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地獄耳

俺は朝一番の太陽に照らされて自然と目が覚めた。まだ前世にいたと寝ぼけていたが、口に出なくて良かった。なんせ俺が目が覚めた時にはナタリは既に身支度を整えていた。転生者だとボロが出ないか不安だったが、まさか目覚めの朝にくることは誰も予想できないだろう。危ない危ない。

朝起きてここが異世界と気がついてからはまず、『久しぶりの太陽。』って感想が飛び出てきた。それもそのはずこの世界の太陽を見るのは初めてだからだ。意外にも日本の日の出と変わらない。変わったことと言えば太陽の大きさが少し小さい気がするくらいだ。

そんなことを考えているうちに出発の時間が来てしまった。俺は急いで支度をし、ナタリに続いてボロ家を出た。

朝はまだ肌寒く掛け布団に使った古い布を身体に巻いてナタリの魔法で空を移動した。

多少の防寒になると思っていたが、ほんの少ししか変わらなかった。

第一に風が強い。夜飛んだ時は追い風だったからかあまり前からの風を感じなかったが今は向かい風。

『今日は向かい風だから快適に飛べそうにないな。向かい風の元素を使いすぎると返ってスピードが出過ぎて上手く飛べないんだ。我慢してくれ』

『頑張ります』

飛ぶ前から分かっていたがこれほどとは。

地上と上空では風の吹き方がこんなにも違うらしい。

こうして、俺とナタリは数時間かけて山を越え谷を越え川を越えた。湖に寄って水分補給をした時は林檎のような、でも見た目はさくらんぼの果物を食べた。味はイチジク寄りの林檎と言ったところだ。不味くはなかった。

山の麓の空から見た時には鹿がいた。あれは完全に鹿だった。この異世界にも前世と繋がっているような生物がいることに1人で驚いていた。空の移動ではカラスのような見た目に尻尾が少し長い鳥が群れを成して飛んでいた。色は赤色でとても愛くるしい見た目だ。不意に写真を撮って皆んなに見せたいと思ってしまった。もうあの世界に戻れないのに。やめよう。ケジメはつけたはずだ。ポジティブにいく。そう決めたんだ。

時間が経つにつれ陽の光が暖めてくれた。そのおかげでまぁまぁ快適に移動できたといってもいいだろう。

まぁそんなこんなで意外と楽しい旅だった。

広大な森を抜けると、不意に視界が「爆発」した。

「……うわ、すごい……」

思わず声が漏れた。

眼前に広がっていたのは、前世のどんな高層ビル群やテーマパークも霞んでしまうような、圧倒的なスケールの「文明」だった。

まず目を引くのは、なだらかな丘の頂にそびえ立つ、巨大な白亜の城だ。いくつもの鋭い尖塔が青空に向かって突き刺さり、その白い壁は陽を反射して、まるで城自体が発光しているかのように輝いている。

それは「鉄の塊」で作られた現代建築とは違う、石と魔法が織りなした、重厚かつ繊細な芸術品のようだった。

城の麓から丘の斜面にかけては、茶色い屋根の家々が鱗のようにびっしりと並んでいる。入り組んだ石畳の路地、等間隔に立てられた見張り台、そして街全体をぐるりと囲む強固な外壁。

空から見下ろすと、その複雑な街並みはまるで生き物のように呼吸しているようにも見えた。

街のすぐそばを、陽光を浴びてキラキラと輝く大河がゆったりと流れている。川面にはいくつもの美しい石造りのアーチ橋が架かっており、そこを馬車や人々が行き交う様子が、ここからでも点のように見えた。

川沿いに広がる草原の緑は、これまで通ってきた暗い森とは違い、手入れの行き届いた豊かな「庭園」のような美しさを持っている。

ナタリが少しだけ降下し、街の入り口へと向かう。

風を切る音が少しずつ穏やかになり、代わりに遠くから街の喧騒――人々の話し声や、馬の嘶き、市場の活気が混じり合った「生命の音」が風に乗って届き始めた。

ふと見ると、道の脇に立てられた青い旗が風にたなびいている。金色の紋章が描かれたその旗は、この国が持つ力と誇りを象徴しているようだった。

「アル、あれが俺たちの目的地。この国の王都、聖教都市『ルミナス』だ。……ま、正式名称はどうでもいい。お前にとっちゃ、ここが第二の人生のスタート地点だ」


ナタリの声に、俺は無意識に布を握りしめた。

前世で見たどんな映画よりも、どんな写真よりも鮮明で、力強い景色。

冷たい風に混じって、どこか懐かしい「人の暮らし」の匂いが鼻をかすめる。

俺は今、本当に異世界に、魔法が当たり前にあるこの世界に来たんだ。

そう強く実感させる、あまりにも美しく、壮大な光景がそこには広がっていた。


「普通は結界が貼ってあるから空を飛んで入国はできないし、地下を掘っても不可能だ。出入り可能な場所はこの国の東西南北にそれぞれ一つずつの検問所しかない。」


「ってことは?」


「俺らは任務だから検問所なんて行かなくてもいいんだ。つまりそのまま突っ込む」


そう言うとナタリはまた空へ目掛けて一直線に飛び始めた。


「許可されてない人が通過することはできない仕組みになってんだ」


ナタリがそう言うと速度が上がった気がした。近くに来れば来るほど結界というものがはっきりと見え始めた。透明だが何かあるような、そんな感覚だ。

例えるならBBQをした時の火の上の空気が揺らぐやつ。

ないようであるような。巨大なドーム状で一国が囲まれている。


「不審者と任務の人をどうやって見分けているんだろう」


謎だ、多分これも魔法か何かだろう。


「それに関しては、ボスの秘書がやってるな。今となっては俺の同僚でもあるそいつが全てを一任している。まぁ見た目に反してババアなんだけどね」


見た目に関してはかなり辛辣な評価だな。

そう思った直後。


『あぁん?ぶち殺すぞナタリ』


俺は突如聞こえてきた声に心臓が止まりそうになった。誰もいないのに耳元で聞こえた。


「よしっ、聞こえたか?アル。今のは俺らのボスの秘書の弟子なんだが....どうやら俺はボスの場所まで同行できそうにない。」


え....え?秘書の弟子?


『君を十発殴る』


また聞こえたがナタリは相変わらずフル無視だ。


「大丈夫だ、魔法は継続させておくから」


そう言い肩を強く叩かれた。


「時間が無い!んじゃ、到着したら何とかなるからぁ!頑張れ!」


『チッ。屋根の上か、まぁ多少壊れても修理すれば大丈夫だな』


女性の声がさっきより声が遠のいた気がした。

ナタリの声と誰かの声が少しずつ離れていく。どこへ行くのだろうかと不思議に思った直後。ナタリは30メートル程離れた屋根に降りた。そこで戦闘準備らしき構えを取り何かを待っている。ボクシングみたいな構えだ。

ちょっとかっこいい。

その直後。

ドォォォォォン!

それは「飛来」というより「砲撃」だった。

金髪をなびかせ、スーツのような戦闘服に身を包んだ女性が、音を置き去りにしてナタリのいる屋根に激突した。瓦が粉砕され、爆風が俺のところまで届く。


「……お前、地獄耳すぎて怖いんだけど。ストーカーの素質あるぜ?」


ナタリが煙の中から軽口を叩く。対する女性は、瓦礫の山からスッと華麗に立ち上がった。ナタリと同じ、20代半ば。凛とした美貌が怒りで微かに引きつっている。


「君こそ、長期任務から帰って早々、師匠を侮辱するとはいい度胸だ。脳に元素でも詰まってるのか?」


「へっ、ババアをババアと言って何が悪い。言っておくが、俺とお前の戦績は5045戦中、4689勝だ。今さらビビるかよ」


ナタリが親指を立てて鼻をこする。移動中の俺にまで聞こえるほどの自信満々な声。だが、女性は不敵な笑みを浮かべた。


「そう……力押しでは勝てない、か。なら、戦法を変えよう。ナタリ、君が任務に行っている間、私はボスから君の部屋の『特別清掃』を頼まれたんだ」


「あ? 掃除? 気が利くじゃんかよ.....で?それが?」


「いや、まあ、きちんと隅々までやったよ。……特に、

ベッドの下。 あの、封印されていた禁断の『木箱』の中身までね」


「………………は?」


ナタリの動きが、彫刻のように止まった。


「あ、あれは……待て。あれは、その、資料だ! 歴史的価値のある、大人のための……!」


「へぇ。あんな薄っ腹な紙束に歴史的価値があるんだ? ボスも興味津々だったよ。明日、高専の掲示板に張り出そうかって」


「待て!! 待ってください! 師匠! 姉御! goddess(女神様)!! それだけは、それだけは勘弁してくれぇぇ!!」


ナタリの絶望に満ちた悲鳴が、ルミナスの空に空虚に響き渡った。

……師匠、選び間違えたかな

だがしかし、


「戦いは力だけではない....」


という新たな発見でもあった。

後ろでペチンペチンとほっぺたを叩かれる音もまた大空へと響いていった。

そんなことはさておき

俺を運ぶ風の魔法は、ナタリの戦意喪失と共にふわりと出力を落とし、そのまま俺を街の中央、賑やかな広場の真ん中へと優しく着地させた。

そこには1人の人間と1人の猫耳を持った人物が俺を待っていた。


「やぁ、君がナタリの被護者?」


なんかよく分かんないけど多分そうだろう。


「多分?....そうだと思います」


「うわっ、こいつちょっと臭いな!」


猫耳の男が鼻をヒクヒクさせながら、遠慮もクソもない言葉を投げかけてくる。

……わかってる、わかってるよ。こちとら墜落現場から這い出して、風呂にも入らず空を飛んできたんだ。無臭なわけがないだろう。


「……すみません、色々ありまして」


「あはは! 怒んなよ。俺、鼻がいいだけだからさ。ま、それだけ激動の数日だったって証拠だろ?」


そう言ってケラケラ笑う彼は、尻尾をゆらゆらと揺らした。

その隣で、もう一人の人間の男が深いため息をつきながら、手帳を閉じた。


「フェル、少しは黙れ。……初めまして、アルティ君。ナタリが世話をかけたな。私は魔法政府・任務管理部のセドリックだ。そしてこの失礼なのが、防衛職のフェル。君をボスの元まで案内するよう、ナタリから……いや、正確にはナタリの『師匠』から預かっている」


ちなみにこいつは猫の亜人のフェルという。

と、ついでのようにフェルという亜人を紹介した。

セドリック、魔法政府の公務員服。 深い濃紺のロングコート風の制服で、襟元には金色の「ルミナス紋章」が刻まれている。知的な縁なしメガネをかけており、手には魔法の文字が浮き出る手帳を持っている。表紙には「記録用デバイス」と書かれていた。

一方、フェルの首元には防衛職の証である、銀色のドッグタグのようなプレートを下げている。

二人の服装や雰囲気を観察して、俺はこの街の「階級」や「職業」の空気感を感じ取った。


「さあ、行こうか。街を案内しながら中央庁舎へ向かう」


セドリックが歩き出し、俺とフェルがそれに続く。

広場から大通りへ出ると、そこはまさに「人種のるつぼ」……いや、「種族のるつぼ」だった。


「……すげぇ」


思わず足を止めて見入ってしまう。

屋台で肉を焼いているのは、ガッシリとした体格の犬系の亜人。その向かいのカフェでは、優雅な羽を持つ鳥系の亜人が、空中に浮くカップからお茶を飲んでいる。

さらに驚いたのは、彼らが皆、人間と当たり前のように共生していることだ。


「ルミナスは魔法さえ使えりゃ種族なんて関係ねぇからな。ほら、あそこ見てみな」


フェルが指差した先には、透き通るような肌と、尖った耳を持つ絶世の美女――エルフがいた。


「……エルフ?」


「ああ、希少種だが、この国じゃ魔法の研究者として重宝されてる。ま、あいつらはプライド高いから滅多に会えないけどな。その分、俺は全員と知り合いなんだ」


そう言い、フェルは大声で大きく手を振った。


「おぉーい!ひっさしっぶりー!」


フェルは楽しそうに手を振っているが、肝心のエルフの方は此方に気づいたものの嫌な顔をしてフードを深く被り早歩きで通り過ぎていった。

無視されたような気がする。いや、完全に無視されていた。


「......な?言っただろ?俺は皆んなと仲良いからな!あははは」


フェルの笑顔が眩しい。

フェルは気づいていないのだろうか。今完全にスルーされて、嫌な顔されてどっか行ってったんだが。

まぁ本人が楽しそうだからそーゆー事にしておく。

それにしても街のいたるところに魔法が溶け込んでいる。

重い荷物を運ぶのは馬車ではなく、自動で動く**「元素台車」。街灯は火ではなく、淡い青色の「魔素ランプ」**が灯っている。

石畳の道を行き交うのは、冒険者風の革鎧を着た者、政府の制服を着た者、そして俺がこれから通うことになる「高専」の制服を着た学生たち。


「あっちのデカい建物が医療センター。魔法と薬学の両方でどんな怪我でも治す。……もっとも、ナタリみたいに『脳みそが元素で詰まってる』のは治せないがね」


セドリックが淡々とブラックジョークを飛ばす。

ふと後ろを振り返ると、遠くの屋根の上で、ナタリがまだ金髪の女性に正座させられ、ほっぺたをペチンペチン叩かれているのが見えた。

......まだやってんのかよ。


「……あの、ナタリさんは放置でいいんですか?」


「ああ、いつものことだ。あれが彼なりの『リフレッシュ』なんだろう」


セドリックは一切容赦がなかった。

俺は、初めて見る異世界の景色に目を回しながらも、不思議と胸の高鳴りを感じていた。

いじめられていたあの頃、父に怯えていたあの夜。

そんな過去が嘘のように、この街の喧騒は力強く、自由だった。


「着いたぞ。ここが魔法政府中央庁舎。……そして、この国の『ボス』が待つ場所だ」


見上げるほど巨大な白亜の塔が、目の前にそびえ立っていた。

俺の第二の人生が、いよいよ本格的に動き出そうとしていた。

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