木像
昔書いたものを多少加筆修正しております。
その時、一陣の風が吹く。
暑さと涼しさが入り混じった生暖かなそれは、夏場であればよく感じられるものであるというのに、何故か一抹の不安を誘った。
周囲の木々や笹が葉を擦れ合わせ、ざざざざとざわめく。
まるで周囲で生き物が徘徊しているかのような音に、流石の倖も身を強張らせていた。ドクドクと早鐘を打つ心臓の音をBGMに周辺にライトを向け警戒する。
深夜、たった一人で立ち入り禁止に登るような女子高生にあるまじき度胸の持ち主だが、獣の存在はやはり恐ろしい。近所の低山だし、何もいないと断言していた友人の言葉を信じた自分が恨めしい。
風はすぐに治まる。
ざわめきが静まっていくのと同時に全身から力を抜く……その瞬間、スマホの着信音とバイブレーションがポケットで鳴り響く。身体をびくぅっ! と大きく跳ねらせ、その拍子に懐中電灯を落とした。
「びびびびびびびっくりしたぁ! す、スマホかっ! タイミング良過ぎるだろって!」
内心ビビりまくっている自分を奮い起こすように突っ込みを入れつつ、スマホを取り出す。送信者は先程メッセージを送った友人だ。内容は『了解。気をつけろよ』とシンプルなもの。
(ちくしょうこんなメッセージなら送ってくるなよ心配有難う!)
等と思いながら転がった懐中電灯を拾いに立ち上がる。位置的になだらかな坂になっていたようで、少し離れた笹の間に転がっていったそれを拾い上げて熊笹の間を照らした。
するとどうだろう。
丸い大きな石が、光の先に照らされている。
「お」
笹を掻き分け進むと思った通り、そこには道祖神が草とコケに塗れながら無造作に置かれていた。そしてその先は僅かに道が見えている。
「災い転じてなんとやらってやつだな。ラッキー」
災いというにはしょぼ過ぎる出来事から見つけ出した道を進む。
歩くこと十数分程度、目的のものは突然視界に飛び込んできた。
まず目に入ったのは樹齢百年は過ぎているであろう巨木。そしてその下にある小さなお堂だった。
歩み寄り、まじまじとお堂を見る。高さは倖の胸程度、汚れや古さは見て取れるが、長いこと雨風に晒されていた割には破損の見当たらない重厚そうな木製のお堂だった。木戸はしっかりと閉じられ、注連縄で封じてある。
「あちゃー。注連縄あるのか。下手して壊したらばれるよな~」
注連縄の接着部分に明かりを向ける。外してまた付けられる可能性を探るが、見た感じでは何も見当たらない。
「指先でちょっと持ち上げるくらいなら壊れないかな?」
試しに、指先でゆっくりと注連縄に触れた瞬間。
ドサッ……と重々しい物音と重いものが落下する音。
一拍置いてから、注連縄が下に落ちた音だと気付いて、倖の顔は瞬時に青く染まった。
「ちょ、指先で触れただけで落ちるってどんだけ脆くなってんの!? え!? これ私の所為か!? 私の所為か!」
慌てて拾い上げて元に戻そうと試みるが、接着していた部分には釘や粘着性はなく、どう足掻いても元に戻せそうもない。
どーしよどーしよ、と軽くパニックに陥りながら周囲を見渡すが、糊の代わりになりそうな物など見当たるはずもなく。注連縄と木戸を交互に見やること数回、何事もなかったように注連縄を地面に戻す。その際、自然に落ちたように見せかけることも忘れない。
「すんません本っ当すんません……さて、気を取り直して!」
手を合わせて謝った後、無かったことにしようとテンション高めて木戸に向き直る。
灯りで照らしながら、取っ手の窪みに慎重に開く。
ぎ、ぎ、ぎ、と不快な音が続く最中、隙間から漏れ出る黴と埃の悪臭に眉を潜めた。
「くっさ……」
一体どれだけ長い間開けられていなかったのだろうか。目線だけ送って顔を背け、呼吸を口で浅く早く繰り返しながら尚も扉を片方ずつ開けていく。
ゆっくりと、ゆっくりと、扉は壊れることなく開け放たれた。
ジャージの裾で口元を覆いながら懐中電灯を持ち直す。
照らし出されたのは、狭いお堂に窮屈そうに鎮座している一体の木像だった。
大きさは大の男が胡坐を掻いた位。歴史や美術の教科書に載っていそうな、何の変哲もない、頭を丸めている彫り深い男の像だった。
「ほうほう、これが雄翔の先祖のお師匠様かぁ」
何も考えず木像に手を伸ばす。
「……っ!?」
途端に指先に走るぴりっとした刺激。慌てて指を引っ込める。それは静電気だったのだろうが、乾燥していたわけでも、摩擦が起きたわけでもない。本当に軽く指先が木像に触れただけだった。
(……もしかしたら知らない内に帯電していた? 注連縄もその衝撃で壊れた感じ……?)
それなら納得はいく。説明は出来ない。
「……見た目も脆そうだし、触ったらこの木像まで壊してしまうかもしれない……。触るのは止しておくか。さて、目標は達成できたし、帰るかな。あ、写真……」
ここに来た目的はこの木像の存在を確認することだ。スマホで時間を確認すると、思ったよりも時間を食ってしまっていた。山を降りる頃には日を跨いでいるだろう。もうそろそろ帰って寝なくては明日に支障が出てしまうので早々に帰るべきだ。
一応到着した証拠として写真を撮るつもりでいたのだが、神聖な場所にある木像を前に、思わず罰当たりという言葉が浮かんでくる。
立ち入り禁止の山に登り、厳重な封をしてあるお堂の注連縄を偶然だが壊してしまい、しかも長いこと開けられていなかった扉を開けて中を覗くという、罰当たりに罰当たりを重ねているのだから今更だが。
「……まあ、誰かに見せるわけでもないし、事が知れたら大問題になるしな。下手な証拠は残さないほうが良いか」
そう思い直してスマホをしまい、扉を閉めにかかる。
ゆっくりと細くなる光の先で、瞳を閉ざした木像が視界から消えていき――扉はゆっくりと何事もなく閉ざされた。
「おっしゃ、任務しゅーりょー。……あ、せめて場所の写真だけでも撮っておくか」
言って、巨木にスマホのカメラを向け、なんとなく満月も入れてシャッターを切る。かしゃ、と軽快な音を立て、写真は難なく収められた。
「よし、今度こそ終わり。あ~明日起きれっかなぁ〜」
大きく伸びをしながら、倖はお堂を後にした。
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月が西の空に沈んでゆく。
東の空から昇る太陽は、燃えるような赤。
人気も、獣の気配すら無い、三代山山頂。
大きく開け放たれたお堂内部の暗闇の中。
木像の双眸から、血のような赤い輝きが放たれていたことに、気付く者はいない。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




