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セシア伝  作者: 海森 真珠
第1章
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第17話 剣を持つかごの鳥Ⅰ

 セシリア―トが塔へ戻った翌日、二名の兵士の死体が井戸から悲惨な姿で発見された。それはランリャと共に話をした兵たちで、自殺で処理をされたが彼らにその動機はなく使用人たちの間では『第一王子に関わったために死の呪いが降りかかった』と噂されていた。


 窓のない窓枠に腰かけ、ちらりと外の様子を覗いたセシリア―トは二日前に運ばれてきた固いパンをむしって乱暴に口に放り込みながらぼやく。


「……意図がバレバレだよ」


 言葉が向かう先は塔を囲む十名ほどの兵たち。彼らが纏う制服は紅色で、胸元にはユーゲル公爵家の家紋が銀糸で刺繍されている。今まで塔の管理は神殿の管轄であったため、兵が派遣されるとなれば神殿の警備兵だった。

 しかし、先日の一件で現王妃の実家であり、現宰相のフィンデント公爵の私兵が塔の警備を行うことになったのだ。警備とは名ばかり、隠すつもりもない立派な監視に他ならない。


 セシリア―トが接触を許されるのは三日に一度、治療のためにやってくるランリャのみ。一か月後に迫った処刑まで、徹底して外部との接触を絶たせる魂胆だろう。兵の目がある以上、セシリア―トが簡単に塔の外へ出ることは許されず、ランリャが持ち込むものでさえ確認される始末。予言を恐れる神殿の警備兵と違って、ユーゲル公爵家の私兵はよく手懐けられている。アイデルシオ家のランリャに対しても忖度はしないのだ。


「あ」


 塔の下へランリャがやってきたのが見えた。兵たちに荷物を確認され、そのまま扉へ手をかけ入る。それを見てからすぐにセシリア―トは窓枠から降りひんやりと心地よい石の冷たさを足裏に感じながら、階段を数段駆け下りた。


「今日はー?」


 すると、下からランリャの問いかけが聞こえた。それに対してセシリア―トは「五!」と程よい大きさで叫ぶ。


 汗をぬぐいながら階段を上ってきたランリャにセシリア―トは水を差し出す。もう何度も繰り返したやり取りだ。ランリャも何も言わず、差し出された水を一気に飲み干し一息ついた。


「毎日、罠の位置を変えるなんてご苦労なことね」

「物心ついたときからの日課だからもうなんとも」


 秘密を抱え常に命の危険と隣り合わせだったセシリア―トは、塔の階段に様々な罠を仕掛けている。罠を仕掛けた段数の足場を踏むと、矢が飛び出したり、毒の塗られた刃が足を貫いたり。どれも刺客に向けた殺傷能力のある罠ばかりだ。そしてそれは毎日場所を変えている。


 セシリア―トはランリャに促され、寝台に腰かけた。慣れた手つきで診察が行われていく。


「特に異常はなさそうね。毒もすっかり抜けてるわ。栄養に偏りがないように持ってきた食事はきちんと食べなさいよ」


 そう言ってランリャは三日分の食事が入ったかごを押し付けてきた。ふと、その中に本があることに気づく。


「これは……古書?」

「ノア考古学者からよ。エディを訪ねてきたから、私が本だけ受け取っておいたわ。暇つぶしに……と言っても、ここにも本はたくさんあるみたいだけど」

「ああ、そうだった……」


 ノアは博覧会の日の約束をしっかり実行に移したようだ。バタバタしていてすっかり忘れていたセシリア―トは感心と呆れの入り混じった生返事をしてそれを受け取った。


「それと、ヴィンセント王子から手紙を預かってるわ」

「ヴィンセントから?」


 塔の周りは監視の目が多い。さすがにヴィンセントも今までのようにここへ容易に近づくことはできない。ランリャが手紙を持ってくることだけが唯一の連絡手段だ。


 手紙には短く『八日後、決行』とあった。


「一応、伝えておくけど。彼、今は城内にいないわよ」

「ではどこに?」

「東のクコリリ山で騎士たちと七日間の修練に参加しに行ったわ。昨日の朝、出発したはずよ」


 初耳の行事に、セシリア―トは目を瞬かせた。

 騎士たちに混ざって訓練を受けているとは言っていたが、他国の王子が城外に出て泊りがけの修練に参加するなど珍しい。もはやここまでくると、この国の騎士にでもなるつもりかと言いたくなる。何者かの思惑が絡んでいると思えてしまうのは、考えすぎか。


「……ねえ、一つ聞いていいかしら」


 唐突にランリャが口を開いた。彼女にしては珍しく、遠慮しがちな態度にセシリア―トは心の中で首を傾げつつ、頷く。


「前大神官ハリアトスに会ったことはあるの?」

「あ……」


 意を決したようにセシリア―トの瞳を直視するランリャに、思わずたじろいだ。全ての元凶である前大神官の話題をセシリア―トに振るということは、それだけこの話題がランリャにとって重要だと予想はできる。


 だが、セシリア―トにとっても悪い意味でとても重要だ。予言を抜きに、人生唯一の過ちとも言えるだろう。


「…………ある」


 それでも、答えなければいけない気がした。

 ほんの少しランリャの瞳が揺れたような気がしたが、それも一瞬でランリャはいつも通りのふてぶてしさを全面に出す。


「そう。……なら話は早いわ。以前も言ったと思うけど、私は実家のアイデルシオ家とそりが合わなくて絶縁しているの。周りが私をどう扱おうと、私自身アイデルシオの名は捨ててる。だからあなたのこの境遇も私には関係ないし、ただあんたが患者だからこうやって世話してやってるだけ。間違っても罪悪感から、なんて思わないでよ」


 ランリャらしい物言いに、セシリア―トは思わず大きな声で笑った。


「はははっ! わかってるよ、そんなこと一度も思ったことはない」

「ならいいわ」

「むしろこうやってただの患者として接してくれてることに感謝してる」

「そう」


 言いつつ、ランリャは立ち上がった。あまり長居しては外の兵たちに不審がられる。八日後まで、普段通りの生活を送ることが何より重要だ。ランリャを巻き込まずに抜け出せる方法を見つけないと、とそんな考えを頭に、セシリア―トはランリャを塔から見送った。



 その日の夜、不自然に塔を囲っていた兵士たちがいなくなった。ここ数日、ネズミ一匹入らせないくらいの心意気で監視していたにも関わらず、誰一人として塔の周りからいなくなったのだ。


 さすがにセシリア―トは不審に思い、寝間着姿から普段着へと着替える。念のため、顔を隠す布を服の袖に突っ込んだ。明かりを消してこっそりと窓のない窓枠から外を覗いていると、しばらくして人影が月明かりに照らされて現れた。


「……ライラ?」


 それは、セシリア―トもよく知っている侍女のライラだった。キョロキョロと落ち着きなく、怯えたように何かを手に持ったライラはあろうことか塔の扉に手をかけた。


「っ!」


 セシリア―トは驚きながらもすぐさま窓のない窓枠から飛び降り、階段を駆け下りる。ライラの目的はわからないが何も知らないまま階段を上ってしまえば、対刺客用に仕掛けた罠で大怪我をしかねない。上がってこないように言わなければと、口を開く。


「とまっ……」


 言いかけ、はっと気づく。

 ライラは、セシリア―トと助手のエディが同一人物だと知らない。ここで声をかければ怖がらせてしまうのは必至で、それ以上にセシリア―トとエディが同一人物だと知られるのは、彼女にとっても危険なこと。

 そう思いとどまり、セシリア―トはライラの様子を窺った。すると、ライラは入口あたりで何かごそごそと動いてすぐに塔から立ち去って行った。夜で暗いということもあり、入口付近はよく見えないが、ライラのような侍女が何か仕掛けてくるとは思えない。


「明日の朝にでも確認するか」


 兵士たちがいなくなったことは不審に思えるが、塔の上が何より安全だ。とにかく日が昇るまで動くのは待とうと、セシリア―トはいつものように寝台に横になり眠りについた。



 翌朝、早朝。

 セシリア―トは兵士たちの怒鳴り声で叩き起こされた。


「セシリア―ト・ダリア・ウィンザー! 今すぐ表へ出てこい!」


 覚醒しきっていない頭に響く声に、顔をしかめながらセシリア―トは瞳を開いた。何事かと思いつつのんびり寝台の上で体を起こしていると、再び罵声が飛んできた。


「拒否するならば、即刻引きずり出すっ!」


 血気盛んすぎるその主張にセシリア―トは呆れかえって、不平とツッコみをこぼす。


「……短気すぎるだろう。兵士の採用基準に“単細胞”とでもあるのか」


 理由のわからない突然の呼び出しに、セシリア―トが応じる必要はない。無視をすれば良いが、如何せん状況が良くない。今は七日後の脱出日まで従順な姿を見せた方が得策なのだ。


 が、それでも面倒なものは面倒。

 睡眠を邪魔された文句をぶつくさと言いながら、顔を隠す布は忘れずにつけて外へ出た。目に飛び込んできたのは、物々しい雰囲気を纏った数人の兵士たち。セシリア―トをその濁った瞳に捕らえると、一人が荒々しく命令した。


「――捕まえろっ!」

「なッ」


 逃げる間もなく、両腕を後ろにねじり上げられ地面に無理やり膝をつけさせられた。無抵抗の相手にふさわしくない力加減で、セシリア―トの腕はミシミシと悲鳴をあげている。


「――ぐッ。何のつもりだっ、お前たち!」


 あまりの痛みに、やっと出せたその言葉を兵士が鼻で笑う。


「貴様は生れ落ちた瞬間から王族ではない! 穢れた忌み子め。軽々しく我々のことを“お前たち”などと呼ぶな! 罪人の癖に生意気だっ。身の程を知れッ」


 パンッ!


 セシリア―トの右頬に衝撃が走った。弾かれたように目の前が一瞬、真っ白になり、口の端が切れたのか血が伝った。熱くなった頬を認識して、一歩遅れて殴られたのだと気づいた。鍛えられた兵士の平手打ちはセシリア―トにとって重すぎる。その拍子に、つけていた布が地面に落ち素顔が露になった。

 紫水色の髪に赤茶の瞳、すっと通った鼻筋に薄く無表情に近い唇。どこをとっても父親である現国王にそっくりな端正な造りの顔だ。


 だが、そんなことを気にも留めないで兵士は耳にざらつくような声色で言い放った。


「国王がご危篤だ! 大神官曰く、国王は呪いにかかられた。下手人及び呪いに関する物を城内でくまなく探せとの王妃様のご命令だ! セシリア―ト・ダリア・ウィンザー、大人しく命に従え!」

「……何だって?」


 耳を疑う内容にセシリア―トは頬の衝撃と腕の痛みを一瞬、忘れた。


「――探せッ!」

「「「はいッ」」」


 兵士たちは何かを探すため、塔の中へずかずかと入っていく。普段ならそれを制止したセシリア―トだが、今そんな余裕はない。目の前でセシリア―トを睨む兵士の言ったことをオウムのように繰り返す。


「陛下が……危篤?」


 一体、何が起こった。

 父親である国王はまだ四十代前半で、大きな病気を患っているという話は聞いたことがない。そんな人が突然、危篤なんて。しかも、傍に大神官がついて、呪いという判断を下した。さすがに大神官が私欲のために国王に手を下すとは考えられないが、何か裏があるとしか思えない。


 状況を把握するので精一杯のセシリア―トの耳に、再び信じられない声が飛び込んだ。


「あっ、ありました! こちらを」


 塔を物色していた兵士が何かを手に、セシリア―トを見張っていた隊長格らしき兵へ渡した。それを見た瞬間、その男は目を見開き手渡されたものを掲げて叫ぶ。


「陛下の姿形を模した木人形、額に王の文字、胴体に呪の文字が刻まれているッ! まさしく呪詛の証拠だ! 貴様、よくもこんな大それたことを!」

「なんッ……だ、それ」

「貴様の罪は明白。それでもしらを切り通すつもりか! ……ならば、自白するまで痛い目に合わせてやる! ――おい、拷問の準備をッ」

「「「はい」」」


 兵士たちはセシリア―トに弁明の余地さえ与えず、いつの間にか用意した拷問器具にセシリア―トを吊るしあげた。つま先が地面につくかつかないかギリギリの高さで両腕を斜め上で固定されたその姿勢だけでも辛いのに、あろうことか隊長格の兵士が自らムチを手に近づいてくる。


「木人形など知らないッ! そもそも、お前たちが直接私に罰を与えるなんーーあがッ!」


 無実だと言う主張を口にした瞬間、兵士はセシリア―トめがけてムチを思いっきり振りかぶった。肉が張り裂けそうな激痛に息が詰まり、反射でうめく。


「だまれ、罪人! 無駄口を叩かず自白しろッ」


 そう言いながら、兵士は再び憎悪と鬱憤を込めてムチを振りかぶった。


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