終業式
オープニングイメージとして書いてたので日常パートが続きます
花郷町は北東を山、南西を海に囲まれた自然豊かな田舎町である。
人口は約六万人。鉄道も古くから開通しており、山には県道も整備されているが、隣には大きく栄えた市があり、そこに行くまで電車で三十分前後、車で一時間近く掛かる為かあまり栄えているとはいえない。
しかしながら、山の幸と海の幸が同時に楽しめる上、町名の由来となっている花畑はテレビでも取り上げられる程美しいことで有名だ。毎年開催される花祭りの時期には多くの観光客で賑わっている。
町には小中学の他に、高校が一校存在しており、これが倖の通う花郷高等学校である。
その日、各学校では夏休みにむけての終業式が行われた。お昼になろうとしている今は学校を終え自由を得た学生で町は賑わっている。
十一時を過ぎた現在、高校でも式は終わっているが、部活動や委員会など、各々の理由で残っている学生が多く見られていた。
校舎の二階、二年生のクラスが存在する廊下を道着姿の少女が歩いており、二組の札が掲げられた教室を覗き込む。
「あれ?」
教室の後ろのドアから顔を出した女生徒は、教室内を見て目を丸くした。室内では倖が一人、憮然とした表情で机を並べている。
「……あれ、由紀。どしたの?」
「いや、倖が部活来ないから高橋先生が探して来いって……。何やらかしたの、あんた。一人で教室掃除なんて」
「あれ、ヨネちゃん、タカセンに伝えておくって言ってたのに……忘れやがったな。っていうか、なんで私がなにかやった体なの?」
「ヨネちゃんがなんもしてない人に罰与えるわけ無いじゃん」
「否定できん……」
同じ剣道部の友人の言葉にぐうの音も出ない。正にその通りであった。ヨネちゃんというのは倖のクラスの担任の男性教師・米倉のことを指す。体育会系で見た目は厳ついが気前はよく、あだ名で呼ばわれることも容認しているので親しみやすさから生徒の間で人気があった。
「手伝ってくれる気はないかい?」
「嫌。あんたの罰なんだから、一人で頑張んなさい」
「薄情者~! っていうか、クラスの連中も薄情だ……部活とかならまだしも、バイトだデートだなんだって、誰も手伝ってくれないの。さっちゃん悲しい!」
「キモい。ま、ふつー終業式に掃除もしないで帰れるならラッキーと思ってさっさと帰るでしょ。で、なにやらかしたの?」
「地味に傷付く。や、単に終業式で寝た」
「あほか。あんた、教師陣のまん前でしょ。よく寝れるわね」
「いやー、昨日遅くてさ」
「遅くてって……まさか、また心霊スポット行ってきたわけ? 一人で」
「せーかい」
「さすがホラークラッシャー……。いや、あんたは恐怖感情が麻痺してるだけね」
『ホラークラッシャー』――読んで字の如く、恐怖破壊者のあだ名は倖のものである。その名は、過去に幾度と無く心霊スポットを観光スポットさながらに巡って帰還する倖の度胸の強さによる。
『心霊写真が撮れる』『霊感が無くても絶対見える』『行くと呪われる』『必ず死ぬ』等と噂される有名スポットにただ一人乗り込み、何事も無く生還することから、“恐怖を破壊する者”であると、彼女の趣味を知る人々から実しやかに囁かれているのである。
「いやいや、恐怖感情が麻痺してるわけではないよ。廃墟行ったりとかしたら野生動物とか住み着いてる人とかたまにいるからマジでビビるし」
「まず、一人で廃墟とか行くって時点でおかしいのよ」
「だって誰も付き合ってくれないんだもん」
「普通の人はそんなとこ行きたがりません」
「倖姉!」
二人の会話を遮るように甲高い声が室内に響く。
後ろ側の扉から、髪をツインテールに纏め上げた赤いリボンの少女と、その少女の後ろに隠れるようにおずおずと立つ、セミロングに青いカチューシャを付けた少女が顔を出す。
二人ともその容貌は愛らしく、正に美少女と呼んで相応しい、それでいて瓜二つの容貌だった。
「お、明日花、沙夜花。入ってきな~」
「あら、美人双子ちゃん。いらっしゃい」
「香山先輩、こんにちはー!」
「こ、こんにちは。失礼します……」
元気に声を出すのは赤いリボンの方、双子の妹の三代沙夜花。
少し緊張しながら挨拶したのは青いカチューシャの方、双子の姉の三代明日花。
二人は倖に促されるまま上級生の教室に入室する。
「どしたの、二人とも。まだ帰ってなかったの?」
「う、うん。おばさんから、お姉ちゃんのこと頼まれてたから一緒に帰ろうと思って……」
「迎えに来たんだ~! 早く帰ろう、倖姉! お昼一緒に食べよ!」
おばさんというのは倖の母親のことだろう。
倖の両親は昨日、親戚の訃報を受け、朝から二人で遠方に出かけていた。
ちなみに倖のことを姉と呼ぶが、小学生の頃からの付き合いの延長線でそのまま定着しているだけで、血縁はないし親戚でもない。
「マジで? かーさんいつ二人に連絡したの?」
「今朝うちのお母さんにメールで連絡きたの! 倖姉一人だと何も出来ないから、お願いねって!」
「母さん娘のこと信用してなっ。一人で留守番くらいできるっつーのに。わざわざすまんね、明日花、沙夜花」
「う、ううん。あと、お姉ちゃん一人だと危ないからって……」
「見張りもお願いって頼まれてるんだー♪」
「危険って防犯関係じゃなくて、私が何かしないか心配って意味かい。本っ当に信用されてないな私」
そうは言うが自覚はある。
『子供は元気が一番!』と謳う両親は、幼い倖の意思を尊重し、駄目なことはきちんと叱るが、やりたいことには制限を掛けないという教育方針を取っていた。
そんな軽い放任主義ともいえる両親から生まれた倖は、幼少期からアクティブな子供であった。
怖い話は小学生から興味を持ち、噂を聞いては現場に突撃し、体験を試みようとするのが彼女の日常。
当時存命だった曾祖父からは、『下らん遊びで女が一人で出歩くな!』と拳骨つきの説教を受けていたことは、倖の記憶の中に硬くこびりついていた。
今は幾分か落ち着いてきたとはいえ、高校二年生になって尚心霊スポット巡りを続けているということは、全く懲りていないようだ。
年頃になった娘を、今になって心配してきている母親は、監視役に近所に住む年下の幼馴染を送り込んだ……ということなのだろう。既に遅い。
「さ、沙夜花ちゃん、それはお姉ちゃんが傷付くかもしれないから内緒にしておこうって言ったじゃない……」
「あ! ごめんごめん! 倖姉今のなし! 忘れて!」
「しっかり刻み込まれたっつーの。ま、こんなことじゃあ傷付かないよ。気を使ってくれてありがと、明日花」
「う、うん……」
明日花の髪が乱れないようにポンポンと軽く叩くと頬を紅潮させて嬉しそうに微笑む。その笑顔は、彼女のファンが見たら鼻血を振り撒いて倒れそうな程愛らしい、天使そのものだ。
「あ~! 明日花ばっかりずるい! お姉ちゃん、サヤもサヤも!」
「はいはい」
自ら頭を差し出してくる沙夜花の頭を同じようにぽんぽん軽く叩く。幾らかぞんざいだが、された本人は十分満足したようで嬉しそうに笑っている。
「相変わらずあんたたちは仲がいいわね~」
「あ、由紀。忘れてた」
「殴るわよ。で、どうするの、部活」
「あ~……今日は休む。用事があるって伝えといて」
「了解。でも明日からはちゃんと出てよ?」
「悪いね。じゃ、また明日」
「ん。それじゃあね、双子ちゃん」
「さよなら~!」
「さ、さようなら……」
ひらひらと手を振って由紀が教室を去ると、残りを適当に片付けて待っていた双子を伴って昇降口に向かった。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




