在校生
登場人物紹介回
校舎はよくある横一直線型からなる三階建ての校舎だ。校舎の両端には東階段と西階段があり、倖のクラスの二年二組からは東の方が近く、三人はそちらから校舎の中央に位置する正面玄関に向かって歩き出す。
「ねえねえ、倖姉! お昼はどうする? モール直行して食べない?」
「よ、寄り道はダメだよ、沙夜ちゃん……」
「えー! だって帰り道の途中にあるのに、いちいち家に帰るのめんどくさいじゃん!」
「そ、それはそうだけど……」
右腕に沙夜花が喜色満面で腕を絡め密着し、左は顔を真っ赤にしている明日花と手を繋いで校舎を歩く倖は、正に両手に花。
すれ違う男子やどこからともなく感じる男子生徒の羨望と憎しみが入り混じった視線は、いつもの如くまざまざと感じていた。
何故ならこの三代双子姉妹、花郷高校一、いや、花郷町一の美少女双子として絶大な人気を誇っているのだ。
姉の明日花は人見知りの恥ずかしがり屋だが、花も恥らうようなお淑やかで優しい性格は男子だけでなく、女子からも『守ってあげたくなる』と評判の清純系。
妹の沙夜花は明日花とは正反対に活発で物怖じしない元気系の美少女で、子供っぽいところが可愛いと人気が高い。
非公式ファンクラブも存在しており、男子生徒だけでなく教師までもが在籍しているとか……。
噂だが倖が在籍している剣道部の顧問である教師も入っているらしい。定かではない。
そんな男たちを魅了する双子姉妹だからこそお近づきになりたい輩は少なくない。
「倖姉はどう思う?」
「まあ、高校生にもなって寄り道が怒られるのは夜だけだしね。モールに寄るってのは賛成かな」
「お姉ちゃんまで……」
「だよね! さっすが倖姉!」
「だが、残念。私には金がない」
「ええ〜!」
「よ~! アスカちゃんとサヤカちゃんじゃん!」
和気あいあいと会話を繰り広げていた三人が、一階の踊り場にたどり着いた時だった。
騒がしい声が双子の名前を呼び、三人の行く手を遮った。
倖たちの視界に飛び込んできたのは、二人の人物――いや、正確にいえば、一人の男子生徒が道を塞ぎ、一人の女子生徒はその後ろで視線すら向けずスマートフォンを弄っている。
途端に明日花と沙夜花の身体が強張ったのを感じ取る。
この二人は、倖も双子も見知った顔だが、決して仲良くなく、むしろなりたいとも思わない人物。
「こんなところで会えるなんてぐーぜんじゃん! いや? うんめーってやつ? せっかくだから一緒に帰ろーぜ!」
へらへらと軽い笑いを浮かべている男子生徒の名は三年の羽間想宇流。
脱色し過ぎにも思える茶髪と着崩しただらしない格好がいかにもチャラ男風の様相を相している。
ズイッと遠慮なしに近寄ってきた彼の姿を見て瞬時に倖の背後に隠れた双子。だが、すぐに沙夜花の方が果敢に睨み付けて怒鳴る。
「あ、あんたに関係ないでしょ! どいてよ! これからサヤたち三人で帰るんだから!」
「お、沙夜花ちゃんツンデレ? ツンデレ? かわい~。だから一緒に帰ろーって言ってんジャン? イイとこ連れてってやるからよー。勿論明日花ちゃんも! 三人で一緒に楽しもうぜぇ~ぎゃはははは!」
何が面白いのか、一人大笑いする想宇流を冷めた眼差しで見詰る倖と、話の通じなさに更に怯える双子。
付近に生徒がまばらに見えるが、触らぬ神に祟りなしとでもいいたいのか、誰も助けに入ろうとはしない。
(双子とお近付きになりたいならもっと頑張れよ!)
不甲斐無い男たちに呆れつつ、倖はやれやれと大きくため息を吐き、一歩前に進み出た。
「いい加減に諦めを知ったらどうなんだ、鳥頭」
一応先輩だが、敬語なんて使う気は一切無い。
「あ~? な~んかどこからともなく雑音が聞こえたなぁ」
嘲りを浮かべ、耳で小指をかっぽじる仕草をしてみせる。苛立たしいことこの上ないが、この男に好かれるよりは嫌われている方がましであることと、少し言い返すと語彙が少ないこの男はすぐ言い負けるか挑発に乗るかなので、扱い方は非常に容易い。
「頭だけじゃなく耳も目も悪くなってるわけか。こりゃ救いようが無いな。ま、元々救う気なんて微塵も無い上、誰も助けたいと思わないだろうけどね。こんなマザコンボッチ」
「ああ!? 誰がマザコンだって!?」
「はっきり聞こえてんじゃん。いきなり自分が口にした悪口を覆すなんて、さすが主体性も一貫性も無い屑。マザコンでしょ? 休みの度にママと一緒にお出かけ、いや、ママとしかお出かけしないって町中の噂だっつの。ま、友達いないし、一人じゃ遊びにいけない嫌われ者のボッチだもんねぇぇぇ」
「なっ……! ボッチじゃねぇし! このクソブス……!!」
「お、やる? やっちゃう? 一回あんたとは決着を付けた方がいいと思ってたんだよね~。そしたらいい加減格の違いを悟るっしょ」
想宇流に負けず劣らず、嫌味ったらしい挑発を返す。想宇流はあっさりと乗ってくれたが、拳で掌を叩き喧嘩上等の意思を示すと即座にたじろいで見せる。
この男が喧嘩もできない、ただの腑抜け野郎であることも有名だ。
普段から部活で鍛えている倖と、帰宅部でガリガリな想宇流では結果もたかが知れているだろう。
「な、なんだよ、やるのかよ……女の癖に……」
「その男尊女卑の低脳をぎったぎたにしてやったら、少しはまともにしてあげれるかもしんないからね」
「それは是非矯正してもらいたい話だが、残念だがお前にそれは許可できない」
突然振って湧いてきた低く太い、怒気を含んだ第三の声。
想宇流の視線が倖の背後に向けられ、瞬時に青ざめた。
聞き慣れた声に倖が振り返ると階段から一人の男子生徒が降りてくる。双子の顔がぱっと華やいだ。
「雄翔」
「「お兄ちゃん!」」
双子の言葉は、その関係を知らない者には十分驚愕を覚えさせるものだった。
身長は百九十センチを越える、恵まれた体躯の持ち主の彼は、天使のような可愛らしい容姿を持つ明日花と沙夜花の実兄に当たり、倖の幼馴染にあたる三代雄翔である。
肉食獣を思わせるような鋭い目つきは双子を一瞥し、倖と想宇流の間に割り込む。身長が平均的の想宇流を自然に見下ろすことになるが、雄翔は明らかに物理的にも精神的にも想宇流を見下していた。
「羽間。倖と、妹たちに、なんか用か」
「え、い、いや……」
「前に言ったよな。三人に気安く近付くなって。近付いたって事は、よっぽど重要な用なんだろうな?」
「い、いや……廊下歩いていたら、たまたま会って話を……」
「そうか、それは珍しいことだな。倖も妹たちもお前とは話したがらない所か関わり合いになりたくないそうなんだが。まあいい、退屈なら、また俺が付き合ってやろうか?」
「え……。い、いや、別にいい……」
静かな怒気を含んだ声に想宇流が視線を逸らす。
強いものには完全に屈している想宇流だが、こと雄翔に対しての苦手意識は高い。
というのも兄妹は今年の四月に転入してきたのだが、この馬鹿兄は早々に双子に手を出そうとして、雄翔にボコボコにされたことがあるのだ。尚、肉体的にか精神的にかは、広まっていない。
「え、えっと、あの、その、じゃ、じゃあ、俺行くわ! じゃあな! 行くぞ、朱里亜!」
踵を返して、壁に寄り掛かっていた女生徒に吐き捨てるように声を掛ける。
ストラップとラメでド派手に飾ったスマホをマニキュアで彩った鋭い爪で器用に弄っており、盛り上げた金髪と濃いメイクをした女生徒。制服を着ていなければまるでキャバ嬢のようだ。
彼女は羽間朱里亜。想宇流の一つ下の妹で、こちらは兄とは違った意味で浮いた存在だ。
朱里亜は兄のように周囲に迷惑をかけているという話は聞かないが、その姿には近寄り難いものがある。その姿で水商売をしているという噂もあり、自然と周囲から距離を置かれていた。
想宇流と朱里亜。複雑怪奇なキラキラネームのこの兄妹は通称羽間兄妹と呼ばれている、花郷高校一の嫌われ兄妹である。
「……………………………………」
捨て台詞を吐き捨て、足早に昇降口の方へ消えていった想宇流の声に反応し、朱里亜はスマホから目を逸らさないまま後を追おうとする。
が、ふと何かに気付いたように顔を上げて倖を見た。黒く縁取り、長い睫毛を付けた双眸から送られる睨みはかなりキツい。
「なに?」
逸らすのも嫌で、倖も見詰め返す。
結果睨み合う形にはなったが、先に音を上げたのは朱里亜の方だった。
「……見てんじゃねーよ」
忌々しそうに吐き捨て、兄の後を追って昇降口に消えていった。
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