第肆章 軽トラランデブー
うっすら恋愛要素入ってます
町営図書館の敷地を出てすぐのことだった。
突然、フジが道路上に無造作に止められていた一台の車の前で止まった。
「これは……使えるな」
「え」
「寺までまだ距離がある。ここからはこいつで移動する」
三代寺及び三代山までまだ遠い。通常徒歩約三十分の道程だが、怪異たちの妨害や障害があることは容易に想像できる。
そこでフジが目をつけたのは車。確かに生身で移動するより、鉄の箱で守られながら短時間で移動は可能だ。
なので、倖もその提案には否応なく大賛成だ。
——だが。
「軽トラ!? よりにもよって軽トラ!? 他にも頑丈な車はあるでしょ!?」
思わず激しい突っ込みをいれてしまった倖。
それもそのはず。
フジが選んだのは農作業や荷運びに大活躍の軽トラックなのだ。強度的にも見た目的にももっといい車はそこかしこに乗り捨てられている。
なのにフジが選んだのは田舎で大人気の軽トラック。
倖はその選択に解せないでいるが、対するフジも心外だと言わんばかりに眉を顰める。
「何を言う。世界に認められた頑丈な車だぞ」
「だからって田舎のベンツはないでしょ……」
「そも、俺はマニュアルしか運転てきん」
「まじかよ……」
今時マニュアル限定かと呆れたが、そういうならこれ以上の言い争いは無駄だ。率先して運転席に乗り込んだフジに続いて、助手席に乗り込んだ。
「あ、意外と広い……」
中はやはり農作業用として使われてるようで土や草臭い。だが、倖が幼い頃に曽祖父に乗せてもらった軽トラックよりは断然広く、まだエンジンの起動も滑らかだった。
「シートベルトしろよ、倖」
「了か……いいいっ!!?」
言われなくともシートベルトをカチッと閉めた瞬間。
ガコッ、とフジが素早いシフトワークでクラッチを繋いだ凄まじい加速重力が倖を襲った。
「ちょおっとぉ!? フジさん、安全運転んんんんんん!!!!」
「喧しい。この非常時に安全も糞もあるか」
頭上の手摺を両手で掴んで耐える倖。だがフジは涼しい顔でキレッキレのハンドル捌きと超加速で道路をひた走る。かなりの危険運転だが、そのお陰で外の怪異たちは軽トラックに近づくことが出来ないし、運の悪い怪異なんかは轢き殺されたりもしていた。
「うわあああああっ! ターボババアとターボジジイのコンビが追いかけて来てるーー!! 見たいいいいいっ!!」
「黙ってろ。舌を噛みちぎっても知らんぞ」
「ぎゃあああああああっ!?」
中には追いかけて来る怪異も居たが、右や左に旋回する軽トラックには到底追い付けず、撒くことに成功。
車を使うという選択に間違いはなかったが、寺に着く頃には満身創痍の倖が出来上がっていた。
「着いたぞ」
「あぐぅ……」
見事な横滑りを披露しつつ、車が停まる。
一気に老け込んだように倖はヨロヨロと身を起こしてフロントガラスから外を見た。
だがそこはまだ寺ではない。左手沿いに寺に続く通りではあるが、目的地手前の交差点であった。
「……着いてなくない?」
「見ろ」
「……げっ!」
形の良い顎が指し示す先を見る。
寺を囲む塀沿いと、通りに面した大きな門。そこには無数の人型の化け物が群がっていた。
「な、なにあれキモっ!」
「碌な死に方をしなかった所為で、死んでも現世に留まっていた亡者共だ」
「つまりは、悪い幽霊?」
「自殺、他殺の線もあるから一概にはそう言えん。だが、『魂が肉体から離れた後はすぐにあの世に行かねばらならない』というルールから逸脱した面から見れば、悪い幽霊だな」
そう言い切るものの、寺を囲む亡者を見るフジの顔は、どこか悲しげに見えたが、それも一瞬のこと。フジはシートベルトを外す。
「倖、荷台に乗れ」
「え。なんで?」
「説明は後だ。いいから荷台に行け」
「わ、わかった」
睨まれて、渋々助手席から降りて荷台に乗る。キャビンから寺の方向を覗くと、塀の屋根部分に複数の人がいた。和装や武装、中には現代風の服を着ていたりと様々な格好だが、手にしている武器も弓矢だったり槍だったり、中には二丁拳銃を構えている者もいる。塀を越えようとする亡者たちに攻撃を与えていた。
「ねー、フジさん。あの人たちも郷守?」
「そうだ」
「意外といるんだね。みんな個性的」
なんて感想を述べた時だった。
すぐ近くでバキイッ!! と物々しい破壊音。驚いて運転席を覗いてみれば、フジが運転席の扉を蹴りを食らわせて取り外してしまっていた。
「はっ!? ちょ、フジさん何してんの!?」
「いいか、倖」
倖の突っ込みを無視して、運転席から顔を出したフジは真面目な顔で言葉を紡ぐ。
「あのままでは、俺たちは寺に入ることができない。だからまず、軽トラで亡者どもに突っ込む。お前は俺の合図で塀に飛び移れ。いいな?」
「いやいやいやいや。そんなキリっとした顔して『いいな?』じゃなくて。普通に考えて無理に決まってんでしょ?」
「無理か?」
キョトン、と意外そうな顔をされる。
「そんな可愛い顔しても無理! 私はアクションスターでもスタントマンでもないんだからね?」
「そうか……じゃあ、作戦を少し変える。しっかり掴まっていないと本気で死ぬぞ」
「突っ込むのは止めないの!? もう!!」
倖の叫びも虚しく、車内に頭を引っ込めたフジが勢いよくエンジンを蒸し始めた。
こうなったらヤケクソだ! と、倖は運転席側キャビンにしがみつく。それをミラー越しで確認したフジは、一気にアクセルを踏んだ。
タイヤの摩擦でアスファルトから煙が上がったかと思うと、物凄い勢いで軽トラックが走り出す。
やがてすぐに、ドゴ! バキッ! グシャ! と生々しい音と揺れが倖の体に伝わり、視界を弾き飛ばされた亡者の姿と絶叫が流れて消えていく。気色の悪い光景だが、少しでも悲鳴を上げれば自身の身体も持って行かれそうになる。
倖は心の中で悲鳴を上げつつ、歯を食いしばって現状に耐えていた。
そんな最中だった。
フジはポケットから取り出した札を使ってアクセルペダルを固定。加速を続ける運転席から華麗に荷台に乗り移る。振動など物ともしない体幹で倖の元へと歩み寄ると、「倖」と耳元で呼び掛けた。
倖が驚いて顔を上げ瞬間——キャビンにしがみつく手を容易く引き剥がされ、背中と両膝裏に腕が回される。
あっという間に身体が浮き上がり、間近にあるフジの顔に心臓が一つ大きく高鳴る。
「ふ、フジさん!? 私重いからっ……!」
「黙ってろ。舌噛むぞ」
一気に顔を真っ赤に染めた倖が暴れようとするが、フジはびくともしない。それどころか倖の体を固定するかのように強く抱き締められた。
フジの体温と、男らしい硬い胸板の感触だけが鮮明に伝わってくる。密着した体越しにドクドクと伝わる鼓動は、倖のものなのか、それともフジのものなのか分からない。
「——落ちるなよ」
耳元で囁かれた掠れ声にゾクりと背筋が跳ねた直後、フジの足が力強く床を蹴り上げた。
「——!?」
途端、ふわりとした浮遊感に包まれる。
その跳躍は、時間にしてほんの一瞬だったことには間違いない。
けれど、何故か、風の音も、生々しい衝突音も、亡者の叫び声も遠のき、世界が急激にスローモーションへと変わっていた。
間近で見上げるフジの真剣な横顔は、倖の中から恐怖を消し去り、この地獄の現状に相応しくないあ感情を溢れさせていた。
(このまま、時間が止まればいいのに)
無意識の中で、倖はそう願っていた。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




