おやすみ
俺とナタリが空を飛行し始めてから20分くらい経った。
俺達が飛び立った少し後、ナタリが空中で別の魔法を唱えた。するとナタリは俺を空へ手離した。その時はびっくりしたが、すぐに俺はナタリと2人並んで飛んでいた。俺が自分の力で飛んでいたと勘違いする感覚。重力が、ふいに思い出せなくなった。
と言っても重力が無くなったく訳ではなく風を操って飛んでいる。俺ではなくナタリがだ。
つまり2人分の魔法を操っている。
この世界の知識はまだ無いがナタリは相当なやり手かもしれない。
ますます興味が湧いてくる。
まるで自分の意思で空を飛んでいるような。
美しく表現するとしたら
『満点の星空を背に海(空)を泳ぐ。』だな。
なんて考えながら飛んでいる。
かつて鉄の塊(飛行機)に閉じ込められていた時とは違う、生身で空を切る感覚。
高度が上がるにつれ空気は冷たくなり、眼下にはミニチュアのような街の灯りが、暗い森や川の合間を縫うように点在している。
だが飛行すればするほど浮かび上がる
寒さといくつかの疑問。
疑問と言っても率直な質問に近い。
俺は何の罪で拘束されていたのか。なぜ俺を助けたのか。本人は任務と言っていたが良く考えると色々気になる点ばかりだ。
ヘックシュン!
あっと失礼。
「そろそろ休憩を取る」
どうやら気を使ってくれたらしい。
なんせ薄着の長袖に長ズボンだもの。
寒いに決まっている。
「了解です」
するとどんどん降下し始めた。
地上に降りたら質問をするとしよう。
「ちょうど良い、あそこの古い家で休む」
「はい!」
遠くからの見た目はただの一軒家だが、近くまで降りてくると今にも崩れそうな廃墟だった。
周りに農具が散乱している。
恐らく農民が住んでいたんだろう。
中に入ると意外と綺麗だった。
綺麗と言っても部屋の汚さではなく、内装に大きな損傷はなく快適に休憩できそうな空間だった。
土や埃、蜘蛛の巣は凄い量あったが、それはナタリがチョチョイのちょいであっという間にクリーンな仕上がりに。
ナタリは小さい収納袋からロウソクを取り出しパチっと、マジシャンのように火を付けた。
え、今どうやって?
不思議に思っていると、
「ん?あぁ、」
どうやら顔に出ていたらしい。
「俺、一応風と雷を使える魔法使いをやっている。火がなくても、この位の小さい火はパチっとできるわけ」
ナタリの右手がピリピリ光って、左手は小さい竜巻が起こっている。
素晴らしい。拍手しておこう。
ナタリは自慢げに部屋に掛けてあった布を取りパサパサと埃を落としながら俺にくれた。
俺はその布を羽織り、壊れ掛けの椅子に座った。
ナタリは同様に壊れ掛けの椅子とテーブルを手に取って俺と対面するように座った。
挟まれたテーブルは火の灯ったロウソクが置かれている。
「何か、聞きたいことは?」
向こうから質問がきた。
丁度いい、
ひと段落着いたし、さっきの質問をしてみるとしよう。
何故拘束されたのか。
「そりゃあ魔法を使っちまったからだろう。」
「魔法ですか?」
「あぁ、基本、人間の国では魔法を使うと殺されるか実験台にされるかの2択だな、まぁ実験された後はどうせ殺されるだろう」
「殺される....」
あのまま行けば俺はまた死んでたのか。
「一応憲法の本にも載っているらしいぞ。読んだことは無いけどな」
初見殺しだ。分かる訳ない。そもそも誰が魔法を使ったのかも知らなかったし魔法の概念すら分からなかったんだ。
「僕の母は何の魔法を使ったんですか?」
瞬間、ナタリの顔が一気に険しくなった。
「分からない」
・・・・・
「俺は見た目に反してこれまで色んな魔法を見てきた。勉強もしてきた。だから大体は分かる。だが、あの光はでかすぎた。それに白い色」
かなり特殊な魔法という事だろうか。
「魔法っていうのは通常、発動時か発動中か発動後に光を放つんだ。と言っても目に見えるか見えないか、それくらいの光力だ。」
ロウソクの火が揺れる。
「白色なんて魔法見たことないし聞いたこともない。多分俺の国にある魔法学校の資料集にも載ってないだろう」
唇が震える。俺は違う世界から来た、この世界の住人ではない。何かあるのは間違い無いだろう。上手く動揺を隠せない。
「まっ、今は深く考えることはやめだ。お前のことは上に頼んで調べてもらう。安心しろ、アルの身は俺が守ってやる」
びっくりした、急にアル呼びだ。悪くない響きではある。
だが少し気持ちが和らいだのも事実。
思ったよりもかなり深刻な問題らしいが深く考えないでおこう。ナタリは良いやつだ。
「ありがとうございます」
「もう一つ良いですか?」
「勿論だ」
なぜ助けてくれたのか。
「それはさっきの理由、異常な力が働いたからと、もう一つの理由が俺の任務に関わる事だ。」
「任務?」
「それを説明するにはまず魔法からだな。」
ナタリが指を三本立てる。
最初に魔法を構成する燃料達についてだ。生命エネルギーと自然エネルギーとこの星からなる直結のエネルギーの三つがある。俺らそれぞれ魔素、元素、星素と言う」
....なるほど、魔法という概念はそう簡単に理解できそうにないらしい。使えるようになるのはもっと後になるかも。受験期を思い出すな。
「今回重要となるエネルギーは魔素と元素の二つ。魔法使いの俺らは魔素と元素の二つを使って魔法を発動している」
ほうほう。
「まっ簡単に言えば、魔素は魔法の制御、構築。元素はガソリンだ。その二つが成り立って初めて魔力となり、魔法が扱える」
なるほど、ちょっと分かってきたぞ。
「それに対して非魔法使いは魔素しか使えない。
それはなぜか。理由は一つ、元素回路が発現していないからだ」
新しい単語だ、元素回路。覚えておこう。
「魔素っていうのは生命力だ。だから元素を使えない非魔法使いは魔素を使いすぎて寿命が短くなったり、そのまま死ぬ人だっている。」
「はぁ」
「分かりやすく説明すると、火打石が魔素、着火剤となるのが元素だ。俺らは発動時にしか魔素を使用しない。魔素も2種ある。表面の魔素は消費されても回復できるが、それを使いきっちまって芯の魔素まで使っちまうとやばい。」
「どうなるんですか?」
「死ぬか寿命が減る。まぁそんな大したことはない、魔力切れについてはややこしいから国についたら自分で調べてくれ」
なるほど、早く読んでみたいものだ。
「分かりました」
それに、だんだん魔法のルールが分かってきた。ナタリは師匠なだけに説明が上手いな。わかりやすい。だがここで一つ、自分は魔法使いになれる保証がない事にも気がついた。
「魔法使いと非魔法使いの違いってなんなんですか?僕は魔法使いになれますか?」
「よく聞いてくれた。まず魔法使いと非魔法使いの違いは、さっき言ったが、元素回路の有無だ」
「元素回路..」
「元素回路は元素を身体に通わせれることができる。さっきの飛行がいい例だ。空には風の元素が多い。だから長時間使用できた。つまり、元素回路が発現した人が魔法使いになれる、早死にしたい奴は別だがな。これが魔法使いは強い理由だ」
そう言いながらまた手のひらで小規模な竜巻を起こしてみせた。
その風のせいでロウソクが一瞬消えかけていた。
「だから人間の国の上層部は国民が魔法使いを発現すると、すぐに捕まえ、それを軍に利用できないかと日々研究をしているらしい」
ナタリの言葉が、ゆっくりと胸の奥に沈んでいく
。もし捕まったままだったら。
もし助けが来なかったら。
「もし捕まえられたままだったらどうなっていたんですか...」
ナタリは淡々と説明してくれた。
あくまでも噂らしいが。
脳から血管、臓器を色々調べられるらしい。
かなりグロい。助かったんだから想像するのはやめておく。
「発現の仕方は様々だ、発現例がランダムすぎて未だに研究が行われている。....恐らくアルのお母さんは非魔法使いだ。憲兵に撃たれずともあれだけの光力だと死んでいただろう」
・・・・・
「すまない、俺がいたのにも関わらず憲兵の攻撃を制止できなかった。謝らせてくれ」
そう言い頭を下げた。
俺は素直に俺の意識がくる前の人間に届いてほしい、と思った。こんなにも真っ直ぐな人はそうそういないだろう。
前世には言い訳もせずに一直線で謝罪できる人はかなり少なかった。
「頭を上げてください。魔法の使用で死ぬ寿命が数秒早くなっただけです。それに母が守ってくれたおかげで俺は今ここにいます。母がいなくなってからは師匠が助けてくれました。師匠も母も俺を守ってくれたんです。頭を下げるのは俺の方です」
「救ってくれてありがとうございます」
俺も頭を深々と下げた。
すると険しい顔から少し照れた様子で
「そ、その。頭を上げてくれ。一つ伝え忘れていた。アル、お前も魔法使いだ。属性は分からないがすでに元素回路が発現している。空を飛んだ時、お前の操作をした時にやたら操作しやすいと思ってたんだが。すでに元素回路が発現していたからだと分かった」
ということは
「ということは!」
「おめでとう、お前は魔法使いだ。国に着いたら魔法高専を紹介してやる。それに加えて俺の指導も入れる。楽しみにしとけよ」
やったぜ。これが異世界ってやつだ。
「はい!ありがとうございます!」
「気にすんな。あ、それとさっきの任務の話の続きなんだが....」
そのあと任務の話を教えてくれた。
元素回路の発現者とその関係者の保護。軍事利用を目的とする国から新たな犠牲者を出さないようにナタリのような魔法使いが監視と保護を目的に潜入や潜伏をしているらしい。軍縮も目的なんだとか。そしてナタリは俺がいた地域の範囲の調査を内部から秘密裏に行動していたということだ。
見つけ次第、保護と自国への護送と帰還。
そして今に至る。
今考えると俺の保護と帰還の任務は相当な重大任務なんじゃないだろうか。俺は特殊な光を放っていたらしいし....それなのにこの人は夜のお店に目が泳がされていたよな。
重大な任務を背負ったエリートなはずなのに、夜の街のネオンに心を躍らせていたさっきの姿。ギャップが激しすぎて、この人を信じていいのか一瞬不安になるが、差し出された厚手の布の温もりと、真剣に俺の身を案じてくれた言葉は本物だ。
「……まぁ、任務中も適度なリフレッシュは必要だよな。……多分」
俺が小声で納得しようとしていると、ナタリは椅子の背もたれに深く体重を預け、ふう、と長く息を吐き出した。
「さて、難しい話はここまでだ。アル、お前は今日一日で世界の仕組みがひっくり返るような経験をしたんだ。脳みその魔素も限界だろう。今日はもう休め」
そう言うと、ナタリは再び指をパチんと鳴らした。
すると、部屋の隅に積まれていた古い藁や布が風に操られてふわりと浮き上がり、床の一角に重なって即席のベッドを作り上げた。仕上げに、彼が軽く手を振ると、風の膜がその場所を包み込む。外からの隙間風をシャットアウトする「風の結界」らしい。
「すげえ……本当に便利ですね、魔法」
「こんくらいの雑なことは詠唱は要らないからな。お前の場合、まだ自分の『回路』の扱い方が分かってない。無意識に生命力を燃やしちまわないよう、これからはしっかり叩き込んでやる」
ナタリはそう言って、自分用の椅子を二つ並べて足を投げ出した。どうやら彼はそこで仮眠を取るつもりらしい。
「ナタリさんは、そこで寝るんですか?」
「俺はこれでも修羅場をくぐってきた魔法使いだ。椅子が二つあれば特等席さ。ほら、さっさと横になれ。火は消さないでおいてやる」
俺は言われた通り、即席の藁ベッドに身を沈めた。
見た目はボロいが、ナタリがクリーンにしてくれたおかげで埃臭さはない。羽織った布に包まると、飛行中に冷え切った体がゆっくりと解凍されていくのが分かった。
ロウソクの炎が壁に映し出すナタリの影は、さっきまでの冗談好きな男とは思えないほど、静かで、頼もしかった。
「……ナタリさん」
「ん?」
「助けてくれて、本当にありがとうございました。母さんのことも……その、分かってくれて」
少し沈黙が流れた。
ロウソクの芯がパチリと爆ぜる音だけが聞こえる。
「……気にするな。お前の母親が命懸けで繋いだ『回路』だ。それを守るのが、俺たち魔法使いの――いや、俺の、今の任務だ」
ナタリの声は低く、どこか優しかった。
その言葉を聞いて、ようやく張り詰めていた緊張の糸が切れた。
自分が魔法使いだということ。この世界の過酷なルール。これから始まる高専での生活。不安は山ほどあるけれど、今はただ、この命が繋がった幸運に身を委ねよう。
重力を忘れ、空を泳いでいた時の感覚が、微かな浮遊感となって意識を闇へと誘う。
薄暗い廃墟の中、揺れる小さな火を見つめながら、俺は深い眠りに落ちていった。
明日からは、俺の新しい「魔法」の人生が始まるんだ。
「おやすみなさい」
「あぁおやすみ」




