まだ、終わらない
第二幕からは更新が遅くなります。
「これで当面の安全は確保できた。雄翔も間を置かずして目を覚ますだろう」
フジは一人であたふたしている倖を見て苦笑した後、すっと立ち上がると言った。
フジの発言に耳を疑う。
今しがた、学校を恐怖の渦に巻き込んだ骸骨武者たちは成仏させたではないか。そんな思いを込めてフジを見上げる。
「当面の間って……もう大丈夫なんでしょ? なら待機するよりも、警察とか救急車とか呼んだりしなきゃ……」
「……残念だが、怪異が襲っているのはこの学校だけではない。町全体に怪異が生じているんだ」
「……は?」
まだ、終わっていない。
その言葉にショックで固まる。
校内でも地獄絵図だったというのに、町はどうなっているのだろうか。
両親は町を出ているとはいえ、近所の人や友人たちはどうなったのだろうか——考えるのも恐ろしい。
全て終わったと思って安心していた気分が一気に降下した。背筋がぞっとして無意識に二の腕を摩る。
フジは床に転がった刀と鞘を手に取り、納刀したものを倖に差し出した。
「これはお前の護り刀だ。決して手放すな。わかったな?」
「は、はい……有難うございます」
「……待て、これを使え」
両手で受け取り、抱き締めるように持つ。それを見てフジは自分の腰に巻き付けていた剣帯を解いて倖に渡した。
「あ、有難うございます、助かります……」
ヨロヨロと立ち上がり、腰に剣帯巻き付ける倖。
その時、使用感のある留め金の位置と、自分の丁度いいポジションが同じであることに気付いて天井を仰いだ。
(おう、じーさす……)
倖が密かにショックを受けているとは知らず、フジは刀の装着を見届けると満足そうに頷いた。
「よし。迎えを送るから、ここで待機していろ。敷地内から出るなよ。いいな?」
「ちょっと待って! 雄翔を知ってるなら、明日花と沙夜花も知ってるでしょ!? 花郷一の美人双子! 見なかった!?」
そう言って踵を返す。慌てて倖は翻ったマントを掴んで引き留めた。
今の今までタイミングを逸して聞けなかった重要なことを尋ねる。フジは学校中を廻って武者たちを倒していた筈だ。消えていない限り、学校の何処かに双子の姿はあっただろう。
雄翔も生きていたのだ。同じ寺の娘である明日花も沙夜花も絶対に生きている——倖はそう信じていた。
だが、フジは申し訳なさそうな顔で首を横に振る。
「……見ていない。恐らくは学外に逃げたのだろう」
「学外……!」
この怪奇現象が学校だけと思っていたら嬉しい言葉だった。町中で起きていると知らされた今は気が気でない。
「ふ、フジさん! 私も行く!」
「来るな!!」
怒鳴られ、身体が跳ねる。
掴んでいたマントは勢いよく払われた。
「な、なんで……」
「……………………」
フジは一度肩越しに振り向き、何か言いたげに口を開いた。
だが結局何も言わず、視線を戻し、帽子を目深に被り直す。
「……俺が全てを終わらせる。お前はここで大人しくしていろ」
「フジさん! でっ!!」
駆け出したフジの後を追いかける。
が、剣帯に差した刀に足が絡んで派手に転倒する。慌てて顔を上げた時には、もうフジの姿は何処にもなく、閉ざされた扉があるのみだった。
「フジさん……」
「うっ……」
「雄翔!?」
その時、今まで微動だにしなかった雄翔が小さな呻き声と共に身じろぐ。すぐに立ち上がって側まで駆け寄った。
「雄翔! 起きた!? 大丈夫!?」
「さ……さち……?」
倖の声に反応し、雄翔がゆっくりと目を開け、痛みを堪えるような顔で上半身を起こす。
「ゆ、雄翔、大丈夫? まだ具合悪い?」
「大丈夫だ……すぐ回復する。……それで、何がどうなったんだ……?」
ぐったりとしているが、目には力強い輝きが戻っている。それを見て安心した倖は、雄翔が気絶してから今までの出来事を説明する。
数珠の話をした所で、自分の手首にそれが掛けられていることに気付いた雄翔は、腕を持ち上げてマジマジと見つめる。なにかを考えるような表情に、倖は首を傾げた。、
「どしたん?」
「……なんか、見たことがある気がするんだよな、これ」
「そりゃそうでしょ。数珠なんて雄翔ン家にゴロゴロしてるでしょ」
「そうなんだが、そうじゃなくてだな……まあいい。それで?」
思い出すことを諦めた雄翔が続きを促す。カクカクシカジカと大将鬼との戦いのことを話すと、雄翔は顔を青くしたり赤くしたりさせていた。
「……とまあ、こんな感じで、この刀のお陰でなんとなかなったんだー」
「……お前が無事で良かった……」
「うん。でも、フジさんの話ではこの現象は学校だけじゃなくて、町全体に広がってるんだって。
明日花と沙夜花が学校の外に出ちゃってるらしいし、早く二人を探し出さないと!」
「……それが本当なら不味い話だな。だが……」
フジの『待っていろ』発言は倖の頭からは綺麗さっぱり抜け落ちている。
今すぐ行こうと言わんばかりに腕を引く倖に対し、雄翔はまだどこか信じ難い様子だった。
だが、立ち上がる拍子に鳴った数珠の硬い音を聞いてハッと息を飲んだ。
「雄翔?」
「……何でもない。わかった。取り敢えず、外に出て確認しよう」
その様子を不思議に思って名前を呼ぶ。雄翔はなんでもないと首を横に振って倖の提案に乗った。
(? 変なの)
やけに素直に応じた彼に違和感を覚えつつも、今は双子たちの安否が優先だ。足が鞘に引っ掛かりそうになるので微調整位しつつ、倖は雄翔と共に武道館の外に出た。
瞬間、その静けさに驚く。
武道館を囲んでいた武者たちもいなければ、遠くから聞こえていた咆哮や悲鳴もなくなっている。
警戒しながら正門へと足を進めるが、武者たちの徘徊はない。また、あちこちに転がっていた人の死体、血の匂いや跡すら、消え失せていた。
平穏を取り戻した学校。
だというのに、肌に感じるのは不安な静寂。
「……なんか、まるで廃虚にいるみたい……」
それは倖にとっては馴染みのある空気。だが、今まで感じたことのない重く、冷たい。
まるで長い間放置された廃校になったかのような寂しさに包まれていた。
「そうだな……。というか、死体も無くなってるな……」
「骸骨は成仏したからわかるけど、なんで人の死体も無くなってるんだろ?」
「……わからん」
「だよね……」
結局、フジからは何も聞けていない。
今起きてる現象についても、フジが何者であるかも——『誰の所為だ』発言の意味も。
何一つ、わからないままだ。
言い表せない不穏さから、二人は黙ったまま校庭を歩く。
——数分後。
「……なんか、おかしくない? 全然正門に辿り着けない……」
「倖もそう思うか……」
校舎から正門まで、校庭を通ることになるが決して遠い距離ではない。どんなにゆっくり歩いても十分で到達する筈だ。
視界には正門が入っている。だが、倖と雄翔がどれだけ進んでも、ある一定の距離までしか縮まらなかった。
「……恐らくだが、あれが原因だろう」
「あれ?」
雄翔が指を差したのは、正門横の塀。
最初はわからなかった倖だが、よくよく目を凝らして見ると、左右の塀の高い位置に小さな張り紙のようなものがあるのに気付いた。普通の張り紙なら、あの位置に貼る意味がない位置だ。
「……なんか貼ってある?」
「恐らくだが、御札だろう。多分、あれが結界のような役割をして、俺たち正門まで辿り着けなくしている……と思う」
「はぁ!? マジで!? なんで!?」
「あの御札からは悪い感じはしない。十中八九、フジって男の仕業だろうな。俺たちを外に出さない為なんだろうが……」
流石寺の息子である。曖昧とはいえ、感覚的にわかるのだろう。
とはいえ、この行為が倖たちの望むものではない。雄翔は苦虫を噛み潰したような顔をしているし、倖は頭を抱えてしまった。
「……まさか裏門も!?」
倖の予想は的中する。裏門に駆け付けた二人が体験ものは、正門同様全く近づけなかった。
「あンの野郎……!!」
腸が煮えくり返る倖が、フジに対して怒りを募らせた時だった。
「あの……どうかなさいましたか?」
「!?」
ひどく丁寧な声が背後から響く。
不意打ちに驚いた倖と雄翔が勢い良く振り返る。
そこにいたのは、青いツナギの作業服を来た細身の老人。にこにこと柔和な笑顔で、二人を見つめていた。
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