ややこしい異世界
誤字脱字あるかもです。
「迎えに来たぞー」
朝一番、俺は毛布を剥ぎ取られた。
時刻は朝の7時。温泉の余韻でまだふやけていた俺の脳みそは、ナタリの口から出た「迎え」というワードで一気に叩き起こされた。
「……あの、師匠。昨日、もしかして俺、今から解剖か何かに連れて行かれるんですか?」
「まぁ安心しろ、ボスが『俺の目の黒いうちはモルモットにはさせん!』って張り切って胸ボタンを政府のやつの顔に飛ばしてたからな……まぁ、その後に『ボタンの代わりにそのガキの身柄をよこせって言って、二日間による大論争なんだけどな」
「胸ボタン顔に当てるって...どんな嫌がらせだよ」
眠たいせいか声に張りが出ない。
「そんで今から最高意思決定機関『ラピス・トリビューナ』で盛大な殴り合い(口頭)が始まるわけだ」
・・・・。
「全然安心できないんだけど」
ルークから借りた少し大きめの青いジャージ(やっぱり着心地は最高)のまま、俺はナタリさんに連れられて一年寮を出た。
昨日、ソラやルークと笑いながら歩いた綺麗なロータリーが、心なしか今日の俺には処刑台への花道に見える。前世の受験期、合格発表を見に行く時だってこんなに胃は痛くならなかったぞ。
連れて行かれたのは、王都ルミナスの中心、中央統括庁のさらに奥にそびえ立つ、文字通り白亜の巨大な議事堂だった。
大理石の床に俺の靴音が虚しく響く。重厚な扉の前に立つと、ナタリが珍しく真面目な顔をして俺の肩を叩いた。
「いいかアル。中に入ったら、基本は何も喋るな。あと、どれだけ偉そうなジジイに睨まれても、絶対に目を合わせるな。あ、それと、奥の席に座ってる目が死んでるイケメンには近づくなよ。あれはこの国の防衛騎士団長で、この国で5指に入るバケモンだからな」
「バケモノ……」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
扉が開かれる。
中に入ると、そこはすり鉢状になった円卓の会議室だった。
上を見上げれば、いかにも「私は税金で高い飯を食っています」と言わんばかりの、豪華な法衣を着た政府の役人や、偏屈そうな白衣の研究者たちがズラリと並んで俺を見下ろしている。
中央の隔離スペースのような場所に立たされると、すぐ前にボスであるヴァルダーが、背中で「任せろ」と語るかのような圧倒的な筋肉の壁となって立ってくれた。シャツのボタンは、一つ欠けて糸が出ていた。
俺の為に犠牲になってくれてありがとうボタン。
そして、その少し離れた特等席。
肘をついて、退屈そうに爪を眺めている一人の男がいた。
防衛騎士団長.......
ナタリの言う通り、二十代後半ほどの端正な顔立ちをしているが、その瞳は完全に死んでいる。月曜朝の満員電車に乗っている会社員くらい、この世の全てが面倒くさそうなオーラを放っていた。
「――定刻だ。これより、身元不明の異常発現者、アルティについての処遇を決定する」
頭上から、裁判官のような冷徹な声が響いた。
さぁ、俺の異世界第二の人生をかけた、大人たちの泥沼のキャッチボールの始まりだ。
「さて、まずそこの異端児。お前のその体。我々研究機関にその身を捧げ、国家の平和のために研究対象……いや、調査をさせてもらうのが筋というものだろう?」
頭上から降ってきたのは、白衣を着た目が血走っている研究者の、いかにもマッドサイエンティストなセリフだった。冷徹な声がすり鉢状の会議室に響き渡る。
俺の背中にドッと冷たい汗が流れた。前世の理科の実験でカエルを解剖したことはあるが、まさか自分がカエルの立場になるかもしれないなんて、誰が想像するか。
「おいおい、ジジイども。話が違うじゃねぇか」
地鳴りのような声で遮ったのは、俺の前に立つ筋肉が際立つボスだ。
「貴様も充分ジジイではないか」と聞こえたのは多分気のせいだろう。
一歩前に出ただけで、ボスの分厚い胸板がさらに膨らみ、残された白シャツのボタン君たちが一斉に悲鳴を上げる。
「こいつはナタリが拾ってきた、いわば俺たちの身内だ。ただでさえ記憶損失で頭が混乱してんだぞ。それをいきなり薄暗い研究室に閉じ込めて生体検査だと? ふざけんじゃねぇ。そんなことする暇があるなら、俺たちの『魔法科高専学院』に通わせて、立派な戦力として育て上げた方がよっぽど国のためだろ!」
「何を言うか! 1人1能力の絶対法則を乱す存在なのだぞ!? もし外部の『国抜け』や『帝国』にこの情報が漏れ、誘拐でもされたらどうする! 国家の最高機密として、今すぐ隔離すべきだ!」
政府の役人が机を叩いて怒鳴り散らす。
「隔離しろ」「いや学院だ」の応酬。
そもそも正式名称が魔法科高専学院ということを今初めて知った。
あぁ、これだ。アニメやラノベでよく見る、大人の派閥争いに巻き込まれる主人公の構図。ただ、当事者になってみると、胃に穴が空きそうなくらいに恐ろしい。神様仏様、早く温泉に戻らせてください。
大人たちが顔を真っ赤にして口頭での殴り合いを続ける中、ずっと退屈そうに爪をいじっていたあの「死んだ目のイケメン」が、ふぅ、と深くため息をついた。
「……あー、うるせ。朝からおっさんたちの怒鳴り声なんて聞きたくないんだけど」
「......レイガルド・フォン・アスタロス殿...」
白衣を着た研究者達が驚いている。
騎士団長レイガルド・フォン・アスタロス。
彼がボソリと呟いた瞬間、あれだけ騒がしかった会議室が、まるで水を打ったように静まり返った。圧倒的な強者が放つ、目に見えないプレッシャー。ナタリが「バケモノ」と評した意味が、肌に刺さる空気だけで理解できた。
レイガルドは椅子の背もたれに体を預け、死んだ目のまま、すり鉢の底にいる俺をじっと見つめてくる。
「本音を言えばさ、こんな面白い素質持ったガキ、縛り付けずに自由にさせて泳がせておけばいいじゃん、って思うわけ。その方が後々、面白いものが見られそうだし」
(めちゃくちゃいい人じゃん……!)と俺が心の中で感動しかけた、その時だった。
「でも、それじゃあそっちの頭の固い役人や研究者の方々が、夜も眠れないくらい枕を高くして怯えちゃうわけでしょ? はぁ……それなら、間を取って『妥協案』にしよう」
レイガルドは人差し指を一本立てた。
「このガキは予定通り、ヴァルダーの学院に通わせる。ただし、完全に『国の管理下』に置く。――条件は三つ」
死んだ目の中に、一瞬だけ鋭い光が宿る。
「一つ、在学中はもちろん、卒業後もルミナスの結界の外、つまり『国外への外出・任務』は一切禁止。一生この国の中で防衛のために働いてもらう。
二つ、月に一度、研究機関に出頭して魔力の精密測定データを提出すること。
三つ、もし少しでも不穏な動きを見せたら、その時は俺が直々にこのガキを処分する。……これでいいでしょ?」
一生、国外への外出禁止。
それはつまり、俺がこの国という「安全で美しい鳥籠」の中で、一生お国のために飼い殺されることを意味していた。
厳しい。厳しすぎるが、今すぐ解剖されるよりは、1万倍マシだ。
「……チッ、聖騎士団長がそこまで言うなら、今回は妥協してやろう」
研究者たちが不満げに席に座り直す。
ヴァルダーも「国外禁止は手厳しいが……まぁ、限られてはいるが身が安全なら」と納得したように頷いた。
「――決議する。アルティの処遇は、国家管理下の特例生として、魔法科高専学院への入校を許可する」
頭上から響いた裁判官の声。
(え、もう終わり?)
会議はほんの数分だった。多分10分経ってない。かなり早く決議されたようだ。
こうして、俺の異世界での身分は「解剖されかけたモルモット」から、「一生外出禁止の国家最高機密・学生」へとランクアップ(?)した。
会議室を出て、どっと押し寄せた疲労感に足をよろめかせていると、ナタリがいつもの締まりのない顔で俺の背中をバシバシと叩いた。
「よくやった。 最低限、解剖ルートは回避できたな。一生この街から出られない呪いが解けるまでは、様子見だ」
「……はい」
青いジャージの袖を握りしめ、俺は議事堂の出口の向こうに見える、明るい太陽の光を見つめた。
縛りはきついが、それでも俺には、あの最高な隣人コンビと、これから学ぶ魔法の未来がある。
それに縛りプレイには自信がある。
そう、縛りプレイ。一応言っとくが下ネタでは無い。決して。
外に出ると心地よい風が吹いていた。
「あの人は...」
遅れて出てきたのは
黒い一級防衛職の制服に、金色の装飾。聖教都市ルミナスの聖騎士団長、レイガルド・フォン・アスタロスだっけ。
「レイガルドだな」そう言いレイガルドに近寄るナタリ。
俺は遅れてあとを追った。
怖いというかなんというか、近寄りがたい人ではある。
「なぁレイガルドあの本ちゃんと返せよ」
「なんのことだ」
「お前っあの本だよ!俺があげたやつ!読んでねぇのか?」
「......あぁあれか、あれ本じゃなくてただの写真集」
そう言いかけた瞬間ナタリが口を塞いだ。
「ばっかお前。ここまだ声が響くだろうが!写真集の価値分かってんのか?俺は1冊没収されてお前にやったのしか残ってねぇんだよ」
ナタリのベッドの下のコレクションって絶対写真集だろ。
というかそんなに価値が高いのか写真集。
しかもこの2人、見た感じ仲が良いらしい。
てっきり仲が悪いのかと思っていた。
さっきの忠告は一体なんだったんだろう。
後でわかったのだがカメラというものこの世界にはまだ無く、写真を作るアウターによって製造されるらしい。故に価値がかなり高いらしい。
結局レイガルドに写真集の在り方をあやふやにされたまま帰ってしまった。
(あれはもう無いな)
ナタリも多分そう思ったのかだいぶしょんぼりしていた。
その後、俺はナタリと共に訓練を再開した。
自主練が功をなしたおかげか難なく基礎らしいモノができるようになり、「これ以上は学院で学べ」ということになった。
ということで明日から早速学院に登校となる。
そして、その準備を済ませる為に寮のすぐ外にある店で買い物に来た。
「この魔法の杖かなり高そうだな」
「200万ジールだってさ」
ソラにそう言われて慌てて触るのをやめた。
ちなみに1000ジールあれば一年何も働かずに暮らせる金額だ。さらに世界共通金貨でどこでも使える。
つまり王様か貴族しか買えない。
そうそう、王様と言えばこの国には一応王様がいるらしい。
いると言っても大体の事は政治家達に任せているらしく、外交やラピス・トリビューナで決まった重要な決まり事に最後の印を押すといった仕事くらいだ。
それと周辺国との交流だ。
周辺国を説明するにはまずこの世界の地形から説明しなければいけなくなる。
まず、大陸。
買い物の途中、ソラが近くの雑貨屋の店先に広げられていた簡易的な地図を指差しながら、この世界の恐ろしい縮図を教えてくれた。
「俺たちがいる聖教都市ルミナスは、この大陸の北西の端っこにある。北には年中雪が降り積もる『雪山鉱山』があって、資源には困らない......問題は、ここから南との情勢だ」
ソラの手指が、大陸の中央に広がる広大な緑の地帯をなぞる。
「ルミナスの東側には『火山鉱山』と、戦いを生業にする『剣の国』...バルカニアがある。この国はルミナスの唯一の同盟国だ。厄介な連中は、俺たちのすぐ南に陣取ってるバカみたいにデカい国......『人間の国』だ。こいつらとは対立関係にある。なんせ膨大な鉄資源を俺らが独占してるからな」
社会の授業を思い出す。社会は好きな方だった。全ての出来事にドラマがあって面白いからだ。
「ここ数100年一回も攻められていないのはガルバ・クラインという英雄によって作られた幻覚の森のおかげなんだ」
英雄譚ガルバ・クラインは知っている。部屋で読んだ英雄譚に出てきた1人だ。約600年前、人間は魔法使い、獣人、を迫害した。同種族にも関わらず魔法が使える者はなりふり構わず殺した。恋人を失ったガルバ・クラインは復讐ではなく守る意志を選び、己の命と引き換えに能力を発動。魔法を持たぬ者を拒み、弱き者を守る森を創り出した、世界を変えた英雄の物語。原種の固有能力の発現者とも言われている。
と、簡単にするとこんな感じだ。
「だが、もっと厄介な奴らはこのガルメリアの森の何処かに住む国抜け共だ。様々な犯罪に手を染めている....」
ソラが続けて説明してくれた。
気をつけます。...まてよ、ソラの出身地ってもしかしてそこ(剣の国バルカニア)なのだろうか。話の流れ的にルークやソラは獣人ってことになる。見た目はほぼ人間に見えるが。
「ソラの出身地は東....ってことはバルカニアから来たってこと?」
「いや、俺はバルカニアじゃなくて火山鉱山の資源を扱う小国のアリスメアってところだ」
うむ、ややこしい。これ以上はまた今度にしよう。獣人のことも。
そう思いふと地図を見ると、ルミナスの数倍はある面積を「人間の国」が占めていることに気づく。
「そこ一体、人間種だけの国だ。ルミナスみたいに亜人やエルフを認めない、かなり排他的な思想を持ってる。しかもそのさらに南東の海を挟んだ先には、虎視眈々と領土拡大を狙う『帝国』までいやがる」
「.....めちゃくちゃ四面楚歌だな」
俺は思わず引きつった声を漏らした。
ソラはこの言葉がどういった意味か分からなそうに無視し続きを説明してくれた。
「だから我がルミナスは、いつ攻め込まれてもいいように結界を張り巡らせて、防衛職に肉体強度の高い亜人たちを詰め込んでるんだ。まぁ亜人がほとんどってこともあるがな。人間の魔法使いは5分の1人程度らしいし。
さっきお前が会ったっていう聖騎士団長のレイガルド様も、鷲の亜人としてのバケモノじみた能力があるからこそ、あの若さで南の国境を一人で睨みつけてるんだぜ」
ソラの話を聞きながら、俺は冷や汗が止まらなくなっていた。色々気になるが、「鷲」この世界にも鷲という生き物がいる。謎だ。そういえばナタリとルミナスへ向かう最中も地球にいた動物に似た生き物がいた。何かしら繋がってるのかもしれない。
学院で学ぶ必要大アリだな。
「....よし、やっぱり大人しく学校に通おう」
「うし、変な顔してないで早く必要なもん買うぞ!明日からいよいよ、俺たちの魔法科高専学院の生活が始まるんだからな!」ソラに背中をドオンと叩かれ、俺は前を向いた。
俺はソラと共に残り少ない給付されたお金を握りしめ次の店へと歩き始めた。
迫り来る不穏な世界情勢。だけど、俺の隣には頼もしい(やかましい)友達がいる。あとルークも。
バックにはボスだってついてる。
なんとかなるだろう。
こうして必要な物を揃えて明日へ挑むことにした。




