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セシア伝  作者: 海森 真珠
第1章
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第16話 難問と悪意Ⅲ


 博覧会はやむを得ず中止となり、すぐに城の門全てが閉じられた。人の出入りを制限し、セシリア―トを捕らえるためだ。今、城中の人間は、処刑が一か月後に迫った第一王子が恐れをなして逃げ出したと思っているのだろう。


 王妃を囲むように兵士が集まり、物々しい雰囲気に博覧会に参加していたご婦人たちは震えあがっていた。


「王妃様、第二王子殿下、すぐに居所へお戻りください」

「なぜこんなことにっ!?」

「告発がありました。『第一王子が塔から抜け出した』と。念のため塔へ行き外から確認したところ、何の反応もなかったので告発は事実だったようです。幸い、城門は全て閉じられたので第一王子が捕まるのも時間の問題です。どうか、ご安心ください」


 先ほどまでの穏やかな表情から一変、ヒステリックに叫ぶ王妃に兵士は委縮しつつも答えた。隣では第二王子であるアイネリオが王妃に似た可愛らしい顔を恐怖に染めている。一体、第一王子であり兄であるセシリア―トにどんな印象を持っているのか。政敵にすらなり得ないセシリア―トを嫌悪し、王妃がアイネリオに何か吹き込んでいるのは一目瞭然だ。


 王妃付きの侍女たちもすぐさま動き、王妃を支えながら言った。


「王妃様! 急いで居所へ戻りましょうっ」

「え、ええ。そうね」

「第二王子殿下、どうぞこちらへ」

「う、うん」


 真っ青な顔で頷くと、王妃とアイネリオは緑化宮を後にした。

 だが、この状況で自由に動けるのは王妃と第二王子のみ。その他の人間は兵士たちが状況を正確に把握できるまで、ここで待機しなければいけなくなった。例外的に、考古学者ノアは神殿の警備兵がどこかへ連れて行った。


「エディ」


 珍しく緊張感のある声色で、ランリャがセシリア―トに話しかけた。


「どうするつもり」


 セシリア―トの正体を知るのはランリャとヴィンセントだけだ。なぜ塔から出たことがバレたのかはわからないが、この状況をなんとか切り抜けないと最悪の場合、処刑日が今日になってしまうかもしれない。


「……塔に戻らないと」

「兵士がうろうろしているのよ。塔に戻るのはおろか、この緑化宮からすら出るのは無理だわ」


 ランリャは苦言を呈すが、今は一刻を争う。手段など選んでいられない。焦る気持ちを押し殺して、セシリア―トはある作戦をランリャに伝えた。


「っあんた! とんでもないこと考えるわね」

「これでもやられたらやり返さないと気が済まない性格なんだ」


 いつかの塔の放火を思い出して、ふんと鼻を鳴らしたセシリア―トに、ランリャは引きつった顔を見せた。だがすぐにライラを呼んで、作戦を実行に移す。ランリャもランリャで肝が据わっている。


「ライラ、一緒に来なさい」

「え? わ、わたしですかっ?」


 ランリャの助手に扮したエディことセシリア―ト、ランリャ、そしてライラの三人は緑化宮の入口に向かう。その姿を捉えた兵士は手に持っていた槍で入口を塞いだ。ガシャンという鈍い音が響く。


「ここから出ることは許されません。お戻りください」

「私は侍医のランリャ。第二王子殿下の主治医でもあるの。この状況で動転された殿下に何かあっては大変よ。主治医として傍にいる必要があるわ。どきなさい」


 何の躊躇いもなく言うランリャに怯んだ兵士の一人が槍を下ろしかけた。だが、もう一人の兵士は焦りながらもランリャを制止しようとした。


「で、ですがっ! これは命令で」

「よく考えてものを言いなさい!」


 被せるように兵士めがけて鋭い叱責が飛ぶ。


「ここでぐずぐずしている間に第二王子殿下に何かあったらどう責任をとるつもり? あなたたちの首では到底足りないのよ。それとも何? 私がこの機に乗じて何かするとでも思ってるわけ? 第二王子殿下の主治医であり陛下の診察もするこの私が?」

「めっ、滅相もありません」


 ランリャの気迫に震えあがった兵士たちはお互いに顔を見合わせ、おずおずと槍を下ろした。その間をランリャは堂々と闊歩する。セシリア―トとライラは無言でそのあとをついていった。笑いを堪える無言と、恐れおののく無言、それぞれで無言の意味合いは違ったが。




 塔の周りは多くの兵で囲まれていた。

 木の陰からこっそりとその様子を窺うセシリア―トはライラとランリャの帰りを待つ。


「上手くできただろうか……」


 自分の考えた作戦通りに今、ライラとランリャには動いてもらっている。変わり者のランリャはともかく、ウィンザー王国の善良な民であるライラには酷な頼みをしてしまったなと気に病むが、今は緊急事態だ。無事に事が済んだら、好きなだけ頼みを聞いてやろう。そんなことを思っていると、塔を囲っていた兵がざわつき始めた。


「お、おいっ! あれは何だ!?」


 そう言って指さしたのは神殿。もくもくと煙が上がり、やがて神殿の方からも悲鳴が聞こえた。


「かっ! 火事だーっ!」

「神殿がっ!」


 ここいる兵は神殿の警備兵。神殿に何か異常があったとなれば、まずそちらを優先するだろう。事実、兵たちはすでに神殿の方へと足を向けかけている。


 しかし、


「待て! ここから全員が離れてしまうのはまずい。二手に分かれるぞ!」


 兵のリーダーらしき男が全員に向け、そう叫んだ。


 全員が神殿の火事に駆け付けると予想していたセシリア―トは、この事態に唇を噛む。神殿の警備兵は、一般の兵とは違いとても信仰の深い人間を配置していると聞く。それなのに、神殿が火事にも関わらず思いのほか冷静な判断ができる人間がいたようだ。

 そして、ガチャガチャと鎧の音を鳴らしながら兵の大半は神殿へと急いで向かっていった。だが、二名ほどこの場に残ってしまったのだ。これではこっそりと塔へ戻ることができない。


「エディ」


 ふいに後ろで声がした。


「ランリャ医師!」


 セシリア―トの“お願い”を実行して戻ってきたランリャが、塔の周りに残った兵を見て顔をしかめる。


「……どうするの、これ」

「ランリャ医師だけが塔へ入ったという事実が欲しかったが、仕方ない。助手(わたし)も入ろう」

「他に方法がないようね。……わかったわ。ついてきて」


 セシリア―トはしっかりと半透明の布で顔半分下を隠し、ランリャを先頭に木の陰から兵の前へと歩み出た。


「何者だ!」


 兵が警戒心を露に、手に持つ槍を突き付けてきた。それに怯むことなくランリャは先ほどと同じようなことを告げる。


「侍医のランリャよ。塔の中を確認するわ。万が一、中で第一王子が倒れていた場合は治療する人間が必要でしょう」

「治療だと? ……医師風情が誰の許可を得て」


 兵士の一人が怪訝な顔をして、暴言ともとれる言葉を発しかけたとき、もう一人の兵士が慌ててそれを止めた。


「おっ、おい! ばか、やめろ。ランリャ医師は仮にも“アイデルシオ”だぞ」

「は?」

「だからっ! 前大神官の直系の孫で、現大神官様の姪のっ」

「っ!」


 暴言を吐きかけた兵士は仲間の兵士の言葉に目を見開き、驚愕した。

 アイデルシオ一族は代々、大神官を輩出している家門で、前大神官も現代神官もアイデルシオ家の人間だ。つまり、神殿という権力の塊の中枢にいるのがアイデルシオ家。

 自分たちが今、どんな家柄の人間と対峙しているのか察した兵士は顔を青ざめさせ慌てて何かを言おうと口を開く。しかし、それより早くランリャが不機嫌に言った。


「アイデルシオは関係ない。私は医師として言ってるの。どきなさい」

「し、失礼致しましたっ!」


 失態を犯したと言わんばかりに、兵士たちは頭を下げ、塔の入口から遠ざかった。ランリャの出自を利用するつもりは毛頭なかったが、兵士たちの対応はこちらとしては好都合だ。彼らの無様な姿を一瞥して、ランリャとエディことセシリア―トは強引かつ無事に塔の中に入ったのだった。





 王妃宮では、フィリネス王妃を兄のフィンデント公爵が訪ねていた。


「お兄様、これはお兄様の策かしら?」


 先ほどまで青ざめていた顔から一変、王妃は優雅に最高級の紅茶を楽しみながら、世間話をするかのようにそう問いかけた。


「そうだ、と言いたいところだが。()俺ではない。……こっちへ来なさい」


 王妃とよく似た桃色の髪の毛を上にあげ、気難しそうな表情のフィンデント公爵は自身の息子を手招きした。ゆっくりと王妃の前に現れたのは、フィンデント公爵とはあまり似ていない感情の抜け落ちたような無表情の青年だ。


「お目にかかります、王妃様。オスカーです」

「まあ、そんなに畏まらないで。私はあなたの叔母なのよ、オスカー。すっかり立派になったわね」


 オスカーを王妃はにこやかに迎え入れた。第二王子のアイネリオと従兄弟同士のオスカーも、くせ毛の桃色の髪をふわりと揺らして伏し目がちにお辞儀をする。流れるような動作で椅子に座ると、オスカーの代わりにフィンデント公爵が話し始めた。


「塔にあの者がいないという情報を得たのはオスカーだ。以前からオスカーには塔の監視を任せていたからな」

「あら、そうでしたの?」


 きょとんとした表情を見せた王妃に、フィンデント公爵は眉を寄せながら小さくため息をついた。


「“あの者が生きている限り不安がなくなることはない。だから最後の時まで様子を見ていてほしい”と言っていたのはお前だぞ、フィリネス」

「まあ! 嬉しいわ、お兄様。わたくしの言ったことを覚えていてくださったのね。オスカーもわたくしのために、ありがとう。塔の監視なんて恐ろしかったでしょう?」

「……いえ」


 ガラス玉のように美しい瞳で感激したように礼を言う王妃に、オスカーは軽く頭を下げた。話が通じているようで通じていない、この奇妙な違和感にオスカーはちらりと父であるフィンデント公爵を見やる。しかし、視線が合うことはない。


「王妃様、公爵様の使いの者が」


 扉の前で控えていた侍女が、静かにそう告げた。


「通しなさい」


 入ってきたのはフィンデント公爵の護衛だった。ユーゲル公爵家の家紋が銀糸で刺繍された深い紅色の護衛服を身に着けたその男は、三人に向けて報告する。


「神殿で火事が発生しました。火の勢いが強いため鎮火に時間を要しているようです」

「まあ、大変」

「……神殿はよい。“箱”がなくなれば、また代わりの“箱”を用意すれば済む話だ。続けろ」


 ほとんど驚く素振りを見せない公爵は、淡々と報告を聞く。


「はい。それと、塔には第一王子がいたそうです。現在、ランリャ医師が塔の中へ入り倒れていた第一王子を治療しています」

「何ですって!?」


 第一王子に関する報告に、大きく動揺した王妃は持っていたティーカップを床に落とした。ガシャンという音が部屋に響く。


「落ち着け、フィリネス。……もうよい。お前は外で待機していろ」

「はい」


 公爵の指示に、護衛は踵を返して美しい姿勢を崩さず部屋を出た。

 割れて散らばったカップの破片をすぐさま片付け、新しいものを用意した優秀な侍女たちも話の邪魔にならないよう、空気の如く壁際で待機する。


「お兄様っ! どういうことですの!? あの者が初めから塔にいたということでしょうっ。せっかくの機会だと思ったのに! オスカーっ、そなた、一体どんな仕事をしているのっ」

「落ち着け。フィリネス、よく聞くんだ。誰が“初めから塔にいた”などと言った?」

「え……?」


 含みを持たせたフィンデント公爵の言い方に、王妃は動きを止めた。


「オスカー、説明を」

「はい、父上」


 フィンデント公爵に代わって、今度はオスカーが状況を説明するべく口を開いた。


「第一王子が塔を抜け出したのは事実です。恐らく、抜け出した事実が発覚したことを知り、兵の目を掻い潜って塔へ戻ったのでしょう。しかし、処刑を早める理由に今回の件を利用するべきではありません。第一王子の味方を炙り出すために策を講じさせて頂きました」

「第一王子の味方? 塔で幽閉暮らしのあの者に味方などいるはずないわ」


 王妃は怪訝な顔でオスカーの言い分を否定した。しかし、それに対してオスカーは静かに首を横に振る。


「味方でなくとも、どんな理由であれ第一王子に手を貸す可能性のある者がいるかもしれません。第一王子に迫る危険を故意に作り出すことで見つけ出せるのです。処刑まで残り一か月、念には念を。あらゆる可能性を潰して、確実に第一王子を葬るべきかと」

「……まあ! まあ、まあ! そんな考えがあったのね、オスカー。素晴らしいわ! 先ほどは思わず大きな声を出してしまってごめんなさいね。もうっ、わたくしったら、はしたない」


 頬を赤らめ自身の行いを恥じる王妃の姿は、可憐な少女のそれ。コロコロと変わる王妃の態度に、フィンデント公爵や侍女たちはすっかり慣れている。

 そこで、補足するようにフィンデント公爵も口を挟んだ。


「オスカーの策通り、ネズミが引っかかったようだな。……ランリャ医師とは。少々、意外だ」

「殺しなさい!」


 有無を言わせず、王妃は不快感を全面に出して叫んだ。ランリャは第二王子であるアイネリオの主治医でもある。そんな人物が政敵である第一王子に味方をしているならば、傍に置いておくことはできない。だが、その主張を分かった上でオスカーは別の提案をした。


「王妃様。ランリャ医師は医術に長けており、殺してしまうには惜しい人材です。幸い、ランリャ医師は医術に対して裏表がない。彼女の前では、たとえ敵であっても怪我人は怪我人で、病人は病人でしょう。ですから様子を見つつ、状況に応じて上手く利用する方が得策かと思います」

「……確かに医術で彼女の右に出る者はいないわ。アイネリオも彼女を嫌がっている素振りはないようだし………………いいわ。オスカーの言う通りにしましょう。ただし、アイネに危害を加える素振りを見せたら、即刻その場で首を切りなさい」

「ありがとうございます。仰せのままに」


 話がひと段落したところで、フィンデント公爵が席を立った。


「我々はこれからやることがある。これで失礼するとしよう」

「そうね、殿。オスカーもしっかり父親のことを補佐するのよ。必要なものがあれば遠慮なく言ってちょうだい。用意させるわ」

「お気遣いありがとうございます、王妃様」


 アンガス・グレンダの父親であるグレンダ前宰相が失脚してから、新たに宰相の座についたのがフィンデント公爵だ。これにより、国内で王妃の実家であるユーゲル公爵家の勢力はもはや誰にも止められないものとなっていた。


 王妃の部屋から出る間際、思い出したように王妃がオスカーに問いかけた。


「そういえば、オスカーはグレンダ前宰相の息子と仲が良かったのではなかったかしら? お見舞には行ったの?」

「…………数回、話をした程度です」

「あら、そう」


 そんな答えをして、オスカーは王妃宮を後にした。


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