはひっくり返った事務机だった。
少しだけ身を進めると、室内の様子がわかった。
惨状と呼ぶにふさわしい光景だ。
ジャージや作業服の男が数人倒れている。
出血などはないようだが、全員意識を失っているようだ。
頭を上げて奥を見ると、アキラの後ろ姿が見えた。
誰かに馬乗りになっている。
「アキラ……何やってんの……」
意味のない質問だ。
何をやっているかなどわかりきっている。
ヤクザの事務所に乗り込んで全員昏倒させたのだ。
しかしその行動の意味がわからない。
「ああナギ、ちょっとだけ待ってて」
一瞬だけ振り返ったアキラが短く言い、組み伏せた何者かに低い声で凄む。
「なぁ、さっさと吐いちまえよ。さらった女を運んだんだろ? 東京か? 大阪か?」
下から男が声を上げるが、口に何かを突っ込まれているらしく、アブアブアブ、とおかしな声しか出ていない。
アキラが右手を持ち上げた。
その手に握られたものを見たナギはその場で凍りついた。
拳銃だ。
アキラは黒い回転弾倉拳銃を持ち、その銃口をヤクザに突きつけていたのだ。
「な、名古屋だ……名古屋港からコンテナで……」
下敷きになったヤクザがようやくまともな言葉を発した。
「そうか、どこの船?」
「知らん……本当に……荷受けは……熱田の、宮宿一家……」
その時、左手の柱の陰から何者かが飛び出した。
ナギの目には、それがジャージ姿の若者で、匕首を腰だめに構えているのが見えた。




