モール
フリゲでは探索していると、買い物カートやマネキンが襲ってくる、おもちゃ屋にパンドラの箱(即死エンド)、食材や人を襲う餓鬼と遭遇する……とかのイベントを入れる予定でした。
FLOWER GARDEN MOLLEは、食料品や日用品を扱う総合スーパーと専門店を備えた大型ショッピングモールだ。正面入り口となっている南側には海浜公園、その向こうには広大な海が広がっている。
モールは上空から見れば、綺麗な凹型の建物だ。向かって左側の短い縦部分が総合スーパー部分。それ以外の右へと伸びる回廊部分は専門店エリアとなっていた。
明日花と沙夜花が入っていたのは、専門店エリアの一番右にある入り口。倖も同じ入り口からモール内に入った。
「うっ!!?」
途端、鼻を突く異臭に慌てて鼻と口を手で覆う。
(くっさ!! なにこれ!?)
風除室の向こう、明け放たれたままの自動ドアから見えるモール内はぐちゃぐちゃだった。
棚が倒れ、床に商品が散乱しているだけではない。まるで燃やされたかのように床や壁まで黒ずみ、中途半端に溶解している。
倖が感じ取った悪臭は、その一面の生焼けの臭いだ。
「な、なんだこれは……燃やされたのか……?」
追いついた雄翔も、その酷い臭いの所為で倖の無鉄砲さを怒ることを忘れた。
「わかんない……でも、明日花と沙夜花が入っていったのは確かだし……」
「本当か? 俺には見えなかったが……」
「すぐに中に入っちゃったからね。あれは間違いなく二人だった」
そう断言し、倖は覚悟を決めたようにモール内に足を踏み入れた。戸惑いを見せつつも、雄翔も後に続く。
中はどこも同じだ。グズグズに溶け、異臭を放っている。幸い、電気は生きているようで破壊されたもの以外のライトは点灯していた。
「おーい、明日花〜沙夜花〜……」
どんな怪異が待ち構えているのかわからない為、大声を上げるのは憚られた。その為逐一、小声で名前を呼びながら人が隠れられそうな場所を覗き込んで探す。
中には人の形をしているものもあったような気がするが——マネキンなのか、本物の人なのか区別がつかない。だから倖も雄翔も、深くは考えず、見なかったことにしながら先を進んだ。
中程まで進んだ時だった。
「いないなぁ〜……。……ひっ!」
「どうした!? ……っ!」
倖の短い悲鳴。少し離れて捜索していた雄翔が駆け寄ってくるが、倖と同じものを見て固まった。
狭い店内の床から壁、天井に至るまで。
ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい……
と、まるで熱した棒の先で抉るように、同じ言葉が満遍なく殴り書きされていた。
それだけではない。
一番奥の、高そうな額縁に入った大きな絵画の上には、ただ一言、大きく。
『もらった』
なにで書いたのか——赤い液体が垂れて、固まっていた。その文字の様相に怖気が走り、二人はゴクリと息を呑む。
「き……気持ち悪っ!」
「なにやら、執念的なものを感じるな……」
破壊されたガラス棚やショーケースが置かれ、床に破片が散らばっている。破れたポスターには宝石の広告。
記憶も相まって、倖はそこが高級ジュエリーショップだったことを思い出した。
「宝石ドロかな? 火事場泥棒ってやつ」
「それにしては、だいぶ狂気的な……」
「欲しいのはわかるけど、こんな生きるか死ぬかの状態で盗んでもね」
「本当にな……。ここには隠れる場所はなさそうだ。次に行こう」
異様な光景から逃げるように隣の店に入る。
そこはミドル世代が好む、少しお高めの服屋だ。
隣と違ってここは他店同様物が散乱し、溶けているだけ。積み重なっている服を摘んで退かして人がいないか確認し、扉の壊れたバックヤードの中も覗いた。
狭い空間には事務用の机と在庫の段ボールしかない。その段ボールが、部屋の片隅に積み重ねられており、その奥はちょうど人が隠れられそうな空間が見えた。
「明日花、沙夜花、いる?」
「ひっ!」
「! 明日花!? 沙夜花!?」
返ってきたのは一つの悲鳴。
人らしき反応が返ってきたことで、倖はすぐに駆け寄って段ボールを退かした。
だが、そこにいたのは明日花でも沙夜花でもない。モールの制服を着た、三十代くらいの茶髪の女が、頭を抱えて蹲っていた。
「……誰?」
「大丈夫ですか?!」
双子でなかったことに肩を落とす倖に代わり、雄翔が女に声を掛けた。
しかし、女は雄翔の声に反応しない。焦点の定まらない目で床を見つめたまま、歯をカチカチと小刻みに鳴らし続けている。
雄翔が恐る恐る肩に触れて揺すって見ても同じで、石像のように動かなかった。
「……駄目だ。完全にパニック状態に陥ってる」
「……どうする?」
「……置いていくのは忍びないが、連れて行っても……」
「足手まといだねぇ」
「倖……」
敢えて言わなかったことをあっさり言ってのけられ、複雑な表情で倖を見る。彼女は面倒臭そうに唇を尖らせ、早くこの場を立ち去りたい様子だ。
倖の懐に入れた者と、それ以外との熱量の差には、たまにこうして困惑させられる。
(倖に聞いてもこの人を置く選択しかしないだろうな……どうする……)
正直置いていきたい気持ちは雄翔もある。
が、良心が疼いて決められずにいた。
——モール内のアナウンスチャイムが、スピーカーから流れてきたのはそんな時だった。
突如として軽快に流れた音楽に、倖も雄翔も飛び上がって驚く。
「び、びびびびびっくりした! なに!?」
「こんな時にアナウンス……?」
『お呼び出しを、申し上げます』
それは、この場に不釣り合いな、穏やかで流暢な女の声だった。
『従業員の敷島さん、従業員の敷島さん。
サービスカウンターで私がお待ちです』
「『私』?」
「ひいぃいっ!!」
妙な呼び出しアナウンスに小首を傾げた倖だったが、その疑問は茶髪の女の発狂したような悲鳴で掻き消される。
『繰り返します。
従業員の敷島さん、従業員の敷島さん。
サービスカウンターで私がお待ちです。
サービスカウンターで私がお待ちです。
サービスカウンターで私がお待ちです。
私が、私が、私が、私が、私……』
「いや! なんで!? 違う! 知らない! あたしじゃない! なんで!!」
「ちょ、ちょっとあんた、落ち着け……」
「いやぁっ!!」
女は頭を振り乱し、掻き乱しながらわけのわからない叫び声を上げ続ける。落ち着かせようと手を差し伸べた雄翔の手を払いのけた。
その間に、放送内容はまるで壊れたテープレコーダーを流しているかのように同じ言葉のリピートされ、合間にはザーという砂嵐の音やハウリングが響き、徐々に不快感が増していく。
「っ……なにこれ……っ!」
堪らず倖は耳を塞いだ。
その行為は正解だった。
『わたし、わたし、わたし、わた、わた、わたたたたわたしが、おおおおおおおまちです、しししししきしまままままま、わたししししががががおまちでよぉおおお、しきしきしきしま、しきしましましまぁあははははははははははははははははは』
「いやぁあ!! なんで!? どうしてよ!? あんた死んだじゃない! もう関わって来ないでよぉおおおおおおおっ!」
狂ったような女の哄笑がマイクを通して響き渡る。
けれども、女の必死の叫びが通じたのか、突然ブツッとマイクの音が途切れた。
ホッと安堵した——のも束の間。
『しぃきぃしぃまぁ。わぁたぁしぃがぁよぉおぉんんでぇるぅのぉよぉ。はぁやぁくぅきぃなぁさぁいぃ』
「いやぁあああああああああああああああああああ!!!!」
耐えられなくなったのか、女は雄翔を突き飛ばして逃げ出した。不意を突かれた雄翔は倖を巻き込んでその場に尻餅を突く。
「いっだおっも!」
「す、すまん、倖! 追い掛けるぞ!」
「ええっ!? ちょ、待ってよ雄翔!」
慌てて立ち上がり、倖に手を貸すと、雄翔はすぐに女の後を追い掛けた。
「もう! 正義感だが義務感だか知らないけど、知らない人に構ってる暇ないでしょうが!!」
怒鳴りつつ、一拍遅れて倖も続く。
表に出ると、右に曲がる後ろ姿が見えたので追い掛けた。
(振り出しに戻ってるじゃん!)
来た道を戻ることに腹立たしく思いながら、雄翔とその先にいる女の後ろ姿を睨む。
もう少しで倖たちが入ってきた出入り口に差し掛かるといった時だった。
爆発にも似た破壊音が響き渡る。
轟音と共に、逃げる女の真上から振り注がれるのは瓦礫と——何かわからない、大きな黒い塊。
女は悲鳴を上げる間もなく、瓦礫とその何かに踏み潰された。
雄翔も倖も、女とは距離があった上に突然の轟音で足を止めたので無事だ。
とはいえ舞う粉塵に視界が遮られ、軽く咳き込む。
「くっ……! なっ、なにが……!?」
「なんだあれ?!」
いち早く回復した倖の驚愕の声が響いた。
アンモナイトの化石を思わせる、とぐろを巻いた大きな丸。
ナメクジを思わせる二つの触覚。
ドロドロとした黒い粘液が溢れ出ており、垂れた床が音を立てて溶けていく。
収まっていく粉塵の中——泰然と立っていたのは、巨大な漆黒のカタツムリだった。
「ひぃっ!? な、なにあれ?! カタツムリの化物!!」
だが、ただのカタツムリじゃない。
大きさは雄翔の倍以上……四、五メートルはあろうか巨大な身体。
殻部分には様々な宝石や貴金属が飾られているが、粘膜に触れている為か醜く溶けている。
中でも一番気色悪いのは本体部分。
殻から出てきているのは人間の女の上半身だった。
粘膜に包まれた真っ黒な肌の中で、唯一の別の色である白目を剥いた顔。
それは、ぞっとするほど無感情に、倖たちにゆっくりと視線を向ける。
――そして、その小さな唇が耳まで裂けたかと思うと、獲物を見つけた悦びを浮かべた。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




