武道館
現在、倖らは武道館手前の木の陰に身を潜めている。二人で周辺を見渡すが、今のところ武者たちの姿はない。
「化け物どもは……いなさそうだな……」
「だね……」
「よし、行くぞ」
雄翔が一歩踏み出した、その時だった。
ザザザッ! と生い茂った葉を激しく揺らして、木の上から何かが降ってくる。それは雄翔の数歩先に不気味に軽い硬質な音を立てて着地した。
骸骨武者だった。
「雄翔!」
まさか、木の上からやってくる等と誰が思うだろうか。
骸骨武者は着地と同時に、持っていた刀の切っ先を雄翔に向けながら地を蹴る。
だがほぼ同時に、倖も地面を蹴っていた。
骸骨武者からすれば、目の前の獲物に気を取られ、その後ろに控えていた伏兵の存在は完全に想定外だったのだろう。急な標的変更は、骸骨武者には出来なかったようだ。
骸骨武者の頭部目掛け、納刀状態の刀を突「」き出した。
柄を握る手に、ごりっ、と硬いものに当たったような振動が響いてくる。
鞘の先端は、骸骨武者の眼球の無い眼孔へと吸い込まれるように穿たれ、そのまま後頭部へ突き抜ける。
聞くも悍ましい絶叫を上げ、骸骨武者は崩れ落ちた。
あっけない戦闘に、倖はぽかんとしているし、雄翔は倖が骸骨武者を倒したことに目を丸くする。
「さ、倖、お前……。いや、助かった」
「う、うん……無事でよかった……」
「……いや、まだだ。今ので奴らが集まってきたぞ」
骸骨武者の断末魔は仲間を呼び寄せる召集の声だったのだろうか。がしゃがしゃと音を立てて、そこかしこから武者が数体向かってくる。
「くそっ、倖、こっちだ!!」
「え!?」
「中から裏口に向かう!」
グイッと腕を引かれて向かう先は武道館。
それ以外の方向から鎧武者たちが集まってきているのだから、そちらに向かうのは当然のことと言える。雄翔は中を通って他の出口から逃げ出そうと画策したようだ。
外開きの強化ガラスの扉を開けた雄翔は、まず倖を中に放り込み、次に自分が中に入った。
その瞬間。
「ぐ……?!」
雄翔の膝ががくんと折れ、前のめりに倒れた。
「雄翔!?」
慌てて雄翔を支えようと雄翔の体の下に入り込む。だが、身長百九十センチもある大男を支えられる程の力は倖にはない。
「おっも!」
大の男の重さに負け、倖は硬い床に尻もちを付くことになる。
(このままじゃ追い付かれ……! ……え?)
雄翔を抱き留めたまま焦る倖だが、正面の玄関を見て固まった。
「……なん、で……?」
玄関扉をすり抜けてくると思われた骸骨武者たちの群れはいなかった。
いや、正確にはいるのだが、閉められた強化ガラスの扉の向こうに奴らはいた。
何故かこちらには近付こうともせず、ずらりと玄関前に並んでこちらを見ている。
腐った唇や欠けた歯が大きく歪んでいる。
体を揺らす度、彼らの体からぼたぼたと腐った肉片や他の獲物の血肉が地面を汚す。
まるで落とし穴に落ちた間抜けを馬鹿にするように。
けたけた、けたけたと、鎧武者たちは笑っていた。
「……っ!?」
全身に寒気が走り、一気に血の気が引いていく。
下がった体温の所為で生じた寒気が倖の体を小刻みに震わせた。
なぜかは分からない。
空気が重い。肺に入り込んだ側から身体を悪いものに侵食されているようで寒気に襲われ、肌が粟立つ。
とてつもない嫌な予感に襲われていた。
(に、逃げなきゃ……)
正面玄関は道を断たれた。他の出口を探さねばならない。
「ゆ、ゆうしょう、起きて……」
声を掛けるが、返答がない。
慌てて顔を覗き込むと、雄翔は白目を剥いていた。口元に手を翳して呼吸を確認すると、生暖かい感触とかひゅうかひゅうと苦しそうな呼吸音が聞こえてくる。
生きてはいる。だが、倖がどれだけ揺さぶって声を上げても、雄翔が目覚めることはなかった。
「な、なん、なの、もう……!」
泣きたくなるような心細さが倖の声を震わせる。
せめて骸骨武者たちが見えなくなるところまで移動を試みる。玄関からロビーに掛けてはガラス張りになっており、その全面に武者たちが中を除いている。ロビーにいるのは得策ではない。
ぜーぜーと荒い呼吸を繰り返す青い顔の雄翔を背負い、引きずるようにしながら一番手近な道場に繋がる分厚い扉を押し開けた。
「開けるな!!」
「え……」
突如、背後から大声が響く。
だが、遅かった。
身体全体を使って開けてしまった扉の向こう。
本来であれば畳が広がっている空間なのだが、そこには何もなく。
電気の消えた薄暗さ、なんてものではない。
ただ、一面の暗闇が広がっていた。
重心を傾けていた倖に、踏み止まるという選択肢を選ぶことはできなかった。
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