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第五章:ナノマシンの刻印、リナの異変

調理室を脱出した二人は、暗く入り組んだ排気ダクトの中に身を潜めていた。 リナを救い出せた安堵に包まれるはずのアーサーだったが、背負っているリナの体が、異常に熱いことに気づく。

「リナ……? 大丈夫か?」

「アーサー……なんだか、体が……変なの。内側から、何かに『書き換えられて』いるみたいで……」

リナの首筋を見ると、そこには異様な幾何学模様が浮かび上がっていた。 それは痣ではない。皮膚の下で、無数の極小機械——ナノマシンが蠢いているのだ。

アーサーは戦慄した。 異星人たちは、ただ人間を殺して食べるのではない。 彼らの文明にとって、食事とは「芸術」であり、最高の食感と味覚を引き出すために、生きたまま「調理用ナノマシン」を注入し、細胞レベルで肉質を改造する。それが彼らの「下ごしらえ」だった。

「待ってろ、今すぐ……!」

アーサーは、先ほど奪った高周波ナイフの出力を調整し、即席の医療スキャナーとして代用した。古書にあった「電磁波」の知識が、ナノマシンの駆動周波数を特定させる。

リナの体内で、ナノマシンは彼女の骨を「より噛み切りやすく」脆くし、筋肉を「より甘く」溶けるような脂質へと変えようとしていた。このままでは、彼女は自我を保ったまま、文字通り「最高級の肉」へと成り果ててしまう。

「リナ、痛むぞ。耐えてくれ!」

アーサーは、リナの首筋にナイフの背面を当て、特定の周波数を流し込んだ。 ナノマシン同士の通信を妨害し、強制停止させるためのギャンブル。

「あ、あああぁぁぁ……っ!」

リナが激しく身悶えし、目、鼻、耳から、銀色の液体——機能を停止したナノマシンの残骸が溢れ出した。 数分後、彼女の呼吸は落ち着き、不気味な模様は消え去った。

しかし、代償は大きかった。 ナノマシンを強制停止させた副作用か、リナの左腕は、もはや人間のそれとは違う、異星人の装甲のような質感に変貌していた。

「アーサー……私、もう人間じゃないかもしれない……」

「違う。それは、お前が生き延びるために手に入れた『武器』だ。俺たちは二人で、この地獄を終わらせるんだ」

リナの変異した腕は、人間には不可能な力で、ダクトの硬い金属を紙のように引き裂いた。家畜が「怪物」へと進化した瞬間だった。


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