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郷守奇譚  作者: 夢編 此方
序幕

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5/7

何気ない日常

オープニングはここまで。

次回からはタツノオトシゴ級更新です。


「何よ! 絡んできたのも睨んできたのもあっちじゃない!」

「さ、沙夜花ちゃん、落ち着いて……ね?」

「もう! 明日花ってばムカつかないの!? あいつらいつもいつもいーっつも!」


 兄妹の姿が消えると、一気に空気が和らぐ。沙夜花は朱里亜の捨て台詞に腹を立て、明日花はそんな妹を宥めている。

 倖もふう、と大きく息を吐いて雄翔の背中を軽く叩いた。


「さんきゅ、雄翔。助かったわ」

「……大丈夫だったか、倖」


 先程とは打って変わって和らいだ口調で倖を見る雄翔の目つきもどこか優しい。

 背後で明日花は顔を赤らめ、沙夜花はニヤニヤ笑いながら二人の様子を見守っていることを倖は知らない。


「勿論。私があんな雑魚にやられると思う?」

「やられはしないが、怪我するかもしれないだろ。たまたま通りがかったから良かったものの、来なかったらどうしてたんだ」

「勿論、一騎打ちですけど」

「止めろ」

「冗談だよ、三割くらい。ところで雄翔はなにしてたの?」

「本気の方が大きくないか……まあいい。クラス委員の仕事で残っていた。これから部活に向かうところだ。一緒に行くか?」 


 雄翔は二年生だが既に男子剣道部主将に推されて何かと忙しい身だが、勉強も運動も優秀な成績を修めており、教師陣からの信頼が厚い。それでいて驕らず、見た目に反して謙虚な性格をしているので男女問わず人気があった。

 雄翔からの誘い文句を耳にした女生徒たちが羨ましそうにしている中、倖は茶目っ気たっぷりに笑いながらパンッ、と手を合わせ軽く頭を下げる。

 

「すまん、今日は休みます」

「……お前ら、また我侭言ったのか」


 す、と細められた視線が双子に向けられ、二人がビクッと身を竦める。


「……我侭じゃないもん。おばさんからの正式な依頼だもん」


 口を尖らせながら言い返す沙夜花だが、雄翔にバッサリと切り返される。


「天野のおばさんからの頼みとは言え、倖は今度の試合のレギュラーメンバーなんだぞ。練習に出なくて迷惑するのは倖だけじゃなく、他の連中だ」

「まあまあ、雄翔。休むと決めたのは私なんだから、明日花と沙夜花を責めないでよ」

「倖は二人に甘すぎる。

 明日花、お前は姉なんだ、もっとしっかりしろ。いつまでも倖や沙夜花の後ろに隠れているんじゃない。

 沙夜花ももう高校生なんだぞ。いい加減、年相応の落ち着きと言葉遣いを覚えろ」

「ひ〜⋯相変わらず厳しいこって……」


 彼の難を言えば、自他共に非常に厳しく真面目な性格だろう。

 

 三代の名が付くこの三兄妹は、町唯一の寺・三代寺(さんだいじ)の子供達であり、町でも一目置かれた存在だ。

 中でも雄翔は跡取り息子として厳しく躾られていたせいか、融通の効かないこともある。

 妹たちにすら厳しい言葉を投げ掛けるので、明日花は瞳を潤ませて泣きそうになっているし、沙夜花は拗ねたようにそっぽを向いている。

 学校の廊下の一角で家庭問題の話し合いが始まりそうな雰囲気に、倖が慌てて口を挟んだ。


「ちょ、ちょっと雄翔、学校でする話じゃないでしょーが。それに、あの馬鹿男が待ち構えているかもしれないし、私が一緒に帰るのは良いことだと思うよ、うん」

「あれなら暫く近付いてこないだろうが……まあ、いい。俺は部活に行く。面倒を掛けて悪いな、倖」

「いやいや、こっちこそ。じゃね。部活頑張って」

「おう。……倖、あの話後で詳しく教えろよ」


 彼が声を落として囁いた『あの話』とは昨夜の三代山登頂の話だ。

 雄翔は花郷町唯一の寺の跡取り息子——厳しい教育の反動なのかストレス発散方法なのか、彼の密かな趣味は倖と同じオカルトである。

 そのことは家族には秘密にしているようなので、倖が知る限り、彼の趣味を知っているのは倖だけだ。


「あいよ。じゃ、また後で連絡するね〜」

 

 軽く手を振って部活へ向かう雄翔を見送ると、彼の背中に向かって舌を突き出していた沙夜花が興味深そうに倖に迫る。


「ちょちょちょ倖姉! 何、あの話って? お兄ちゃんと何の話してるのっ?」

「耳聡いな。まあ、いろいろね」

「サヤたちに言えない話?」

「そうだね、沙夜花にも明日花にも言えない話~」

「え~! 何それ何それ! サヤにも教えてよ~!」

「駄~目。ほら、さっさと帰るよ」


 そう言って倖は促し、ようやく昇降口に向かい歩き出そうとする。


「……お姉ちゃん、昨日の夜、家にきた?」

「っ!?」


 不意に明日花の口にした疑問にどきっと大きく心臓が一鳴きして思わず足が止まった。昨夜の出来事は勿論秘密にしていたのだが。


(ゆ、雄翔の協力の下、周囲に警戒しながら行動していたのでバレてはいないのは間違いない、筈!?)


 明日花は昔から妙に勘が鋭いところがあった。

 かくれんぼをしていてもすぐに見つけてくるし、天気を当てるようなこともあれば失せものを探し出したこともある。

 なかなか高確率で当たるのだが、確証の無さと弱気な性格から否定すればすぐに身を引いてしまうことを倖は知っている。


「っい、行ってないけど、なんで?」

「あ、その……なんとなく……」


 多少動揺しながらも答えると、明日花は自信を失ったように言葉を濁し、それ以上の質問はしない。

 

 ホッとこっそり安心した瞬間、掃除が終わったら職員室にいる担任に一声掛けるように言われていたことを思い出した。


「やっべ~。そういやヨネちゃんに掃除終わったら来いって言われてたんだった」

「まじでー。今から行くのめんどくない?」


 沙夜花の言うことは最もで、職員室は西端にあり、現在地から正反対な上、昇降口を通り過ぎることになる。行ったり来たりするのは確かに面倒くさいが、律儀な米倉のことだ、待っているかもしれない。


「面倒くさいけど、一応行ってくるわ。ひとっ走りで行ってくるから外で待ってて」

「ろ、廊下を走ったら怒られちゃうよ……」

「あ、うん、そっか。じゃあ競歩で行ってくる、競歩で。すぐ戻るから!」

「うん!」

「い、いってらっしゃい」


昇降口を後にし、競歩とは名ばかりの小走りで一年生の教室や保健室などの教室を通り過ぎ、職員室に辿り着く。


 軽いノックの後、「失礼しまーす」と声をかけて入室すると、中にはまだ多くの教師と生徒が残っていた。

 お目当ての米倉の席は割と近くにあり、倖の姿を認めた米倉がおいでおいでと手を振る。


「おう、天野、終わったか。遅かったな」


 そう声を掛けてきたのは、青いジャージに身を包んだ男子教師。年は三十代半ばだが、快活な性格からかもっと若々しい印象を与える。


「終わりやしたー。ってか報告忘れて帰るとこでしたー」

「お前な。なんで罰掃除されたかわかってんのか」

「すんません。ってかセンセ―、なんか忘れてません? ヒント、伝言」

「……あ」

「あーあーあー」

「……すまん。高橋先生にはちゃんと言っておくからな。許せ。な?」

「ま、いっすよ。元はといえば私が悪いわけだし」


 がー、ぴー。室内の防災ラジオや外に設置されている町内スピーカーから機械音が流れる。時間は、あと数秒で十二時になろうとしていた。この時間になると町内スピーカーでお昼を告げるメロディが流れるのだ。


「じゃ、報告もしましたし、行きますわ〜」

「ああ、本当に悪かったな。掃除ご苦労さん。明日から夏休みだが羽目外し過ぎるなよ。お前はすぐやんちゃするから」

「はーい。じゃあヨネちゃん。良い夏休みを」


 その一言は、あくまで形式上だ。教師に夏休みが無いことは知っている。補習、部活動の指導、問題児の教育、新学期からの授業内容など、毎日のように彼らは働いているのだろう。その間、自分たちは海に行ったり山に行ったり遊んで、遊びや将来の為にバイトをしたり、夏を謳歌する。


 きっと、いつもと変わらない夏が来る。


 倖だけでなく、誰もがそう思っていた。


 かちり、と時計の長針が十二時を指した瞬間。


 ゴーン……


 それは、聞き慣れた軽快な音楽ではなく腹の底に響く重々しい鐘の音。


 それが、これから起こる地獄の始まりを告げる音であると、このときはまだ誰も知らない。

お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)

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