双子
ちな、カタツムリ女の名前は禍多紡錘って表記する予定でした。
「……勝っ、た……」
さっきまで響き続けていたけたたましさが嘘のように消え、静まり返ったモール内。
勝利に浸らない、ただ疲れ切った倖の声だけが響いた。
「さ、倖……大丈夫か……?」
ようやく雄翔が身体を起こす。どうやら転倒した際、頭をぶつけたようだ。雄翔の輪郭を辿るように一筋の血が流れ、痛そうに顔を歪めている。
「ちょ、雄翔! 血が出てる!」
慌てて手近にあった服だったものを宛てがい、止血を試みる倖。なすがままの雄翔は視線が虚ろだ。
「大丈夫だ……」
「大丈夫には見えないから! ここで待ってて! ドラストから薬拝借してくるから! すぐ戻る!」
「……ああ……すまん……」
言うやいなや、倖は一旦外に出て、総合スーパー側の出入り口から入店を試みる。
「くっそ、開かないし! よっ……こらっしょ!」
残念ながら、ここの自動ドアは壊れて前に立っても開かない。ならばと隙間に指を突っ込み、掛け声と共にこじ開けた。
そこは、カゴやカート置き場以外にトイレも設置された風除室だった。
中に入り、店内に向かって走り出そうとした時だ。
「倖姉!!!!」
耳慣れた声に足を止める。
声のした方向を見ると、奥の女子トイレから駆けてくる影——それは倖の胸に、勢いよく飛び込んできた。
赤いリボンに、ツインテールの髪——見慣れたその姿の持ち主は、ぼろぼろと涙を流した沙夜花だった。
「沙夜花! 無事だったか!」
「うわーん! 倖ねぇ~! 本物だぁ!」
「本物だよ! 良かった、良かった……!」
ぐずぐずと泣く沙夜花の背に手を回して、ぎゅうぎゅうと力強く抱き締め、髪に頬ずりする。
「無事でよかったよ、沙夜花、あす……」
ぽんぽんと撫でたり擦ったりを繰り返して慰めながら、側にいるであろう双子の姉に目をやる……いない。
いつもいつも沙夜花の後に続いていたので今もそうかと思っていた。しかし、室内の何処に目をやってもどこにもいない。
泣いている沙夜花の肩を掴んで向かい合わせる。
「沙夜花、明日花はどうした? 何処に行ったんだ?」
「あ、明日花は……」
涙で潤んだ沙夜花の目が泳ぐ。その言動で、明日花の身に起きた凡その出来事が察せられる。
「何処でばらばらになったんだ?」
「も、モールに入ってすぐ……の、とこ、なん……だけど」
「襲われたのか?」
「う……う、ん……」
「わかった」
頷いて立ち上がる。慌てて沙夜花がその手を握ってきた。
「ま、待ってよ倖姉! 何処に行くの!?」
「決まってるだろ。明日花を助けにいく。今頃何処かで泣いているかもしれない」
「待って! だって、明日花は」
「沙夜花!!」
襲われたから、死んでしまったかもしれない——沙夜花がそう言おうとしたのを大声で遮る。
沙夜花の身体が大きく跳ねた。
「……そういう可能性だとしても、私はこの目で見るまでは認めない。見つかるまで、明日花を探す」
「さ、倖姉ぇ……」
彼女に対して声を荒げたのは久しぶりだった。怒った様子の倖に怯え、先程とは違う涙を浮かべる沙夜花。少し驚かせすぎたかな、と表情を和らげる。
「明日花は必ず私が連れて来るから。沙夜花は専門店エリアに行っててくれる? そこに雄……」
「! いや! あたしも行く! 一人にしないで!!」
雄翔がいる、と言い切る前に沙夜花の顔色が青く変わり、腕にしがみ付いた。
小刻みに震えているのが分かり、どれほど恐ろしい目に遭いながらここに辿り着いたのだろうかと思うと、短距離とはいえ一人で移動させるのは忍びない。
「……分かった。絶対私から離れないように。いい?」
「……うん」
不安げな沙夜花の頭をぐしゃぐしゃと力強く撫でる。
髪が乱れたが、いつもの倖の様子に安心したのか、沙夜花の顔に漸く笑顔が戻った。
その笑顔とそっくりな、弱弱しい笑顔が待っているかと思うと気合が入る。
「取り敢えず、まずはドラストで消毒液とか包帯とか使えそうなの取りに行こう」
沙夜花の手を握って、今度こそ店内に入る。
入ったそこは、専門店エリアに近い場所。
カタツムリ女との決戦の舞台となったサービスカウンター付近が嫌でも目に入る。
「……え」
倖はそこに、人が倒れているのに気付く。
背中を向けてはいるが、倖と同じ制服を着た長い髪を見た瞬間、それが探していた幼馴染の少女だと瞬時に悟った。
「明日花!」
走る。
沙夜花の手が離れたことも気付かず、倖は明日花の元に駆け寄り、か細い身体を抱き起こした。
「明日花! 明日花!!」
手を翳し、呼吸を確かめる。微かだが掌に温かな感触。
生きている。
一先ずほっと息を吐き、身体を揺すり、頬をぺちぺちと叩くも、なかなか目を覚まさない。
「……取り敢えず、生きてるだけでもよかった……」
気絶している明日花を背負い、雄翔の元に戻ろうと背後の沙夜花を仰ぐ。
いない。
え? と来た道を視界で辿れば、数メートル離れた所で沙夜花が棒立ちしていた。
沙夜花はガチガチと歯を鳴らし、自分の口を両手で必死に押さえている。目が見開かれ、信じられないものでも見ているような青ざめた表情だ。
双子の姉が無事だったというのに、何故そんな表情をしているのだろう?
「……沙夜花? どうし」
「……ん……」
不意に腕の中で小さな身動ぎ。閉ざされた瞼がゆっくりと開いていく。
「明日花!」
「……さ、ち、おね……ちゃ……? ……倖お姉、ちゃん……! 倖お姉ちゃん!!」
がばっ! 明日花の顔が倖のふくよかな胸部に埋まる。
「明日花、大丈夫、大丈夫。ごめんな、すぐに駆けつけてあげらんなくて。怖かったよね」
「倖お姉ちゃんなら、必ず来てくれるって……信じてた……!」
「明日花……」
泣きながらも心底嬉しそうな言葉に胸が熱くなる。
(二人の無事は確保できたし、次は雄翔の回復を待って寺に急ごう)
明日花の艶やかな髪を何度も撫ぜながら考えていると、
「倖姉ぇ! 明日花から離れて!!」
背後から沙夜花の悲鳴のような声。
振り返ると、沙夜花は怯えた様子でこちらを見ていた。
「沙夜花?」
「…………」
「あ、あたし見たもん! 明日花が真っ黒な影に捕まったの! 影に食べられちゃったの見たもん! そこにいる明日花は偽者だよ! だから早く明日花から離れて!!」
「……は?」
沙夜花は何を言っているんだ? 明日花が捕まった? 食べられた?
(じゃあここにいる明日花はなんだと言うんだ?)
化け物? 幽霊?
それにしても、この肌の柔らかな温かさは間違いなく人間のそれだし、怯え泣く姿はいつもの明日花だ。
偽者だと騒がれた姉自身は怒った様子も無く、落ち着いた様子で妹を見ていた。
「……ひどいよ、沙夜花ちゃん……さっきだって、私を突き飛ばして逃げたくせに……」
「……え?」
今度は明日花から爆弾発言。
(……何が、どうなってるんだ)
倖は展開についていけない。というか、双子の言葉が理解を拒んでいた。
「ちがっ! 違うもん! サヤ、突き飛ばしてないもん!」
「私たち、外でお化けに襲われてここに逃げ込んだの。でも、入ってすぐ、真っ黒なお化けが現われて……その時沙夜花が、私を……」
「違う! サヤは何もしてない! 信じて倖姉!」
「いいよ、認めなくても……でも、逃げたよね。私、助けてって言ったのに、逃げたよね」
「そ、それ、は……」
「そんなに私が倖お姉ちゃんと仲良くしてるの嫌なの? そんなに私が嫌いなの、沙夜花ちゃん?」
倖の胸に顔を埋めたまま、明日花が囁く。
その声には、さっきまでの怯えも涙も、一切混じっていなかった。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




