惨劇の幕開け
大したことないけど、地震要素ありますのでご注意を。
ようやく異変の始まりです。
ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴオオオォォォンンン……
鐘の音を聞く。九回、十回、十一回、十二回……最後は余韻を残して音が止まった。
全員が音に聞き入り、静まった後も何かが起こるのではないかと誰もが沈黙していたが——何も起こらない。職員室は思い出したようにざわめきを取り戻す。
「え、なにこれ」「放送ミスじゃないのか?」「鐘違いじゃん、ウケる」「ちょ、何コレ怖っ」「ようやく止まったわね」「町に連絡するか?」「他からも苦情行くだろうし、わざわざやらなくてもいいのではないですかね?」「梵鐘とか、ホラーかよ」「うっさかった~」
憶測が飛び交う中、倖は米倉と困惑しあった顔を見合わせる。
「……なんだったすかね、今の」
「んー……よくわからんが、まあ、十中八九放送ミスだろう」
「でしょうけど、梵鐘の音なんて、何で準備してたんですかね?」
「そう言われたらそうだが……俺にはわからん。まあ、とにかく、もう帰っ……」
——不意打ちだった。何の前触れも無く、床が大きく跳ね上がる。
倖の身体も大きく傾いた。
「地震!?」
地震。それもかなり大きい。立っていられないほどだ。
棚は大きく揺さぶられ、中の書類や置物が飛び出し今にも倒れそうだ。机の物が周囲に散乱する。女の金切り声と「地震だ!」と驚愕の声が職員室に広がり、頭を抱えて蹲る者、机の下に隠れる者、生徒を庇う者、様々だ。
倖も立っていられず、最初の揺れでバランスを崩し、米倉の机にしがみ付く。
「天野! 大丈夫か!?」
「は、はいっ! なんとかっ!」
「早く、俺の机の下に入れ!」
「えっ、でも先生は!?」
「俺は大丈夫だ! 早く!!」
「は、はぐぇっ!」
襟首を引っ張られ、半ば強引に机の下に放り込まれる。狭いが、出来るだけ身体を小さくして机の下に入り込むと米倉が入り口に覆い被さってきた。
(ヨネちゃん、教師の鑑だ!! 事が収まったら何か御礼をしなくては……)
盛大に感動している間も地震は激しさを増し、周囲の机ががたがたと悲鳴を上げてくる。
倖はその凄まじさに目を開けていられなくなり、頭を抱えて縮こまった。
——どれくらいの時間が経ったのか。揺れが徐々に収まり、地鳴りが遠退いていった。
「……の……天野、大丈夫かっ?」
「……なんとか。よねちゃんは?」
「大丈夫だ。普段から周囲を整理整頓していたからな」
「そんなもん?」
地震が完全に収まった頃、促されるまま恐る恐る這い出ると周囲は酷い惨状だった。棚は殆ど倒れ、足の踏み場も無いほど書類やら置物が散乱、机の境界もわからないほどだ。
動き出した人々が、「テレビをつけろ!」「津波の情報はないか?!」と大騒ぎしている。
「いやー……やばいですね、これ。私、あんなひっどい地震初めて体験しましたよ」
「俺もだ。随分長く揺れていたな……。ん?」
「ん? どしました?」
「いや、時間見ようと思ったんだが、時計が止まってるんだ。何かにぶつかっちまったかな」
目の前に米倉の太い手首に巻かれた銀色の腕時計が差し出される。確かに、その時計は地震が発生した丁度十二時で止まっている。ならば、と倖はスカートのポケットに入れていたスマートフォンを取り出してみる。しかし、何度画面をタッチしても電源ボタンに触れてもスマホはうんともすんとも言わない。
「え? 嘘」
「どうした?」
「スマホ壊れた」
「マジか。こんな時に最悪だな」
「ついてねっすわ~……お?」
ふと隣の席の白衣の女教師――保健医の江口が自身や隣の机の下を見たり辺りを見回したりして何かを探しているのに気付く。米倉も気付いたようで、江口に声をかけた。
「江口先生? どうしました?」
「米倉先生……あの、机の下から誰か出てきませんでした?」
「え? いや、誰も出てきませんでしたが?」
「そうですか……おかしいわねぇ。地震が起きたとき、女生徒を私の机の下に避難させていたんですが、今見たら、誰も居なくて……」
倖も覗いてみる。よくあるスチール製の机の下は誰も居らず、仕切りがあるので向かい側に抜けられることが出来ないだろう。
「地震で訳わかんなくなって隣の席と間違えたんじゃないっすか?」
「私もそう思って今確認したんだけど、いないのよ」
「まじっすかー」
言いながら周囲を見渡す。そこで倖は「ん?」と、妙な違和感を覚えた。すぐにはわからなかったが、周囲を何度か見渡してからようやく気付く。
人が、減っている。
職員室に入ってきた時に見た人数より明らかに少ないのだ。ざっと見ただけでも、半分近く減っていると思う。奥で座っていた学年主任、怒鳴られていた金髪の生徒二人、向かい側で気だるげにテストの採点をしていた教師も居ない。
(……床に転がったままなのか?)
身を乗り出して確認するが、机の下に居る様子も床に倒れていたり下敷きになっている様子も無い。
よくよく聞くと今さっきの地震の恐怖体験の他に、江口同様いなくなった人を探しているような声も聞こえる。
「……なんか、あちこちで江口センセと同じこと言ってるみたいなんですけど」
「……本当ね」
「なんだ、どういうことだ?」
「や、全然わかんないんですけど。白昼堂々の大量神隠しっすかね」
「馬鹿。そんな、非現実なことあってたま……」
「きゃああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然の絶叫、女の金切り声。
誰もが驚いて硬直する中、米倉が真っ先に動き出す。釣られて倖も後に続き、その後を江口や周辺の人が続く。
廊下に出た倖は、そこで目を丸した。
廊下の先、東に向かう曲がり角のところに一人の女生徒が尻餅を付いている。足元には張り紙や壁の一部、割れたガラス等が散乱しており、一見、それらで怪我をしたのかと思われたが、そうではない。
女生徒の目の前には、鎧武者が立っていた。
全身を戦国時代の赤い甲冑で包んだそれは、よく時代劇もののテレビや映画で見ているものそのままだ。鎧武者は、手を両脇に投げ出したまま立ち尽くしている。米倉が女生徒に慌てて駆け寄った。
「おい、大丈夫か?」
「あ、あ、ああ、あ……」
激しいショックを受けたのだろう、女生徒は鎧武者を見詰めたままがたがたと震え続け、顔からは血の気が引いている。よく見れば床には水溜りが出来ている。失禁してしまったようだ。
「誰だ! こんな時に悪趣味な悪戯をしやがるのは! 演劇部の連中か!?」
詰め寄る米倉だが、鎧武者は微動だにしない。先程ここを通ったときにはこんなものは無かったし、地震でも崩れていないのだから、誰かが着込んでいるのは明らかだ。
しかし、何故だろう。倖は鎧武者に嫌な予感を覚える。学校に鎧武者なんて違和感ありまくりな上、不気味な見た目の所為もあるのだろうが……うまく説明が出来ない。
ただ、禍々しい雰囲気は常人が出せるそれではなくて、まるで一人で心霊スポットに突入した時の心持にさせられ、無意識に息を飲む。
「おい、聞いているのか! 今すぐコレを脱げ! 何年だ!」
ずかずかと鎧武者に歩み寄り、顔に付けられた口元を覆う頬当てに手を伸ばした。
鎧武者が動く。硬い金属音を響かせながら素早い動作で腰の刀に触れる。
ひゅん、と風が切れる音。
一拍間が空く。米倉が「え?」と呟いた瞬間、斜めに裂かれた上半身から赤い飛沫が吹き出した、天井を赤く染めた。
一瞬、何が起きたのか誰も分からない。しかし、一部始終を見てしまった女生徒は再度絶叫を響かせようとする。だがそれは振り下ろされた切っ先が彼女の脳天に突き刺さり、叫びは命ごと遮られた。
代わりに響いたのは、江口の絶叫だった。
「きゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
それを合図に、その場にいた全員が悲鳴を上げながら逃げ出す。
廊下に出ていた倖は、目の前の出来事が整理する間も悲鳴を上げる間も無く、流されるまま二階へ向かった。
二階へ到達する直前、先を行った人々らしき絶叫が響き、幾人か戻ってきて三階へ駆け上がっていく。
(なんだ?!)
二階を覗くと、そこにはざんばら頭に矢が刺さった鎧武者の後姿、足元には幾人か倒れている。慌てて止めかけた足を動かし、三階へ走る。
三階には幸いなことに何も居ないようで、そのまま東階段に向かう。
(何!? 何が起きているの?!)
走りながら考えるが、勿論分かるはずもない。
梵鐘が鳴って、地震が起きて、鎧武者が現われて。関連性なんて全く無い。
夢じゃないか——そう思ったが、この息苦しさも疲労感も焦りも苦しみも恐怖感も生々しく現実的で、どう考えても夢じゃない。
(とにかく校舎を出て外に逃げなければ!)
そして警察に行って、学校に殺人集団が現われたことを伝えなければ。ポケット内のスマホが使えないことが恨めしい。
三年の教室を通り、中頃まで来たときだ。廊下の窓から外の風景が目に入り、思わず窓に張り付いた。
外にも鎧武者が居る。それも一人じゃない、複数いる。それらが外にいる生徒や教師を追い掛け回し、追いついた側から容赦なく刀や槍で切りつけて行っていた。
校舎、いや学校中から悲鳴や怒声、そして断末魔が聞こえてくる。
「まさか、外にも奴らいんの……!!?」
はっと気付く。頭の中に、愛らしい双子姉妹の顔が浮かぶ。
「明日花、沙夜花……!!」
倖が職員室に行っている間、外で待っているように伝えた二人。地震は外にいれば無事な可能性は高いが、この殺し屋集団に襲われては……最悪の可能性が頭を過ぎる。
「くそっ! 無事でいてくれ!」
血に塗れた想像を振り払い、下に向かって走り出した。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




