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起点


暗い。近くに微かな光を放つ灯りが見える。膝が痺れている。なんだここ。外...なのか。だんだんと周りの状況が鮮明に見えてきた。これはどういうことだ。見えたのはヨーロッパ中世の街並みに人が数十名。俺は死んだはずでは?長い走馬灯か?いや、でも俺ちゃんと死んだし....夢か?腕が重い。いつの間にか女性を抱えたまま座っていた。誰だこの女性。見覚えがない。そもそも此処がどこかもわからない。今わかるのはここが外で夜で何故か俺が生きているということ。そもそも本当に生きているのだろうか。死後の世界でもなさそうだし。夢だろうか。

「魔法行使の現場に同席していた血縁者だ」

「隙をみて拘束しろ」

いつの間にかヨーロッパにいる憲兵みたいな格好をした者達に囲まれていた。

「え?」長い銃口が一斉にこちらを向く。あれ?俺何かしちゃいました?俺は咄嗟に女性を床に寝かせ、手を上げた。憲兵達の1人が手を上げる。なんの意味があるのかすぐに分かった。銃のトリガーに全員が指を掛けた。し、死ぬ。まただ。一回死を味わったから言えるが、苦しいなんてもんじゃなかった。ゆっくり死ぬことほど嫌なものはない。せめて逝くなら一発で頭を。でも夢なら痛みはあるのだろうか。っと、それどころではなかった。何か助かる方法を考えなくては。

「おい!聞いているのか!」

まずい、とりあえず無抵抗を示すしかない。

「は、はい!何でしょうか!」

いつかのショート動画で見たことある。犬は手足を上にし、お腹を見せて無抵抗を証明するとかしないとか。

「おい、お前。なんだそのポーズは」

どうせ一回死んだ命。ここで終わらすわけにはいかない。

「無抵抗の証明であります!」そういえば魔法って言っていた様な。そんなものを使える人がいるのか?

「貴様、ふざけているのか?」

まずい。逆効果なのだろうか。しかし無抵抗なのは確かだが。パン一発、発砲音が響いた。撃たれた。左腕に掠った。痛い。当たった?血が流れてくる。本物の銃だ。夢じゃない。現実だ。痛覚も健全。ふざけている場合ではなかった。

「ひぃっごめんなさい」

俺は一体何の罪なんだ。何もしてない。

「そのままだ、拘束する」

油断していた。いや、起こることがない予測なんてできるか!そもそも此処は何処なんだ。何処の国でいつの時代なんだ。教えてくれよ神様仏様。俺が何をしたっていうんだ。

「やれ」

 すると1人が近づいてきて手を拘束し始めた。他の連中は未だに銃口をこちらに向けたままだ。何をそんなに警戒する必要があるのだろうか

「お前か?魔法を使ったのは。」

びっくりした。憲兵の1人に拘束されながら耳元で囁かれた。

「それともお前が抱いていた女性か?」

魔法。まただ聞き慣れない言葉。俺はなにも知らない、あの女性が誰なのかも、魔法が何かも。そもそも誰だこの人。敵じゃないのか。

「誰ですか、あなたは。」

「安心しろ俺はお前の味方だ。助けてやる」

味方。俺の味方なのか。しかもなんか助けてもらえるらしい。勝手に捕まり、捕まったと思ったら知らない人から助けてもらえる。いや分からんぞ。なにが起こってるんだ。

「お前の魔法の系統は何だ?」

魔法。魔法なんてものが本当に使えるなら使ってみたいものだ。そもそも何だこいつ。なんか怪しくなってきたぞ。

「・・・なにも知りません」

嘘じゃない。本当に知らないんだが。それに味方っていったのに一向に助けてくれる気配がない。

「味方....味方なら助けくださいよ。俺っなにもしてないんですよ。気付いたら此処に。とにかく何も知らないんです!お願いです!」

俺は誠心誠意頼んだ。なのに急に拘束する鎖に力が入った。いたたたた。

「お前の身内が死んだのは残念だが。声がでかいし慌てすぎだ。折角の助かるチャンスを逃すつもりか?いいか?お前は頷くだけでいい。話は後だ」

声が大きかったのか、すいまへん。なにやら状況が変わったらしく、とにかくこの人の言う通りに動いたら助かるかもしれない。それに、色々知ってそうだ。その後、俺はされるがままに連行された。俺がいた場所から少し歩くと大量の街頭のおかげで一気に明るくなり人気も増えて、街というイメージが強くなっていった。人というのも髪の毛の色が金髪や赤髪、白髪。色々だ。道中見たことない生物や建物が何百とあった。一家が立ちそうな大きさの噴水に、色が綺麗なエメラルドグリーン。何かが街頭の上からこちらを見ている、烏のようだが尻尾が異様に長い。遠くに中世ヨーロッパに立てられてそうな巨大な教会のような建造物。

「こ、これは」

確信した。見た事ない世界。知らない世界。異世界だ。アニメで幾度か見た事はあるがまさか現実で起こるとは夢にも思わなかっただろう。異世界転生というやつだろうか。

すると男が不思議そうに言った。

「お前、この国の人間だよな。なんでそんな驚いてんだ?」

あ、口が開いたままだった。そりゃ驚きますよ。なんせ始めてみるものばかりなんだから。

「いやぁ初めてみるものばかりでつい」

しまった俺は異世界から来たんだ。

俺はこの世界をまだ何も知らない。

怪しまれる発言は控えた方が良さそうだ。

さっきの発言に疑問を抱かれている。

「お前記憶喪失か?あの女性お前の母ちゃんじゃないのか?」

あの女性が?俺の母?この人何を言ってるんだ。

「本当になにも覚えてないのか?」

いや、確かに。異世界転生なら普通赤ん坊からだ。前世の記憶を思い出したってことでもなさそうだし。なんせこの世界の自分の名前すら知らない。なら転移か?いや違うな。あの女性が俺の母だったとなれば違う人格が宿っていたことになる。そもそも俺は飛行機で死ぬまでの記憶がある。しかも自分の髪の毛の色が変わっている。茶髪まではいかないが茶色よりの金髪だ。転移でも転生でもない。つまり、誰かの人格を乗っ取った。ってことだろうか。確信はできない。これはまだ推測といったところだ。

考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうだ。

とにかく俺はその類の人間。

とりあえず今は記憶喪失ということにしておく。「なにも....覚えてないです」

急に気まずい空気が漂う。

なにも知らないのだから、しょうがないことだ。例えるなら友達に親の職業を聞いて『親、いないんだ』って言われた時みたいな。

わかんないけど。

しばらく沈黙が続いた。

気になって男の方を向くと、目線が屋台の方へ続いていた。

何を見ているのか気になり、俺も目を凝らして見てみる。

そこにはボンキュッボン!のナイスバディな女性が客寄せをしていたHなお店。看板もピンク色やハートの形が多い。男の顔が緩んでいるようないないような。

この人...本当に味方か?

「そうか....今は都合が良いかもな」

そう言い静かに男が指を指を差す。

急に放たれた言葉にビクッとなった。

え、まだ話続いてたんだ...しかも、さっきまでHな誘惑に負けてた男に言われても全然響かない。とにかく、何が都合が良いのかは知らないが、何か作戦があるらしい。助かるならそれでよし。そう言いかせることにする。

「あそこの角。こいつらは左に曲がるが

俺らは右に曲がる。俺について来い」

心強い言葉なのだが、多分。今まさに憲兵がまだ列を成して俺を連行している最中。そんなことしたらすぐにバレて撃たれるんじゃないのか?

そんな不安と共に決行の場所へ近づいていった。

通路は右と左に分かれていた。

右の角を曲がった瞬間、視界が一気に開けた。目の前には、ひしめくように立ち並ぶ屋台。数もさっきの倍かそれ以上だ。楽しそうに談笑する人々の姿が広がっている。まるで異世界のお祭りにでも来たかのような賑わいだ。いや、実際に異世界なのだが。生前ならそう思うのも無理はないほどだ。思わず目が奪われる。金色の髪をした少女が、青いガラス細工を手にそこらで笑っている。飲み物を手に、カラフルな食べ物を頬張る人だかり。その瞬間、鋭い風の刃が拘束に使っていた暇を切断した。その音に一気に現実に戻された。景色を見ている場合ではない。早く逃げなければ。

「来い!」

男の声が響く。意識は一瞬現実に引き戻され、一緒に走り出す。どこをどう逃げるか、さっぱりわからないが、後ろを振り返っている暇はない。

後ろから『おい』や『逃げたぞ』など色々聞こえるが、

脳裏にあるのはただ一つ、必死に振り絞った「ついていく」という命令。人々は俺たちのすぐ横を行き交っているが、その中には無表情の憲兵たちが混じっている。連行していた連中とは別の憲兵達。あいつらの目が俺を捉えたら、一巻の終わりだ。

しばらく進むと男は急に立ち止まった。

「ここらで良いだろう、俺に近寄れ」

男が指示を出す。俺はその言葉に従い、道の端をすり抜けるように身体を寄せて進んでいた足を止めた。男の服に掴まる。人混みに背を向けると、心臓の鼓動が早まる。

あれ、俺は今何してるの。単刀直入に聞きたい。道の真ん中だ。道といってもまだ様々な屋台が立ち並んでいるが。普通に逃げた方が良くないか。何を待っているんだこの人。そんなことを考えていた俺だったがすぐに理解した。

空気が変わった。詠唱が始まったのだ。

「風よ、我に力を与えよ。 空へと舞い上がらせ、自由に翔ける力を振るわん。」

男が詠唱を終えた瞬間、どこからか現れた風が足元から螺旋を描きながら2人を建物の屋上まで押し上げた。

「人混みに逃げることによって声がかき消され、武器も気軽に使えない。この状況で逃げる場所、魔法を使う場所にとって最適な場所ってことだ」

いや、そんなことより今やったのはなんなんだ。

「魔法....」

これが魔法。詠唱を唱えるだけで発動できるのか?これがこの世界の日常なのか?魔法が身近にある世界。心の底からやってみたい。

「お前魔法見るの初めてか?」

男が憲兵の帽子を脱いで髪をかきむしりながら聞いてきた。

「はい...」

何この人カッコ良すぎる!今だけ結婚したい!

「俺はお前に色々聞きたいことがあるし、お前も俺に聞きたいことがあるだろ?」

そう言いながらさっき脱いだ帽子を投げ捨てた。

そりゃ勿論。

「山ほどあります!」

そう言うと男は笑い出した。

え、今、何かツボがあっただろうか。

あまりにも急に笑うなこの人。そう言えばさっき逃げる前にずっと目線がボンキュッボンのお姉さんだった。目線が胸に釘付けだったよな。まさか変態な上に変人なのかこの男。

「いや、お前があまりにも大きな声で返事するから。下の連中にバレちまった」

そう言いながらまだ笑っている。

あぁーなるほど。変態ではあるが変人ではないようだ。まだ。

この短時間で変態と、魔法使い、しか印象がない男。パワーワードすぎるな。俺まで笑えてきそうだ。

そんなことより....

たまに銃声が聞こえるが大丈夫だろうか。俺らいつの間にか包囲されてないか?

この男、全く焦る気配がない。

あのぉそろそろ...逃げt

「行くか」


「ど、どこへ?」


「安全な国へだ。俺はお前を保護する任務が課せられた身でもある。安全に連れてってやる、俺の故郷。魔法使いの国へ」

ほうほう!なんか楽しくなってきた。

思いもよらない形で終わり、そして始まった新しい生活か。

生前の家族や知人。手で数える程しかいないがそれでも大切な人だった。もう会えないのは悲しいが、それでもこっちの世界で生きていかなければならない。あいにく別れの挨拶はしてきた。この世界で与えられた2度目の人生だ。利用しないでどうする。0から始めるんだ。異世界転生?いや墜落から始まった2度目の人生。墜落転生。ダサいな、やっぱ無しで。だが道筋は決まった前世より価値あるものにしてみせる。

「俺はナタリだ。お前の名前は?」

名前。2度目の人生。前世と同じ名前だと色々危ないと考慮した上で新しい名前で生きることにした。捨てはしない。心の中に置いておく。何かこの世界に合った名前がないだろうか。

そこで下に見えた屋台の看板に目がつく。

「俺の名前は、アルティだ。」

アルティメットチェスバーガー。

どんな味か気になるな。

そういえばこの世界の文字が読める。

今考えても仕方ないな。また今度じっくり考えることにする。

「アルティか。短くて呼びやすい良い名前じゃねぇか。どっかの国の小難しい貴族の名前よりよっぽどマシな名前だ」

ナタリはそう言って、今度はニヤリと笑った。その笑顔には、さっきまで俺を囲んでいた憲兵としての冷徹さは微塵も感じられない。


「さて、アルティ。いつまでもここで油断してるわけにはいかない。追っ手はすぐに屋上まで上がってくる。魔法使いの国へ行くには、ここから少し『強引な旅』になるが……心の準備はいいか?」


「強引な旅....?」

俺が聞き返す暇もなく、ナタリは俺の腰をがっしりと腕で抱え込んだ。

「ん、え?」

一体何が起ころうとしてるんだ。

不安、といっても好奇心の方が強い。信頼が生まれたことを認識した瞬間だった。

「噛むなよ、舌。――『風の猛獣よ我が力に応えよ』

爆風のような衝撃が体を覆う。

「これって....もしかして空飛びます?」

ジェットコースターは中学生の修学旅行で乗ったことはあるが本当に最悪だった。とにかく思い出したくもないあの死の瀬戸際のアトラクション。

無言でニカっと笑っている。

あ、まずい。

「ちょっと!待っ」

先ほどよりも何倍も強い風の塊が、俺たちの体を上空へと弾き出した。視界が急激に浮上し、さっきまでいた屋台の灯りが、まるでひっくり返した宝石箱のように遠ざかっていく。

なんて綺麗なんだ。あの小さい一つ一つの光が俺が居た場所とはおもえない。

なんて良い景色なんだ、あぁ吐きそう。

実際空を飛んでいること自体にはすごく驚いている。

「ははっ……すげぇ……」

「だろ? これが魔法の醍醐味だ!」

空中を滑るように進む中、俺は確信した。

いじめられていたあの日々も、酒に溺れた親父の怒鳴り声も、もう届かない。

あの飛行機が墜落した大西洋の底に、全部置いてきたんだ。

夜風が全身を突き抜けていった。

ナタリに連れられ、俺は「魔法使いの国」へと向かう。

そこにはきっと、俺を虐げた連中には想像もつかないような、圧倒的な力が、知識が、そして「自由」が待っているはずだ。

叔母さん、先生。……俺、こっちでやり直してみるよ

心の中で二人だけに別れを告げ、俺は前を向いた。

いつの間にか吐き気なんて消えていた。

ナタリの故郷まで、あとどれくらいだろうか。

「ナタリ。魔法もですが、今度ピンクのお店も教えてください。俺も調査がしたいです」

見た目からしてナタリの年齢は俺よりやや年上。

それなりに経験があるはずだ。魔法が使えるようになるためならなんだってやってやる。

それにピンクのお店だってどんなけしからんことをやっているのか調査しなければ。そのためならなんだってできる。

これは興味があるということではなく、調査しなければならないのだ。決して興味があるわけではない。

「それなら、俺の弟子にしてやっても良い。俺は魔法も店の知識も豊富な方だ。まぁやるかやらないかはお前が決めろ」

そんなもの返事はイエスかはいしかない。

「お願いします」

「ふははは、即答じゃねぇか。良いだろう、何をするとしてもまずは着いてからだ」

「はい!」

「ははは、意外と余裕じゃねぇか! 気に入ったぜ、アルティ!」

墜落から始まった、俺の異世界生活。

どうやら、深慮する暇はなさそうだ。

「飛ばすぞ!」

「はい!」

こうして俺は異世界の第一歩を踏み出した。

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