ロア
花子さんは『だるまさんが転んだ』形式のミニゲームをして、見つかったらガメオベラ…って感じにする予定でした。
牧から渡されたライトは、レトロながらに予想以上に明るく、二人の行く先を照らした。
防空壕という場所に冒険心を擽られつつ、明日花たちの為に全速力で走り抜けたい倖。
だが視界不明瞭の危険性を解かれた上、ライト所持者である雄翔に従って、彼に手を引かれて付いて歩く。
中は牧の言う通り一本道。雄翔は些か歩きづらそうだっが、思ったよりも広く、また踏み付ける地面は硬かった。
警戒して、無言で歩き続けること十数分。
「あ、そろそろ出口じゃない?」
道の先が明るくなってきたところで、倖が嬉しそうに声を上げた。
「そうだな……なあ、倖。さっきの牧さんのことだが……」
「牧さん? うん、何?」
雄翔は前を向いたまま口を開く。
「お前、夜に学校に忍び込んだ時に会ったって言ってたよな? 会ったのは校内だったのか?」
「え? 勿論。だって牧さんってうちの学校の用務員だし、あの夜も最後の見回りをしてたって話してたし」
「そうか……」
あっけらかんと話す倖。自分が話していることの違和感に全く気づいていないようだ。
「……敷地外なら違う可能性があったが……やはりあの人はそうなのか……」
「何よ何よ? もしかして雄翔の知り合いだったり?」
「……あのな、倖。落ち着いて聞けよ?
……うちの学校は、八年くらい前から用務員を雇っていない」
「え」
「そもそも、用務員だからって深夜に学校の見回りなしない。そういうのは宿直の役割だ。だが、宿直制度も四十年以上前に廃止されている」
「は?」
間抜けな顔と声で固まる倖。雄翔の言葉がちゃんと頭に入ってこなかった。
倖が呆然としている間に、二人は防空壕に突き当たる。一見、ただの壁のようにも見えるが、所々から光が入り込んでくる。ライトに照らされたそこは、土と根に覆われていた。
「じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ、牧さんって……」
「……七不思議の一つに、【学校を守る用務員】ってのがあったな」
花郷高校七不思議の一つ、【学校を守る用務員】——創業者である初代校長の霊が出る、という話だ。妻と学校経営するのが夢だったが、妻は早くに夭折。亡き妻の思いを込めた学校を、定年後も用務員として、最期まで我が子のように大事にしていたという。
その強過ぎる思いが、初代校長を地縛霊に仕立て上げた。
学校を汚す者、ルールを守らない無作法者を見つかったら追い掛けて殺すらしい。
「え、で、でも一年前に会った時も今回も、牧さん全然幽霊っぽくなくない? めちゃくちゃ人間だったよ? しかも不法侵入したときも殺されてないし、さっきだってめちゃくちゃ優しかったじゃん」
「……お前、思い出すことに脳のリソース使い過ぎて全然気付いてなかったからな……」
雄翔が体験した恐怖など、倖は微塵も気付いてない様子だ。雄翔は思わず遠い目をしてしまう。
「多分、殺される云々は追い掛けられた奴が適当に広めたんじゃないか? お前は素直に謝って外に出たから許されたんだと思うぞ」
「……成程。じゃあまた学校に侵入すれば会えるのかな?」
「お前なぁ……」
いつもの好奇心かと呆れて倖を見る雄翔。そのジト目に気付いた倖は慌てて声を上げた。
「違う違う! 牧さんにお礼するって言ったからさ! さすがにもう不法侵入はしないから!」
「流石のお前もそこまでバカじゃなかったか。安心した」
肩を竦めて小馬鹿にしたように笑う雄翔が壁を押す。なんなく動き出した壁はまるで自然のカーテンのように捲れた。
「来年は受験なんだからな。バカのことして、進路を棒に振るなよ」
「自分ン家の立ち入り禁止区域に入らせたくせに……ん?」
自身が吐き捨てた恨みがましい台詞——なにか、忘れていたものを思い出しそうになった。
だが、突如目に差し込んできた光の強さですぐに忘れてしまったのだった。
土と根のカーテンを潜り抜けると、そこは見覚えのない林の中だった。出てきたところは少々迫り上がった小さな坂。だが、人の手が入っていない奥側のようで、周辺は草木で覆われている。
「……どこだ、ここぉ?」
「はなのさと海浜公園だ」
「海浜公園?」
雄翔の言う通り、海沿いのモールの近くには遊具が置かれた、花と緑に囲まれた自然豊かな『はなのさと海浜公園』という名称の公園がある。観光客だけでなく、町民も集まる憩いの場所だ。
「なんでわかんの?」
「先輩の先輩の話をしたろ。それに、ほら」
そう言って雄翔が身体をずらす。
開けた倖の視界に、花郷町唯一の大型モール——『FLOWER GARDEN MOLLE』の文字が掲げられた、大きな建物が飛び込んできた。
「ほんとにモールの近道だったんだ……今後この道使おう」
「言ってる場合か。
それよりも、これからどうする? 明日花と沙夜花を探すにしても、どこを探せばいい? 真っ直ぐ家に帰れたとは思えんぞ」
「……それは確かに。とりま、一旦学校の正門からスタートして、三代寺まで向かってみない? 二人だって寺の娘なんだし、雄翔みたいにお経の力でなんとか辿り着けてるかもしれない」
「……そうだな。なんらかの足取りが掴めるかもしれ……倖、下がるぞ」
「え」
言うやいなや、雄翔は片手で倖の口を抑え、もう片方の手で身体を抱えるようにして防空壕の中に戻った。
がっしりと拘束され、何もできない倖。雄翔は僅かな隙間から外を覗いている彼の緊張感が直に伝わり、大人しくしている。
すると、何か重いものが地面に引きずられるような音、草木がパキパキと折れる音が徐々に近付いてきたかと思うと、また徐々に遠ざかっていく。
暫くして静かになると、雄翔は安堵の息を付いて、再び外に出た。
「……ぷはぁいっ! ……急にどうしたの?」
「……急に数珠が熱くなって、嫌な予感がして隠れた。そうしたら……」
「したら?」
「……シシノケがいた」
「……んなっ!?」
【シシノケ】……ネットの怖い話で有名な怪談に出てくる未知の生命体だ。寝袋くらいの大きさに、顔には円形の口とナメクジのように伸びた三個の目、ヤマアラシのような鋭い長い針が芋虫状の身体を覆っているという、奇怪な見た目をしているという。
勿論、倖もその話は知っている。途端に目が輝いた。
「まじか! なんで見せてくれなかったのさ!? 見たかったのに!」
「……よくもまぁこの状況下でまだ好奇心旺盛なこと言えるな。シシノケは山の中に出てくるような怪異。なのに、林の中とはいえ、町中を闊歩している。これがどういうことなのかわかるか?」
「え? ……どういうこと?」
「ああいう都市伝説級の化け物が町に放たれてる可能性もあるってことなんだぞ」
その通りだった。
複数の遊具が置かれた広場。その中心部に置かれた滑り台の一番上に、白いブラウスに、赤いサスペンダー付きスカートを着たおかっぱ頭の少女が腰掛けていた。その周辺の遊具には、縄跳びの縄で縛られた人々がぶら下がっている——生きているのか、死んでいるのかわからない。そんな地獄絵図の中、少女はクスクスと楽しそうに笑っていた。
「花子さん……なのかな……」
「……見た目はそうだな……」
「かなり凶悪そうなアレだね……」
「……ああ……」
小声で会話をしつつ、少女に気付かれないよう、慎重に移動し、公園の外に出る。
すると目の前の大通りを、赤いマントを羽織った怪しい男が物凄い速さで駆け抜けていく。
どうやら男は少女を追いかけまわしており、追い付かれた少女はそのマントの中に消えていった。
「……赤マント、か……?」
「あれってトイレに出るんじゃなかったっけ?」
「元ネタとされているのは、青い毛布を羽織った男で、女の子を追いかけ回していたそうだ」
「……ロリコン? だからうちらスルーされた感じ……?」
とにもかくにも、無事に公園を出た二人。
道路を挟んだ反対側にはモールの駐車場が広がっており、その向こうに建物があった。
倖が何気なく、一番手近な入り口を見た時だった。
動く何かに気付く。
「ん?」
思わず目を凝らしてみると、それは人だった。
倖が着ているのと同じ制服に身を包んだ人影は二つ、追われるようにモールの出入り口に向かって走っている。
後ろ姿なので、顔はわからない。
ただ、見覚えのあるものが倖の視界に入り込む。
赤いリボンのツインテールと、セミロングの長い髪——倖の頭に、双子の笑顔が浮かんだ。
「明日花! 沙夜花!」
「倖!? 待て!」
突然のことに驚きながら引き止める雄翔を置いて、倖はモールに向かって走り出した。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




