刀
刀を持ってく持ってかないな選択肢を出して、間違えたら即バットエンドのイベントですた。
「倖!!!!」
「!!!?」
耳元で響いたような大声に驚いて、倖は目を覚ました。
飛び込んできたのは無機質な白い天井と、焦りの表情を浮かべた雄翔の顔だった。
「……ゆうしょう……?」
「倖!!」
「ぐぇっ?!」
「良かった……本当に良かった……!」
上体を起こすやいなや、首に巻きつく剛腕。それが直接喉を締め付けるものだから変な声が出る。少しばかり苦しかったが、震えた声で良かったを繰り返す雄翔を無碍に出来ず、そのままにする。
(……ここ、どこだろう?)
視線だけで周辺を確認する。道着姿の雄翔、パイプベッド、空間を仕切るカーテン、そして漂う薬品の匂い——ここが保健室であると察する。
(夢……?)
もしかして自分は部活中に気絶してしまったのではないだろうか。それならば、あの一連の恐ろしい出来事にも悪夢だったと説明がつく。
「……ねえ、雄翔。私、めっちゃ怖い夢見たわ……心霊スポット行き過ぎの弊害がようやく来たみたい……」
「……非常に残念だが、夢じゃない。現実だ」
「え」
ホッと胸をなでおろしたのも束の間、雄翔の硬い声に目を見開いた。
ゆっくりと身体を離し、雄翔と顔を突き合わせる。彼は、倖を現実に引き戻すのが辛くてたまらないという表情をしていた。
残酷な現実。けれど、長年の付き合いで彼がこんな嘘を吐く人間ではないことは、誰よりも知っている。
(夢じゃない。じゃあ、あれは――)
倖の脳裏に、図書室での光景が鮮明に蘇った。
「ひっ!」
身に降りかかった恐怖を思い出し、全身が総毛立つ。たまらず雄翔に縋り付いた。
「ゆ、ゆうしょう! わ、わたし、わたし、がいこつ、が、ゆかから、あの、あのこたち、か、か、かたなで……!」
目の前で起きた殺人、人知を超えた化け物の存在、死の恐怖と生き残れた安心がごちゃ混ぜになり堰を切ったように涙が溢れ出す。
「いい、何も言うな。落ち着け」
それを見た雄翔が優しく抱き締めた。
咽び泣き、震える倖の頭を、大きな手が何度も撫でる。
その温もりのお陰で、激しい動悸が次第に治まっていった。
「……ありがと、雄翔。もう大丈夫」
目元を拭いながら雄翔から身体を離してベッドから立ち上がる。その途端、雄翔が不満げに眉間に皺を寄せたが、すぐに真顔になったので倖は気付かない。
「雄翔は怪我とかない? 大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「良かった……ねぇ、雄翔。一体何が起きてるの?」
「俺に分かるわけないだろ。だけど、とんでもなく恐ろしいことが起きていることだけは確かだ」
頭を抱える雄翔。道着姿を見て、同じように部活に向かった友人たちのことを思い出した。
「ねえ、由紀は!? 他のみんなは無事!?」
「……わからん。地震の直後、一緒にいた筈の高橋先生や香山がいなくなっていた。二人だけじゃない、他にも何人もいなくなっていたんだ。残っていた奴はバラバラに逃げたからわからない……」
「……そっか。由紀もいなくなったの……」
「……まさか、明日花や沙夜花もか?」
「え? あ、そうか、消えた可能性もあるのか……」
外での惨劇を見た倖は、当然のように最悪の事態を想像して双子を探そうとしていた。けれど、雄翔の言葉によって双子も神隠しのように消えたという可能性に思い至る。
(二人が痛い目に遭っていないなら……いや、消えたことがいいわけあるか!)
安心したが、すぐにそれに気づいて心が重くなる。
「……わかんないんだ。私、職員室に行くからって、一旦分かれたから……。ごめん」
「……そうか。……妹たちも香山たちみたいに消えたとしたら、理由はなんだ? 性別か?」
「……それだったら私も消えてるからね? ってか、性別の線はないよ。職員室では男子生徒も先生も消えてたから」
「だとすると、別の理由か……? くそ、こんな、真っ昼間っから漫画やアニメみたいなことが起きるなんて……世も末だぞ。一体何が起きているんだ?」
オカルト好きの雄翔でさえ、非現実な現状を受け入れられず、普段なら口にしないような悪態を零す。
倖が問いかけた言葉をオウム返しにしてしまうほど、落ち着いているようで彼も相当パニックに陥っているようだ。
(あの時、もう少しだけ一緒にいれば……)
激しい後悔が過るが、今さら悔やんでも後の祭りだ。
昂ぶった気持ちを発散するように、倖はぐしゃぐしゃに頭を掻きむしる。
その拍子に手が何かにぶつかったかと思うと、床に大きな音が響く。
何事かと見てみれば、細長い棒状の何かが床に転がっていた。
「……あれ?」
——それは、漆黒の鞘に納まった長刀だった。
見覚えがある。全身黒尽くめの男が持っていたものに良く似ていた。
「これ……」
拾い上げる。
ずっしりと重そうな見た目とは裏腹にそれほどで重くもなく、片手でも持てる軽さだった。
「雄翔が持ってきたの?」
「ん? ああ、いや、違うぞ。最初からそこにあったが……お前がどこから見つけてきたのかと思ったが、違うのか?」
「違う……」
「……その刀、本物か? ちょっと貸してくれ」
「だと思うけど」
軍服男が扱っていたことを思い返しながら刀を渡す。途端に雄翔の身体が前のめりに崩れた。慌てて身体を支える。
「うおっ!? ちょ、雄翔! 大丈夫?!」
「っ……! さ、倖、お前なんで軽そうに持ってるんだ? めちゃくちゃ重いぞ、これ……」
「はあ〜?」
雄翔はいつの間にか両手で刀を抱えているが、それでも太ももの高さまでが限界のようだ。プルプルと震える手にはくっきりと血管が浮いていた。
「え、嘘、まじで?」
信じられず刀を取り戻す。
些か警戒したものの、倖の手に乗ったそれは羽根のような軽さだった。
雄翔の前に、片手で持った刀をぶらつかせる。雄翔は信じられないものを見るような目で、倖と刀を交互に見ていた。
「……知らない間に、バルクアップ成功していたようだ」
「信じられん……」
倖も信じられないが、実際にそうなのだから何も言えない。
「本物なのかな?」
「馬鹿、倖! 抜くな!」
「え」
何も考えず柄を握って抜刀する。
その瞬間、雄翔が焦ったように止めたが、遅かった。
いとも簡単に鞘から刀の半身が飛び出してしまった。
しん、と静まり返る室内。倖も雄翔も固まっていたが、暫く経っても何も起きないとわかると、二人は自然と長い息を吐いた。
「……お前、そんな得体の知れない物を、警戒もしないで抜くなよ。妖刀とかだったらどうするんだ……」
「……確かに」
だが、倖はこの刀が妖刀の類ではないことは知っていた。
何故なら、これは自分を助けてくれた軍服の男が持っていた代物だから。
鏡のような刀身に、倖の顔が映っている。レプリカや玩具じゃない。本物の刀。
(あの人……)
この刀を華麗に使いこなしていた謎の軍服男。
突き放されたかと思ったら拳骨されたりと酷い対応をされたが、殺されかけた所を助けてくれた恩人が頭の中に浮かぶ。
刀を納め、思い出したように周囲を見渡す。カーテンも開けて室内を確認するが、倖と雄翔以外誰もいなかった。
「……雄翔が、私を保健室に運んでくれたの? 他に誰かいなかった?」
「運んだ? いや、違うが……倖たちを探していたら、黒い格好をしていた男に手招きされたんだ。付いていったら保健室で、お前が寝てたんだ」
「そ、その人は?」
「わからん。俺が保健室に入った時には何処にもいなかった」
——『誰の所為だと思っている』——
低い声で責められた言葉を思い出す。
その言葉の意味は分からない。だが、怒っていた割には、図書室からここまで運んできてくれた上、雄翔を呼び、護身用の武器まで置いていってくれた。
言動が一致せず、謎が残るが感謝することに代わりはない。
「知り合いか?」
「知らない人だけど、図書室で骸骨に襲われた所を助けてくれた恩人なんだ」
「そうなのか……次に会ったら、礼を言わないとな」
「お礼……」
そう言われて、男に助けられた礼をしなかったことを思い出す。それどころか混乱し、責めただけではなく、男の胸に飛び込むという迷惑行為を行っていた記憶が蘇る。
白檀の香りを思い出して、カッ! と顔が熱くなる。記憶を掻き消すように自分の頬をペチペチと叩いた倖なのであった。
「……よくはわからんがその刀も、倖の為に置いていったんだろうな。護身にもなるし、倖が持ってた方がいい」
「う、うん……」
それには同意をする。
だが、幾ら部活をしているからとはいえ、竹刀と刀では使い勝手は全然違う。化け物を相手に出来る自信はない。
だが、初めて触るというのに、手にしっかりと馴染むそれは、倖に不思議な安心感を与えてくれていた。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




