私なら、ぶん殴る
「私は普通の両親と友人とか、まあ常識人に囲まれているわけでさ。あんたの辛い気持ちをわかってやれないわ」
「っ……!」
「例えばさ、あの万能幼馴染……雄翔から『俺は勉強も部活も人間関係も家の事もこなせるんだから、お前もできる』って言われたら無理、できないって思わない? 私は思うね。私だったらこーするあーするって思うけど、それは能力も性格も違う他人のアドバイスっしょ? そんなアドバイスされても困るよねぇ」
所詮、平凡な人生を歩んできた自分の言葉など対岸の火事、高みの見物、痛みを知らない第三者の知ったかぶりの言葉でしかない。
幾ら頭猪突猛進と言われる倖でもそれは知っている。
そう悟ったのは、小学校中学年の頃の話だ。
明日花が、とある男子からイジメを受けていたことがあった。
イジメと言っても、髪の毛を引っ張られるとか悪口を言われるとか、好きな子をイジメたくなる男の子の心理を表現したもの。
しかし、勝気でやり返すことのできる沙夜花とは反対に、大人しく争いごとが嫌いな明日花には男子に対抗する術はなく、毎日のように泣かされていた。
倖はその嫌がらせの現場を目撃しては男子を追い払っていたが、幾ら可愛い妹分のこととはいえ、毎日毎日それでは流石の倖も面倒にすら感じてくる。
だからある時、言ってみた。
『自分の力でなんとかしないと、あいつはいつまでも明日花をイジメ続けるよ? 自分で止めてって、はっきり言わないとだめだよ。それでも止めないなら、私がやるようにやってみなよ。そしたら一発だから』
当時、倖も小学生だ。単純に、すっかりビビられてしまっている自分と同じことをすれば解決だと、単純に考えていた。
明日花は無理だと言っていたが、倖は無理にでもやらせるつもりだった。
次の日、ちょっかい掛けられる明日花をすぐには助けず、付かず離れずの位置で見守る。
明日花が毅然とした態度で対応することを期待して。
しかし、その期待はすぐに崩れ去る。
男の子は、自分の恋路を邪魔する恐ろしい先輩がやってこない安心から調子に乗り、いつも以上に明日花をからかう。
明日花は、いつもはすぐに助けに来てくれるお姉ちゃんが来ない恐怖と不安からパニックに陥る。
その二つが合わさった結果、明日花は過呼吸を起こして、その場で倒れてしまったのだ。
町中の通学路で起きた出来事は救急車を呼ぶ大騒ぎとなった。
以来、倖は『自分にできることが他人にもできることではない』ということを学んだのである。
余談だが、件の男子はトラウマになったのかすっかり大人しくなって、今では二次元の女子しか愛せないと豪語する陰キャの一人に収まっているとかいないとか。
閑話休題。
(思えば、明日花を一層甘やかすようになったのはこの頃からだったような気が……)
苦い思い出を思い返し、倖は深いため息を吐いた。
「私だったら、ぶん殴るしか思いつかない」
「…………………………は?」
突然の暴力宣言に、朱里亜が間抜けな声と共に顔を上げる。
幼い頃から母親や抑圧され、兄から虐げられ、周囲から嫌厭され、孤立した人生。
自分がその立場だったらどうしてるか……考えて途中で止める。どうしても前提が今の自分になってしまい、虐待ババアと糞兄を物理的にメッタメタのギッタギタにする想像しかできなかった。
「あくまで私の意見ね?
私だったら、もう抑え込まれた感情爆発させて、羽間のババアとクズ兄をぶん殴る。例え殴り返されても、相手がノーダメージでも、立ち上がれるならとことん攻撃してやるね。
だってマジで腹立つじゃん! 理不尽すぎる。
子供が両親に似るなんて当たり前のことじゃん!
わかってて子作りしたんなら、ちゃんと責任もって子育てしろっての!
子供できちゃって放置だの虐待だの……だったら最初から避妊して、物足りないなら馬とでもやってろっての!
いや、馬には立派な存在理由や雌の好みがあるのに、そんな汚い人間と交尾させられても迷惑なだけだよな。虐待親が身体的に裁かれる法律できないかなーってニュース聞く度に思うわー」
本当なら当の本人たちに向けて言い放ちたいのだが、生憎この場にはおらず、発散できずにいる怒りは自然と倖の口から放出される。
「羽間兄もクズな母親に育てられたら、そりゃあクズに育つわな。
人によっては、精神異常者の母に育てられた子供が被害者で可哀そうなんだなんて言い張る輩もいるけどさ、過程のことをあーだこーだ言っても、現実でやらかしてたことには変わりなく罪は罪だろっての。
過去は変えられないって言うなら、今起こってることを厳正に対処しろって思うわ。
なんでこの世の中犯罪者に甘いわけ? マジでおかしいよなぁ」
「え? ……え?」
マシンガンのように弾き出される罵詈雑言に朱里亜の涙はすっかり引っ込んでいるようだ。
「ま、こんな感じで私の言う事は全く当てにならないわけでして……参考にならないよねぇ。
あ、そういやここに一人いるじゃん。ちょっと殴ってくるわ」
「は?! ちょ、ちょっと待ってっ!?」
良いことを思いついた顔で事務所に向かおうとしたが、背後から朱里亜に羽交い絞めで止められる。口を尖らせ、少し背の低い朱里亜を振り返った。
「いや、なんで止めんのさ」
「なんではこっちの台詞! なんでいきなり殴りに行くって話になるの?! 意味わからない!」
「いや、理不尽に殴られる痛みを知ってもらおうかと」
「お、落ち着いてってば! 大体、なんであんたがそんなことするの!?」
「だって、腹立つし」
「だ、か、ら、な、ん、で?! あんたには関係ないことじゃん!」
「関係ないことだけど、助けを求められたからには何かしてあげたいじゃん。でも私にできるのはこれくらいなんだ……勘弁して」
「っ……! い、いいから……殴らないで、いいから……!」
急に声が震え、顔を押し付けられた肩に湿り気を感じた。
泣く子には勝てない、と気持ちを落ち着かせた途端、頭が急に冴えたように閃きが降ってくる。
「そうだ! 今思い出したけど、うちの父さん市役所に勤めてんのよ。そっちで対処してもらおう!」
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




