鉄じい
その呼び方は倖が小学生の頃に付けられたあだ名だ。
室内より絶対外、男子に交じり遊び野球やサッカー、花郷町の自然を満喫して海に山。
子供たちを引き連れ歩く倖はさながら一団のボスのようで、大人たちがまさにと付けた渾名である。
中学に入ると周りが思春期に入って異性とつるむことが少なくなり、またある程度移動に自由が利くようになって一人で心霊スポット巡りするようになってからは“恐怖破壊者”の渾名の方が主流になって、自然と“女番長”というあだ名は消えていった。
「最後に会ったのはお前の曾祖父の葬式か。変わらんな」
倖の剣道の師でもある曾祖父は、娘夫婦――倖からすれば祖父母と共に古くから町で暮らしていたこともあり、顔役でもあった彼は町の多くの者が知る存在でもあった。
「いやいや、五年くらい前なんだから色々変わってると思うんですけど」
「いや、変わらんな。馬鹿みてぇに脳天気な面も明け透けのねぇ物言いもガキの頃のまんまだ」」
「ええー。昔よりはマシになりましたよー!」
「ま、多少なりとも敬語を覚えたのは認めてやろう。それよりも、あれはお前の友達か?」
くいっと顎で差された先には、今だ警官の足にしがみついている想宇流だ。
首と両手を勢いよく横に振って全身で否定する。
「まっさかぁ! 学校が同じなだけの赤の他人です」
「お、おい天野倖! なんでそんなこと言うんだよ! 友達だろ俺ら!?」
「は~? 何言ってんのこの万年ボッチ」
「ば、バカヤロウ! ダチだって言わねぇと俺が殺されちまうだろ!?」
「いや、あんた如き殺して殺人犯になるリスクや罪を背負うなんてする訳ないでしょ」
「俺は銃向けられたんだぞ!?」
「鉄じいなりの説教でしょ。っていうかいっつもフルネームで呼ぶの止めてくんない? 個人情報の流出でプライバシーの侵害なんだけど」
「は? え? ぷ、ぷら? てめ、難しい言葉使うんじゃねーよ!」
「え、羽間兄、それマジで言ってる? 頭悪過ぎでしょ……」
「な、なんだと!?」
「とにかく、あんたと友達なんて嘘でも無理」
「んな、な、なっ……!?」
ばっさり切り捨てる。想宇流は顔を真っ赤にしてぷるぷると震え出し、それ以上は何も言えなくなったようだ。
「ははは! しっかり友達を選んでいるようで何よりだ。おい、若造。ちゃんと責任を持ってそいつを見ていろ。じゃないと厄介なことを起こしそうだからな」
「じ、自分が、か?」
「当たり前だろう。警官なら一番面倒で厄介なやつの世話をするんだな。行くぞ、倖」
「はーい」
言い付けられた警官は終始困り顔だったが、倖にも見捨てられ、仕方が無く無理やり立たせてパーティションで囲まれた応接スペースに想宇流を連れ込んで行った。
倖は田代の後ろに付いていき、奥の館長室に向かう。
室内はブラインドが閉められている上、中身を出した本棚や机などで窓にバリケードを張られているためやや薄暗い。
ここを拠点にしてるのかと思いきや、田代は中に入らず、開け放たれている扉の前で止まり、中に声を掛けた。
「おい、大丈夫か」
「は、はい……」
唯一元の場所にあるであろう重厚なソファーの向こうから立ち上がったのは利発そうな小学校高学年の男子。周りにも子供たちがいるようで、恐る恐る出してくる顔が幾つかあった。
「ならいい」
「あ、あの、さっきの怖い人は……?」
「糞餓鬼は警官に頼んだ。気にせず大人しくしてろ」
「は、はい……あ、ありがとう、ございます……!」
少年たちがソファーの陰に消える。
田代は扉を少し開けたぐらいに閉め、唯一の出入口である扉の横にパイプ椅子を置いて陣取る。完全に閉めないのは中で何かあったときに直ぐに対処できるようにだろう。倖も近くからデスクチェアを引っ張ってきて隣に腰掛けた。
「鉄じい、あの子たちは?」
「学童保育ってやつだな、親が帰ってくるまでここで待ってたお陰で外の難を逃れたらしい」
「それはラッキーな……」
もし外にいたら、いずれかの怪異に巻き込まれていたことだろう。あの幼い顔が血に塗れた想像をしてしまい、二の腕に寒気が走る。
田代は見た目こそ雷爺で、口が悪いしぶっきらぼうだが世話好きな人物だ。
でなければ小学校の用務員などしないし、今のように子供を守ったりしないだろう。
「っていうか、鉄じいはなんでここに? 本なんて読むんですか?」
「俺が本を読んじゃ悪いか?」
「えっ、マジで!? 似合わなっ!」
「あ? 本を読むのに容姿って関係あんのか?」「ご、ごもっとも……すみません。え、でもその猟銃は?」
「家から持ってきた。うちはここのすぐ裏だからよ」
「あ、そうなんだ? 知らなかった」
「お前だって、なんだよその刀は」
「これは色々あって……そ、それよりもあの馬鹿は何をしたんですか?」
「あの糞餓鬼、年上の言うことを聞けとかほざいてガキどもを追い出して自分だけ立て籠もろうとしたからよ、引っ張り出してやった」
「ああ、成る程……やりそう」
「非常識な餓鬼だと思ったが、お前が羽間と呼んで納得したぞ。あそこの爺たちも大分イかれておったからな」
倖もあまり詳細は知らないが、羽間兄妹の祖父は偏屈爺、祖母は守銭奴で、周りにあることないこと……大半はないことばかりの因縁を付け、ことあるごとに騒いでいたそうだ。
その度に倖の曾祖父や三代の住職が出張り、騒ぎの原因である夫婦を懲らしめていたらしい。
曽祖父本人は自身の武勇伝を語るのが嫌いだったようで、本人の口からは聞いたことがない。だが、父から曽祖父の武勇伝を聞いてワクワクしていたことを思い出す。
(近所の知らないじーさんばーさんも、『あの天野さんの曾孫』『よく世話になった』と周りが可愛がってくれたなぁ)
そんなことを思い出すと、建物の外から人間のものとは思えない叫び声が轟いた。
倖は刀の柄を、田代は銃を構えて立ち上がる。
——だが、襲撃の気配はない。
倖はホッとしながら肩の力を抜いた。
「まあ、今はそんな話してる場合じゃねぇな。とにもかくにも、お前もあの化け物たちから逃げ回って疲れたろ? 幸いなことにあの化け物たちはここにゃ現れてねぇし、ゆっくり休めるだろうよ」
「あ、ああ、うん。有難う……」
恐らく安全の理由はあの巨大スイカを二個セットした女王様だと思うが、言っても信じて貰えないだろう。
「……ねえ、鉄じい。郷守とか里侵って知ってる?」
「さと……なんだって?」
「や、知らないならいい」
念の為と郷守のことを聞いてみたが、田代も知らないという。古くから住んでる筈の老人も知らないとなると、かなり念入りに秘密にされていたようだ。
(鉄じいは休めって言ってくれたけど、正直ゆっくりしてられないんだよね……)
休んでいる間に、怪異の脅威も明日花の化け物化も進んでしまう。隙を見てここを出ることを考えた。
ふと、ぶるりと全身が小刻みに震える。
これは、あれだ。
「て、鉄じい、ちょっと催しちゃった……」
「……お前よ、女ならもっと言い方あんだろ? 花摘みに行くとかよ」
「? 私、トイレに行きたいだけど、なんで花を取りに行くの?」
「……いや、お前に乙女の恥じらいを期待したわしが馬鹿だった。さっさと行ってこい」
呆れ顔の田代に、しっしっと犬でも追い払うように手を振られる。それに気を害することもなく、倖は行って来まーすと脳天気に席を立った。
一応、パーティションの傍に立っていた警官にもトイレに行く旨を伝え、その際にチラリと想宇流の様子を見れば、簡易ソファーで頭を抱えてブツブツと呟いている。どうせ泣き言だろうと気にも止めず、倖は事務所を出た。
最寄りのトイレは事務所を出てすぐ近くにある。距離も殆ど開いていないため、倖は何の不安もなく、ただ目的を果たすことを考えてトイレの扉を開けた。
瞬間、薄暗い室内で何かが動く。
トイレ内は入って左手壁側に手洗い場が並び、右手側に四つの個室がある。影は手洗い場にいたが、大きく飛び跳ねて最奥の壁に張り付いた。
影の姿は倖と同じ制服姿の少女だが、長い金髪はぼさぼさに乱れ、顔はでろでろに溶けている。見開かれた目の周りは真っ黒で、頬には涙のような線を描いていた。驚くと同時に山姥だ! と刀の鞘に手を掛ける。
「ちょっ、何!? 止めてよ! あたしよあたし!」
「へ?」
周りを真っ赤に汚した口が慌てて声を上げる。
言葉を発するとは思わず動きを止めると、少女は乱れた髪を手櫛で治し、腹部の制服を持ち上げて顔をごしごしと拭う。
制服は汚れていくが、少女の顔からでろでろとしたものが取れて山姥のような容姿が段々と人間になっていく。
その様子を大人しく見ていたが、上げられた顔を見ても倖は首を傾げた。
「え……誰?」
「じゅ、朱里亜よ! 羽間朱里亜!」
「はあ?! 羽間妹!?」
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




