墜落転生
暇だから書いてみた。
俺は17歳。そこらへんにいる一般人だ。もっと言えば男子高校生でこれから飛行機に乗る人間である。これからイギリスへ留学しに行くのだ。そろそろ飛行機に乗らなければいけない時間だが、見送りに来てくれるのは誰もいない。いるはずが無いのだ。俺は学校で虐められていた。俺が知っている原因は一つ。些細なことから始まった。高1の春、美術作品を汚してしまった。それだけだった。相手は学年のリーダー的存在の彼女。言い訳も虚しく、その日から始まった。トイレで殴られたり、弁当を捨てられたり、さんざんだった。家では父が酒に溺れて暴力を振るってくる毎日。父曰く母は俺を産んだ日に死んだらしい。詳しくは教えてくれなかった。死にたいと思う日も沢山あった。死なずにここまでやってこれたのは叔母のおかげだった。最近は体調が悪く入院と退院の毎日だが。当時はいつもそばにいてくれた。下校も自宅には帰らず叔母の家に帰ることが多かった。留学の経費も全部負担してくれた。なんて優しいんだ。唯一の逃げ場が勉強だったおかげか留学に行けるほど英語が上達した。そんなことを考えながら叔母の家で飼われている猫の写真を眺めていた。そろそろ出発の時間か。日本に帰るのは2年後。日本を噛み締めたい気持ちもあるがさっきから出発を急かすアナウンスが流れている。嫌な高校生活だったが、叔母と保健室の先生の2人は大好きさ。「行ってきます」そう言い飛行機に搭乗した。
おっといかん。いつのまにか寝ていた。観ていた映画がエンディングを終えている。離陸から何時間経っただろうか。今が午後の4時だから、そこから計算をすると6時間経っている。となると、3時間は寝ていたということになる。悪くない睡眠だった。飛行機に乗るのはこれが初になるが快適といえば快適だ。唯一心配なのが墜落だな。いつか地理の先生が飛行機恐怖症とか言ってたな。懐かしい。実際、宝くじの1等に当たる確率よりは高いらしい。世界ニュースではよく見るが、やはり怖いものは怖いのである。あ、フラグ立ったな。やめよう。日本での忌々しい思い出も、溜まりに溜まった鬱屈とした感情も、全部ここに置いていければいいのに。 ……なんて格好つけたことを考えている場合じゃなかった。今まさに俺の体の中から『置いていきたい』と猛烈に主張しているものがある。情緒もへったくれもない、ただの便意だ。便意と言っても小の方。すぐにでも行ってスッキリしたい。隣の席の赤ちゃんがずっとこちらを眺めている。俺が動いて泣くとかやめてくれよ。それにしても、トイレが近くて良かった。不意の振動で漏れそう。ないけど。俺はゆっくり立ち上がりトイレへ向かった。幸運にも誰も入ってなかったため直ぐに入ることができた。小便は半日分出た。男には分かるだろう数十秒出る時の快感が。そしてズボンを上げた時、全身が揺れた。正確にいうと飛行機が揺れた。考える時間を与えてくれなかった。一気に身体が浮き上に叩きつけられた。その衝撃で頭から出血をしていた。飛行機に何か起こったのか、それとも一時的なものなのか。何が起こっているんだ。状況が理解できない。そうだ。窓から外が見える。外の光景は凄まじいものだった。こんなこと予期できただろうか。羽から発煙している。さらに外板が剥がれ落ちながら落下している。近くに陸はない。落下地点は海だろう。飛行機墜落。日本新聞、いや世界新聞で大きく報道されるんだろうな。アドレナリンのせいだろうか、痛みがあまりない。どうすれば良い。どうすれば助かる。個室の外から聞こえる悲鳴と、酸素マスクが落ちるガシャンという音が何百と重なって聞こえる。機内放送がまともに喋れてないことから予想するに操縦も上手くいってないだろう。酸素マスクもなければシートベルトもない此処で何ができるだろうか。取手を掴み身体を固定する。そんなことで助かるわけが無い。結局は墜落してしまえば全員死ぬだろう。やけに頭の回転が速いな。「死ぬ、のか」まだこれからだった。これから始まるはずだったんだ。 あいつら……俺の作品を笑って踏みにじったあの女や、それを見て見ぬふりをした取り巻きども。あいつらが今ごろ日本で、のうのうとマックかどこかでダべっている間に、俺は血を吐く思いで英単語を詰め込んできた。 あいつらが「将来何しよっかなー」なんてヘラヘラ笑っている間に、俺はあいつらより何倍も努力して、泥水をすするような毎日を耐えて、ようやくこのチケットを掴み取ったんだ。なのに、結果がこれ。運命ってやつは、どこまで俺をいたぶれば気が済むんだ。神様だか仏様だか知らないが、性格が悪すぎるだろ。 結局、必死に足掻いたところで、俺みたいな人間には最初から「救い」なんて用意されてなかったってことか。あいつらみたいな「持ってる側」の人間は、今この瞬間も安全な地面の上で明日を疑わずに生きているのに。……だが、皮肉なもんだ。俺の生存本能ってやつは、こんな絶望的な状況でもまだ諦めてくれないらしい。
心はもう「勝手にしろ」と投げやりなのに、指先は必死に何かを掴もうと震え、肺は煙を吸い込んででも酸素を求めてあえいでいる。体が、生きたいと叫んでいる。心は諦めているのに身体がいうことを聞かない。聞いてくれない。辛い、痛い。遠くで爆発音が鳴った。何が起こっているのか分からないが想像はできる。数秒後、機体が垂直に落下し始めた。その衝撃で肋骨、左脚を強打した。多分折れているだろう。もう左眼が何も見えない。開けても真っ暗なままだ。直後、両手の力が抜けた。気付くとお腹に突起物が刺さっていた。いや、貫通していた。手洗い器が割れてそのまま後ろから入ったんだろう。臭い。あぁここトイレだった。最悪の死に場所だな。意識が遠のいていく。叔母さんがくれた留学費用が台無しになってしまう。ごめん、先生。叔母さん。死にたくない。「...にたくない」あぁ、夢だったらなぁ。その瞬間轟音と共に一瞬で周囲が熱くなり俺は死んだ。2009年11月19日 ロンドン行き旅客機、大西洋上で爆発 520人の生存絶望。
2009年11月21日日本人約200名のうち125名死亡確認。約75名行方不明。
初心者です。




