郷守(さともり)と里侵(さとあらし)
ようやくタイトルのオリジナル単語の説明w
同じルートで雄翔の元に戻ると、布のベッドで横たわる雄翔と沙夜花の横に、尼僧が正座で待機していた。
「お待たせしました!」
「有難うございます」
ドン、と床にカゴを置くと、尼僧が雄翔の手当を始める。何故か尼僧が手当をする流れになっているが、その手慣れた動きを見て、倖は尼僧に任せることにした。
「あの、雄翔は大丈夫ですか?」
「頭を少し打ったようですが、大したことはありません。流血も、皮膚が少し切れただけですのでご安心ください。今は疲労も相まって眠っているだけです」
「そ、そうですか、良かった……」
言われて二人を見れば、スヤスヤと穏やかな顔で寝息を立てている。ホッと胸を撫で下ろし、手当する様を見守っていた。
「……わたくしたちは、郷守――この郷を守る御役目を担った存在です」
「さともり……」
不意に、尼僧が語り出した。
ようやく、今回の出来事に関して話が聞けそうだ。倖は尼僧の側に腰を下ろす。
「故郷の“郷”に、守護の“守”で『郷守』。
郷守の歴史はおよそ二百年前に始まりました。郷守の御役目は、花郷町を襲う怪異現象——『里侵』を収めることなのです」
「さとあらし……町を襲う、怪異……」
「“里”に“侵”入と書いて、里侵と読みます」
手当を終えた尼僧が、倖と向かい合う。
「そして、我々には、各々怪異と戦う力を持っております。それは各々、媒介を通して発揮され、媒形の刑状は様々ですが、わたくしの場合はこの数珠がそれに当たります」
尼僧の片手に乗せられた数珠がじゃらりと音を立てる。紐で何連にも繋がったそれはただの固い石にしか見えない。
「えー……っと……。今、この町に怪異が大量に押し寄せてる。フジさんやお姉さんがそれらと戦う特殊能力者……って認識でオーケーですか?」
「正確には、この地に眠っていたものと、余所から来た怪異が合わさった混合部隊と言えましょうか。我々のことに関してはそれで大丈夫です」
(混合部隊)
確かに、町中で出会った都市伝説たちに比べて、大将鬼やカタツムリ女はこの町独特の化け物だと言えるだろう。ふんふんと頷いて納得する。
「ってか、郷守とか、そんな特殊部隊がこの町にいるなんて初めて聞いたんですけど……」
「それはそうでしょう。我々は少数かつ、町の者でも一部の者しか知られておりませんから」
「へ、へえ……。そんな超極秘部隊的な人たちを常駐させるほど、この町ってやばいんですか……?」
「この町は、山と海に囲まれた盆地。外から入ってきた悪霊や、この土地で死んだ人の怨念・穢れが霧のように底に溜まり、外へ逃げていかないようになっているのです」
「あ、それ知ってます。怖い話とかゲームで、似たような設定を見たことがあって、雄翔と『うちの町もそれっぽいよね〜』って言った記憶あります」
「話が早くて助かります。
その行き場の無い穢れを供養するのが、年に一度行われる花祭り。大地の忌を吸った花を海や町の外に流し、怨念や穢れを祓うというのが、この町で行われる花祭りの本来の役割なのです」
「え……あの祭りって、そんな意味があったの……」
確かに、祭りの目玉イベントとして、花で飾った提灯や花束を、夜になったら海に流すという行事がある。水溶性の提灯の灯りで夜の闇が彩られ、幻想的な風景としてテレビやSNSで何度も取り上げられていた。
「祭りとは、本来神や怨霊を慰め、鎮めるための儀式。この町の穢れも、花祭りのお陰で浄化できていたのです。……ですが、今回は不測の事態が起きてしまったようで……」
「不測の事態……?」
尼僧の視線が鋭く光った。その力強い視線に、倖はビクッと身体を竦ませる。
「……とある出来事が、重なってしまったゆえの不幸にございます。……天野様、思い当たる節があるのではありませんか?」
「思い当たる節……」
まるで悪いことをした子供を叱りつけるような口調。思わず正座になって考える。
(こんな異常事態が起こるような、悪いことを私が? そんなことするわけが……)
最初こそ否定から入ったが、目の前の尼僧の姿から寺を連想し、ハッと息を呑んだ。
『家の裏の山あるだろ? あそこで鬼を退治して、その記念的なものでお師匠様とやらの仏像が設置されているらしい』
雄翔の言葉を思い出し、自身が行ったことを思い出す。
ほんの数時間前だというのにもう随分昔のことのように思えたが、その時の出来事がはっきりと脳裏で映像化された。
立ち入り禁止の山に登る自分。
隠されていた祠。
触れたわけでもないのに落ちた注連縄。
中に鎮座していた三代寺初代住職の木像。
おざなりに閉めた扉と、放置した注連縄。
全身に冷水を掛けられたかのような嫌な予感に襲われる。
「……もしかして、三代山の……?」
「その通りです。それが、今回の出来事の原因の一端です」
恐る恐るの問いかけは、硬い断言で返された。
「そんな……」
さあああっと音を血の気が引き、倖は言葉を失った。
(この人の言葉が本当なら、沢山の人が殺されているのは自分の所為ということになるじゃん……!)
ここに来るまで見た幾つもの死や、悍ましい怪異たちの姿が頭をよぎる。
心身が押し潰されそうな罪悪感に、呼吸がままならない。はかはかと息苦しそうに短い呼吸をしていると、頭に血が巡らず、貧血でも起こしたかのように目の前がチカチカと明暗する。
上半身を支えられず、堪らず床に両腕を突いた。
「私の所為で、沢山の人が……? 本当に……?」
震える声と共に、目からは涙が溢れ出す。
そんな倖を見た尼僧は、何も言わないまま憐憫の眼差しを向ける。一度瞼を閉じると、同情の意思を捨てた凛とした表情をしながら口を開く。
「……あなただけの原因ではございません。ですが、この一連の出来事は、原因の一端である天野様の手で終わらせねばねらぬのです」
倖の言葉を否定も肯定もせず、ただ倖が成すべきことだけを告げられて、倖は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。
「で、でも、私は一般人で、ただの女子高生で……さっきみたいな化け物と戦わなきゃならないなんて、無理ですよ……。お姉さんたちは、専門家なんでしょう? そっちでやってくれた方が早いんじゃ……」
「天野様がやらねばならぬのです」
罪悪感と戦うことへの恐怖から拒む倖だが、その大声を尼僧の落ち着いた声が鋭く切り裂く。
「こうしている間にも怪異は力を増し、数多の犠牲者が出ております。このままでは、雄翔も沙夜花も危険です。明日花も、このまま怪異に取り込まれてしまったら……」
「っ!! あ、明日花は、あの子は一体どうなってるんですか!?」
「……あの子には少々特殊な怪異に憑かれてしまっています。一刻も早く、原因となる怪異を倒さねば、二度と人には戻れません」
明日花。
あの簡単に手折られそうな可憐な花のような少女の身に起きている悍ましい出来事を考えると、身の保身など考えている暇はない。
目元を乱暴に拭い、罪悪感で湧き上がる吐き気を呑み込み勢いよく立ち上がる。それでもガクガクと震える足を思い切り平手打ち。両太ももに痛々しい赤いモミジが出来たが、お陰で震えがゆっくりと収まる。
「……わかりました。明日花や、町の人達の為に……私は責任を取って、元凶を倒しに行ってきます、」
できるかできないかはわからない。正直自信はないが、今はやれそうことだけをやるしかない。
剣帯に入れたままの刀を強く握り締め、尼僧を見る。
怯えの色は残っているが、逃げるという意思は消えていた。
それを見た尼僧は満足げに頷く。
「その刀は、普通の人には扱えない怪異を斬るための特別な武器。フジ様があなたに託したということは、あなたにしかこの事態を解決できないからに他なりません。
ですが、あなたなら、必ずこの現象の原因を祓うことができましょう」
倖の姿を真っすぐと見つめる瞳は、嘘や謀りなど感じさせることがない。それと同時に、細められた優しい瞳には、倖に勇気を与えてくれていた。優しさに泣きそうになるのを堪えて言葉を発する。
「あ、有難うございます。……それで、私はどうしたらいいですか?」
「まずはフジ様と合流してくださいませ。
この怪異の元凶は、三代山に陣取っております。そやつを祓わない限り、この惨劇は終わりません。
フジ様はお一人で祓うおつもりのようですが一人では、元凶を倒すのは至難の業……。三代山に向かっているフジ様と合流し、お二人で三代山の元凶をお祓いくださいませ」
「わかりました」
「この子たちが眠っていてよかった。起きていたら、貴女の後を付いて行ってしまうから」
「……お姉さんは、沙夜花を知っているんですか?」
「はい。勿論、雄翔や明日花のことも」
白く小さな手が沙夜花の髪を優しく撫でる。沙夜花の寝顔にふんわりと赤みがかかった。もっと撫でてほしいと言わんばかりに顔を傾けている。
それを見た倖は驚いた。
沙夜花は他人に触られるのを嫌う。
触れられるのは倖や明日花ら家族など、本当に親しいごく一部に限る。
授業中眠りこけているところ先生に揺り起こされて、寝起きに機嫌悪く振り払うというのだから相当なものだ。それを知っているから、尼僧に甘える沙夜花の姿は全くの意外であった。
慈愛に満ちた瞳で雄翔と小夜花を見つめる尼僧。
なんとなく、この人なら沙夜花を預けても大丈夫だと思った。
「あの、お姉さんの名前は?」
「セツ、と申します」
「セツさん。二人をお願い出来ますか?」
「はい。元より、わたくしのもう一つの御役目は、この子たちを護ることですので」
「もう一つ……? まあ、雄翔と沙夜花を守っていてくれるというのなら有り難いです。じゃあ、お願いします」
セツと名乗った女性に頭を下げ、出入り口へと足を向ける。
「そういえば……セツさんたちの界隈では私は有名人なんですか?」
数歩歩いた所で、ふと、フジにもセツにも名字で呼ばれたことを思い出して、振り返って尋ねる。
「ええ、それはもう」
「……ソウデスカ……」
にっこり——優しげな微笑み。悪意ではないが、嫌味の類が裏に見え、ちょっと嫌な気分になる。
(なんだろう、この掴みどころないこの感じ……)
セツの言動に対して違和感を感じつつも、時間が惜しい。これ以上の問答は置いておいて、倖は三代山へと向かって足を進めた。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




