勝利の一本
いつか大将鬼や骸骨武者たちのバックボーン的な番外編書く
(——ひーじいちゃん)
中一の秋に亡くなった曾祖父の、深い皺が刻まれた顔を思い出す。
倖の曾祖父は子供たちに剣道を教えていた。年齢も性別も実力も関係なしに厳しかった老師範は“天野のジジイ”と恐れられていたが、良き指導者として地元から慕われていた。
倖も曾祖父の厳しい指導の下剣道を学び、その世代では十本の指に入るほどの強さを有していたが、そんな倖にライバルがいた。
それが三代雄翔。当時から神童と呼ばれていた彼に勝てる者はおらず、倖も雄翔に勝ったことがなかった。
そんな彼と公式戦で戦うことになってしまった倖は、どうしたら勝てるか、曾祖父に尋ねてみた。
――ひーじいちゃん、雄翔にかてないんだけど、どうしたらかてる?
――練習不足だ。もっと練習しろ。
――あそびに行けなくなるからやだ!
――間違いなく練習量だと思うがな。まあ、折角だからお前に足りないものの一つ教えてやろう。お前は雄翔と対峙した時にどうしている?
――どう、って。雄翔には負けないぞーって気合い入れてるかな?
――だからお前は負けんだよ。
――なんで!? だって、なんていうの? 雄翔からぐわ~ってすごいパワーがくるんだもん。
――雄翔の気迫に圧倒されてんだろ。その相手してる時点で勝負はついてる。相手の土俵に連れ込まれてんだからな。勝ちてぇなら、相手を自分の土俵に連れ込め。わかったな。
――……いみわかんない。さち、おすもうさんじゃないんだけど。
――……わかんねぇなら、何も考えんな。お前は馬鹿だから、その方が手っ取り早え。
(……その時食らったデコピンは痛かったな)
こんな時だが、当時の自分の無知さと曾祖父とのやり取りを思い出して笑ってしまった。
(今ならわかる。力抜いて、相手の動きをよく見ろ、ってことでしょ)
祖父は幼い自分にも容赦なく難しい言い回しをしてきてよくわからなかったが、言いたかったのはこういうことだったと思う。
相手を見据える。肩で息を吸い、吐きながら力を抜く。無駄に力が入って強張った体がゆっくりと解れていった。何も考えない。頭を空っぽにすると、相手の僅かな動きすら見えるようになる。逆に、纏うオーラが体の動きを教えてくれているような気さえした。
何も、考えない。
――大将鬼は、少女の纏う空気が変わったことに気付いた。それは負けを認めたからではない。彼女から戦う意思は消えていないどころか、研ぎ澄まされているとさえ感じた。
どんなに殺気を放っても、それは彼女を避けていく。まさにのれんに腕押し、柳に風だ。
黒い瞳は静かだった。
鋭い瞳が自身を捉えている。
その瞳を見ても何を考えているかわからない。
逆に吸い込まれそうにさえなった。
大将鬼の心は静かに乱れる。
一刻も早く蹴りを付けなけば、自身はこの少女に引き込まれるのではないかと思った。それほど少女の瞳は澄んでいた。
自分が倖の土俵に連れ込まれたことに気付かないまま、先に動いたのは大将鬼だった。
うおおおおおおおお!
猛々しい咆哮を上げて床を蹴る。
物凄い早さで真っ直ぐ突進してくる大将鬼の巨大な姿を、倖は見ていた。
間近に迫った荒々しく風を切る音と共に刃が振り下ろされる。
見えた。
が、早い。
寸でで避けるも、左の頬と肩に鋭い痛みが走る。
それでも、倖は初太刀を避けた。
大将鬼は避けられると思っていなかったのだろうか、狭間で見た赤い目は丸くなっていた。
構える。持ったものの重さは違うが、今まで何百、何千と熟してきた型だ。体は自然にその動きに収まる。
狙いはただ一点。
「めえええええええええええん!!!!!」
大将鬼が刀を持ち上げて防御の姿勢を取ろうとしたが、遅かった。
ばきんっっっ!!
突き出した刀は大将鬼の頬当ての真ん中を捉える。縦に亀裂が走ったかと思うと白目を向くようにぐるんと光が消え、膝から崩れ落ちた。床に大将鬼の刀が転がり、室内に大きく響き渡る。
はあはあはあ、と肩で呼吸を繰り返す。刀の切っ先は膝立ちの姿勢のまま動かなくなった大将鬼を捉えている。
勝ったと言っても過言ではない状況だが、倖は動かない。
突然、扉が爆発した。
「倖!!!!」
崩れる破片の合間から入ってきたのはフジであった。室内の光景を見て一度息を飲むが、すぐに硬直している少女の元に駆け寄る。
「倖!! 無事か!!?」
「……定は?」
「何?」
「判定は?」
心配そうに駆け寄ってきたフジを一瞥もせず、倖は待っていた。審判の声を。審判の判定を。自分は勝ったのかどうかの答えを。その声を聞くまで、武器を下ろすわけにはいかない。
状況がいまいち理解できないフジであったが、その問いにどう答えていいのかは見てわかった。刀を握る手を下ろさせるように手を重ねる。
「お前の勝ちだ、倖」
勝ち。
意識がその言葉に向いた途端に体が重力を思い出したように重くなり、膝がガクンと折れへたり込む。倒れかけた体をフジが支えた。
(そういえば、雄翔との試合は一本取ったものの打っ倒れて、結局雄翔の不戦勝となったんだっけな)
集中力のコントロールが下手くそ過ぎた子供時代を思い出す——いや、今もそれは変わらないようだ、とフジを見上げて苦笑する。
相手は違うが、リベンジ達成したのではないかと得も言われぬ達成感に包まれた。
そうしている間に大将鬼に変化が起きる。
体がさらさらと音を立てて微塵と化していく。灰かと思ったが、微塵はキラキラと美しい輝きを放っていた。やがて微塵は光の集合体となり、厳かな輝きを放つ白光が周囲一帯を覆う。
けして眩しくはないその光の中に、いつの間にか沢山の人影があった。皆一様に顔は見えないが、古めかしい格好をしているのがなんとなくわかる。そして、なんとなくだが全員が微笑んでいるようにも見えた。
中心にいた人物が倖に向かって深々と頭を下げる。そうすると倣うように周りの人影も頭を下げてきた。
『有難う』
そう彼らが言っているような気がした。
倖はただ、笑顔で頷いた。
それを合図にするように白光は人影たちを包み込んでいき、光の玉と変わった。玉は静かに上へ昇っていき、天井を突き抜け天へと昇る。
跡にはばらばらに崩れた大将鎧が残っているのみ。辺りは何事も無かったような静寂に包まれ、元の道場が現れる。
先程まで感じていた重苦しい禍々しさは一変も無くなっていた。
「勝っ……たぁ~……」
全身から力が抜け、手から刀が落ちる。フジの腕を背もたれにして、ぐにゃりと背を逸らすが、すぐに起こされた。
「だらしないぞ、倖。もっとシャンとしろ」
「むり……ひろー感ハンパない……」
「頬と肩から血が出ている。痛みは?」
「血? ……っ!!?」
アドレナリンが大量分泌していたお陰で気付かなかったが、途端に走る左の頬と肩に鋭い痛みと熱。肩を見れば制服が切れ、血が滲んでいた。耐えるように傷口を押さえる。
「……めっっっっちゃいたい……」
「生きている証拠だ。良かったな」
「よくないぃ……」
「幸い傷口は浅い。すぐに血は止まる」
「……ん、有難うございます」
「全く、無茶をする。嫁の貰い手が無くなるぞ」
「予定無いから大丈夫」
「わからんぞ。蓼食う虫も好き好きというからな」
「よくわからないけど、悪口だよね?」
「さてな」
どこからか取り出した布で肩の傷を巻かれ処置されている間の言葉の応酬。そう言えば曾祖父にも同じことを言われ続けたのを思い出した。
若いくせに爺臭いことを言うフジに親近感を感じ、笑ってしまった。その間の抜けたへにゃりとした不適な笑顔を見て、フジは訝しげに片眉を上げる。
「頭もやられたか?」
「失礼な。そこは無事ですぅ」
「そうだったな、頭は昔から駄目だったな」
「うおい!」
ぽん。
落ち着けと言わんばかりに頭の上に手を置かれ、そのままがしがしと乱暴に頭を撫でられる。その大きな手の向こうで歯を見せて笑うフジの顔が視界に入った。
「なにはともあれ、よく頑張った」
とても綺麗に、誇らしげに言い放つ。厳めしい顔や怒った顔、呆れた顔しか見たことが無かっただけに、そのギャップに瞬時に熱が顔に集中した。
「……あ、な、ちょ、ちょっと! 髪がぐしゃぐしゃになる!!」
手を払い、髪を直すふりをして赤くなった顔を隠すのだった。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




