12.乱気流
アキラたちが歩いてきた時、ちょうど会社員風の男が「タービュランス」に入るところだった。
ほかの客の前で騒ぎ立てるわけにはいかないから、少し間を空ける。
ドアの中央部分がモザイクガラスになっているおかげで、向こう側に人がいるかどうか程度のことならわかる。
一分ほど経って、ガラス越しに人影が見えなくなってから、ドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
受付カウンターに入ろうとするボーイがいた。
昼間に会った、太った男だった。
「あ……紫音の件で、何かありましたか?」
ボーイの顔から笑顔が消える。
アキラがカウンター越しに顔を近づけ、小さな声で囁いた。
「お前、何を隠してるんだ?」
ビクッ、と飛び跳ねるように後ずさったボーイの体が後ろの壁にぶつかった。
「ぼ、ぼくは隠し事なんて……」
「誤魔化せてないよ」
「ひいっ! 何も! 何もありません!」
焦りと恐怖感で頭が一杯になっている様子を見て、アキラは「尋問」は無理だと悟った。
この男は、自身が関わった何かが起こした事態の重みに耐えられない。
「ナギ、オーナーさん呼んできて」
「わかった」
ナギが廊下を歩いていく。
その間に、アキラはボーイの瞳を覗き込みながら、ゆっくりとした口調で言い聞かせた。
「怖がらなくていいよ。知っていることだけを、正確に話して」
ナンパ男たちに使った催眠と同じ方法だが、意識への訴えかけを弱くしている。
意思を乗っ取るのではなく、そうしたいという相手の気持ちを増幅させる効果がある。
「はい……紫音と一緒に街に出た時、通りかかった女の人から、紫音を紹介してくれと言われました」
この調査で初めて核心に触れた瞬間だった。
やはり失踪者には「彼女たちが知らない他人」が接触していたのだ。
逸る気持ちを抑え、アキラは質問を続ける。
「その人は、あなたが知ってる人?」
「知ってる人だと思いました。アヤカと名乗って、ぼくの中学時代の同級生だと言いました。ぼくは中学の頃友達が少なくて、同級生の半分以上は名前を覚えてません。でも、女の人だから心配ないだろうと思って、一緒にいた紫音を紹介しました。二人はスマホを向けあって話していたので、連絡先を交換したんだと思います」
「その女が本当に同級生かどうか、わかる?」
ボーイの表情が苦しげになった。
目尻に涙が浮かびはじめている。
「あ、あとで、家に帰って、卒業アルバムを見ました。下の名前がアヤカの同級生は……二人いました……二人とも……会った女とは、似ても似つかない顔でした……」
溜まった涙が既に溢れて頬に線を描いている。
ボーイは嗚咽をこらえながら言葉を続けた。
「中学の写真だから、顔くらい変わるだろうって、何の気なしに友達に聞いてみたんです……アヤカって今何してるんだろうって。答えは簡単でした。二人とも……この街で働いてました。一人はキャバクラ、一人はスナック、どっちもよく見かける顔です。……あの時会った女は……赤の他人でした」
ボーイがカウンターの後ろでしゃがみ込んだ。
こらえていた涙もついに決壊したようだ。
「ぼくが……ぼくが付いていたのに……もし、あの女が何かして、それで紫音がいなくなったとしたら……」
アキラはカウンターの後ろに回り込んで、ボーイの肩を支えた。
慰めるためではなく、自傷を防ぐためだ。
彼は自分の過ちを認識している。
だがそれは彼の責任感から生じた過大評価だ。
敵は初めから隙を突いて紫音に接触し、自らの誘いに乗せる計画だった。
アキラが言葉をかけあぐねていると、後ろから肩を叩かれた。
振り向くとこの店のオーナーがいた。
ボーイの扱いを任せることにして、アキラは立ち上がった。
ナギがゆっくり廊下を歩いてくる。
「事情はわかったわ。あんたが気に病むのも仕方ないけど、いつまでもクヨクヨしてたら、紫音が帰ってきた時ガッカリするわよ」
「……でも……もしかしたら、もう……」
「バカなこと言わないの! あの子は帰ってくるんだから!」
アキラはドアを開けて店を出た。
ナギが追いかけてくる。
「ほっといていいの?」
歩きながら、ナギは心配そうに振り返る。
「いいよ。私たちも仕事しよう」
「アキラは仕事かもしんないけどさぁ!」
「あ、ごめん……」
ナギをいつまでも付き合わせる義理はない。
埼玉へ送り届けるついでに、アキラも東京に帰るべき頃合いだろうか。
「一旦帰るか」
「うん。この後って、どうなるの?」
「そうだなぁ……警察に情報提供して、あとは広域捜査に切り替わるんじゃないかな? 全国規模の事件だし」
「全国規模かぁ。全国からサキュバスを集めて、どうするんだろうね。見世物にでもするのかな? それとも、海外に売り飛ばしたり?」
「売り飛ばすったって、海外にもサキュバスくらいいるでしょ……ん? あれ?」
もう少しで駐車場というところまで来たのに、アキラは立ち止まった。
「ねぇナギ、なんで気づかなかったんだろ。これって典型的な人身売買だよね?」
「あーそうだね。少し前に多かった、パパ活とかやってる若い女の子が海外に売り飛ばされた事件と似てるかも」
アキラもごく短期間夜の街で働いたことがある。
人目につかない場所を避けるよう、経営者や同僚から言われていた。
報道で知った過去の事件を思い出すと、今回の事件の全体像が変わって見える。
今まで抱いていたイメージでは、各地から拉致した失踪者を一人ずつ運んでいるという思い込みがあった。
しかし、計画的な人身売買なら、もっと構築的な輸送網があるはずだ。
地方ごとに集めた被害者を効率的に運ぶ必要がある。
全国規模の犯罪を担えるとすれば、ポッと出の犯罪集団ではない。
歴史的にネットワークを築いてきた者たちだ。
「ナギ、また少し寄り道するよ」




