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【フリゲ風】郷守奇譚  作者: 夢編 此方
第参幕

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名を呼ぶ者

物語もいよいよ終盤です。残るはあと二幕。最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

 

「え?」


 呟いた倖の目に、同じような顔で飛んで行ったリョウの残像が残った。


(あれ?)

 

 よく見れば、リョウの手に絡んだ鎖を引く何か。

 その何かが、鎖の先にあるウェアウルフだということは瞬時に察することができた。


 雁字搦めだった鎖は、リョウが力尽きた所為で緩んだのだろう。その隙間から伸ばした手が鎖を引き、リョウを手繰り寄せる。まだそんな力が残っていたのか。


「おリョウ!!」


 完全に油断していた。フジすらも出遅れる。

 

 力尽きて無抵抗に引きずられるリョウと理解が追い付いていない倖。


 ウェアウルフは、手繰り寄せたリョウの頭を噛み砕こうと大きな口を開けていた——。


 バアアアアアン!!


 二人の思考を引き戻したのは、一発の銃声。

 

 鎖が弾け飛ぶ。解放されたリョウの体を、助けに走ったフジの手で抱き留める。


 続けて二発の銃声。

 一発目はウェアウルフの掌を貫通し、もう一発は眉間に命中した。


 倖は銃弾の発射されたであろう方向を見る。

 遠く離れた建物の二階に見える硝煙と人影――田代だ。


「て、鉄じい!? すげー! 超ロングショット!!」

「倖!!」

「は、はいぃ!」


 怒鳴り声に後押しされて走る。

 先程の力が最後だったのだろうか。今度こそ動かなくなったウェアウルフの首に向かって刀を振り下ろす。


 一切の抵抗なく、いとも簡単に。


 すとん、と首は落ちた。


 ウェアウルフの首も体も一気に黒い霧となり、数えきれない球体となる。

 

 それは一つ一つが断末魔の叫びを上げていたが——やがて、静かな余韻と共に消えた。

 

 残された鎖が、重々しい音を立てて地面に落ちる。


「お……終わった?! 勝った!? 今度こそ大丈夫!?」


 倖では本当に終わったのかどうかわからない。

 確認の為に振り返ると、フジが口元に微笑みを浮かべて頷く。

 

「……ああ、大丈夫だ。ちゃんと祓えた」

「だああああ……!! 今度こそ死ぬかと思ったぁ……!!」


 今回はかなりの辛勝であった。

 短時間で、ボスの二連戦をしたようなもの。

 他にも色々あり、とにかく今回は体にも精神にも負担は大きかった。


 それでも、勝利は勝利である。

 安心から崩れ落ちた倖はアスファルトの上で大の字になって寝転がって息を整えた。

 

「誰の所為よ、誰の。余計なもの連れてきて」

「ちょ、蹴んなし!」


 そこをリョウが爪先で突いてきたので、払いながら起き上がった。

 倖自身は打ち身程度で殆ど怪我はないが、前線に出張っていたリョウはかなりボロボロだ。


「そりゃ女王様自身の所為でしょ! 女王様ってば、めっちゃ弱気になって暴走してるし、フジさんが来てくれなかったらどうなってたことやら~」

「確かに、リョウの武器は鎖鎌。鎖や投擲といった長距離攻撃が主体の筈だ。近接攻撃しかできない倖の補助に回るのが理想的だっただろう。本来の戦い方であればそこまで追い込まれなかっただろうな」


 そう言ったのは未だに意識のない朱里亜を背負ってきたフジだ。

 

 すやすやと安らかな寝息を立ててる朱里亜の様子を見て、ムッとする倖。


(……ん? なんでムッとした私?)


 はてなマークが浮かんだが、答えは思いつかない。

 

「というか、あたしはフジさんやセツと違って戦い慣れしてないのよ」

「己の力量をしっかり見極めておくことだな。『彼を知り、己を知るは百戦危うからず』というだろう。……とはいえ、おリョウが前線に出てくれたお陰で、倖は殆ど無傷なんだぞ。ちゃんと感謝しろよ」

「絶対そんな意図はないでしょ。でもありがとう」

「ないわね。でもどういたしまして」


 そこは同意見な二人に、フジが微妙な顔をして呆れる。


「ってか、おリョウさん? が、何度朱里亜狙ってたことか! めっちゃ冷や冷やしたし!」

「狙ってないわよ。体と霊体を切り離そうとしていただけ」

「そいや、なんで切り離せって言ったの?」


 その返事に、戦いの最中の言葉を思い出す。答えたのはフジだ。

 

「万業塊に取り憑かれた人間は、力の貯蔵庫であり、供給源になっているんだ。そこから切り離せば、弱体化が望める」

「その絶好の機会に恵まれたのに、あんたが邪魔したのよ!」

「そ、そこはごめんなさい……。でもじゃあ、最初に説明してよ!」

「それはあたしの役目じゃないわよ! 大体、本来はフジさんがこの子にちゃんと説明しなきゃいけなかったんでしょう! 勝手に一人で解決しようとするから!!」

「だから、それはっ」


 再び噛みつき始めたと思ったら、女二人の矛先はフジに向けられた。

 

「そうだよ! 一人でなんとかしようとしてるみたいだけど、こっちはもうずっぽりと足どころか全身突っ込まされてるんだ! もう諦めて洗いざらい吐いちゃってくださいよ!!」

「そうよ!」

「お、お前ら仲が良いのか悪いのかどっちなんだ?!」


 流石のフジをたじたじだ。


「あ、今思い出したけど、あの時、羽間兄妹を先導したのは女王様じゃん! その派手な後ろ姿は間違いない!」

「あっ……。そ、そりゃあ、腐っても郷守ですもの。人助け位は……ちょっと待って、羽間? もしかして、この子、あの羽間の娘?」


 軽蔑したような視線がフジの背中に向けられた。む、と顔を顰めてその視線から朱里亜を守る様に立つ。


「朱里亜はなんもしてない。名字で一括りにすんの止めてよね」

「名前なんてどうでもいいの。問題は血よ。だからあんなに怨霊と同調し易かったのね……。あたしとしたことが……ちゃんと確認してから招くべきだったわ」

「? どういうこと?」

「羽間の人間は昔から人の恨みを買いすぎているの。親の因果が子に報うっていうでしょ。先祖たちの深い業が、子孫を脅かしている。あの一族にキチガイが多いのはそういうことよ」

「え、でも、朱里亜は? めっちゃまともだよ?」

「外の事は知らないけど、父方の御先祖さんに徳の高い方でもいたのかしらね? だから一応は因果から外れた。それでもこうなっちゃったのは、個人的な怨みが深かったんでしょう」


 どこか憐れみを潜めた瞳で朱里亜を見つめた。


「お前……良子(よしこ)か?」


 不意にの第三者の声。三人がはっとして声のした方向を見ると、田代が立っていた。目じりに皺の多い鷹の目は大きく見開かれ、リョウを見ている。


「あら……気付いたの?」

「よしこ? あれ、女王様、リョウじゃなかった? 」

 

 そんな倖の疑問を尻目に、良子と呼ばれたリョウは少し驚いたような顔をしたが、すぐに蠱惑的に微笑む。

 肯定された田代は明らかに動揺し、困惑していたが、その美しい微笑を見て、やれやれといったようにため息を吐いた。


「当たり前だ。何十年一緒にいたと思っている。成程、さともり、郷守か。さっき倖から聞かれた時は思い出せなかったが、お前を見て思い出したぞ」

「え、鉄じい、おリョウさんと知り合い? ってか、郷守のこと知ってたの?」

「知ってたというか、若い頃に少し聞いたことがある程度だ。知り合いというか、こいつは――」


 ばしっ! と伸びてきた手が田代の口元を覆う。伸ばしたのは、いつの間にか彼の傍らに立つリョウ。


「あんたは喋るな。するのはフジさんの役目だから」


 にっこりと微笑んでいるというのに、妙な威圧を醸し出していた。田代は肩を竦め、了承するように頷いてその手を外す。


「……というわけだから、俺からはなんも言えねえ。まあ、頑張れ、倖」

「なんで?! ちょ、鉄じい、せめてヒントだけでも教えてよ!」

「ヒントなんか教えても仕方ねえだろ。自力で答えを見つけるんだな」


 そう言って縋る倖を尻目に、今度はフジを見る。田代はフジに対しては、上から下へと探るように眺める。


「フジ……あんたは、もしかして……」


 誰何されるその前に、フジは朱里亜を田代に差し出す。

 田代はもっと何か言いたげだったが、フジから睨むような鋭い視線と真一文字に結ばれた口元を見て、諦めたように苦笑いしながら朱里亜を受け取った。

 

 受け渡しが終わると、フジは倖の首根っこを掴んで敷地外へと歩き出す。

 

「おリョウ、あとは頼んだぞ。行くぞ、倖」

「ちょ、フジさん! 猫じゃないんだから首掴むの止めて~……」


 フジに首根っこを掴まれ、引きずる様に遠ざかっていく倖。

 

 そんな二人の後ろ姿を、顔を見合わせて笑ったあと、リョウと田代は、万感の思いを込めて頭を下げた。 

お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)

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