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第六節 現代社会におけるメスガキの位置づけ
現代日本において、メスガキは一般的な動物とは異なる独自の法的地位を有している。
人間と同等の知能を持つことから、意思疎通や一定の自己決定能力が認められる一方、飼育対象としての伝統的な位置づけも維持されている。
このため、メスガキの扱いについては現在もさまざまな議論が存在する。
特に分からせを受けた個体については、人間への服従義務と、個体の健康や生活の質をどのように両立させるかが重要な課題となっている。
近年の研究では、飼育者との安定した信頼関係が、メスガキの健康状態や社会性に好ましい影響を与えることが報告されている。
その一方で、メスガキは人間の言葉を理解し、自らの意思を表明できるため、飼育者がその能力を過大評価し、必要な世話を怠る事例も確認されている。
例えば、衛生管理を本人任せにした結果、皮膚疾患や慢性的な栄養不足を引き起こす事例は、学校飼育の現場でも少なくない。
メスガキが自らの不調を言葉で訴えられるからといって、飼育者の責任が軽減されるわけではない。
むしろ、言葉を理解し、感情を持ち、個体ごとに異なる性格を備えているからこそ、飼育者には適切な知識と観察が求められるのである。
『メスガキの生態について』
国立生物文化研究所 編纂/改訂第七版・第2章「人類とメスガキの共生史」より抜粋
手早く体を拭き終えると、そそくさとパンツを履き、洗面所を出て部屋着に着替えた。こうして冷静に考えると、さっきまで何だか自分がとんでもない事をしていたような気がする。
落ち着け。これは飼育委員としての仕事だ。彼女が、いや、メスガキが風邪をひいたら大変だ。
僕は先ほどリビングに用意したお古の寝巻きを手に取ると洗面所に戻って、バスタオルを巻いている彼女に手渡した。
「これ、着なよ」
「服……良いんですか?」
「うん。どうせもう、小さくなって着れなくなったものだから」
「じゃあ、あの、ありがとうございます」
少しだけ、嘘だった。小六の時に着ていたパジャマだ。特別思い入れがあるわけではないが、あの時まではまだ、お父さんとお母さんと一緒の寝室で、三人で寝ていた。思えばあの頃が自分の人生で一番幸福な時だった。
「……大切にします」
でもまあ。お世話とはいえ一緒にお風呂まで入った仲だ。こいつに着られるなら別にいいかな。メスガキの幸せそうな顔を見ていると、何となくそう思える。
不思議なもんだ。今日の放課後まで……いや、コンビニに寄る前くらいまでは、こんな委員やりたくないって思ってたのに。今は何故だか、それほど嫌な気分じゃない。
それどころか……
「あのさ、名前」
考えがまとまるより先に、自分の口から言葉が出ていた。
「名前?」
「ごめん、さっき聞いたと思うんだけど……君の名前。改めてもう一度教えてもらっても良い? 今度はちゃんと覚えるから」
彼女は少しだけ目を丸くして、それから少しだけ口を尖らせた。
「酷い。さっき、ちゃんと聞いてなかったんだ。ショックです」
「ごめんて」
彼女は冗談めかして言ってくれたけど、僕は笑う気にはなれなかった。その代わりに少しだけ深呼吸する。
今まで僕が向けた、いや、向けてこなかった関心の分、これから彼女のことをもっと知りたいと思った。
「僕は滋賀内拓海。今日から君の……お世話係です。よろしく」
「拓海さん、私、美羽です。ただの美羽。よろしくお願いします」
「うん。改めて、その、よろしく」
辿々しく返事をすると美羽はぎこちなく笑った。気がつけば僕も笑っていた。多分、美羽と同じような辿々しい笑顔だったと思う。それで良かった。
少しだけ、空気が温かくなった気がする。
美羽が僕のあげたパジャマに首を通すと、シャンプーと入浴剤が混じったような匂いがした。自分も同じ匂いのはずなのに、美羽からは女の子の匂いする。それに今気がついたけど、やっぱり美羽は美人だ。
クラスの誰よりも、山下さんよりも可愛いんじゃないか。明日可愛くなった美羽を見て、他の奴らが話しかけてきたらどうしよう。
なぜか、想像したらモヤっとする。
袖を通して鏡の前で確認する彼女を見ていたら、そんなどうでも良いことばかり頭に浮かんでくる。
そう思っていた時だった。
「じゃあ私、そろそろ帰りますね。久しぶりに楽しかったです。ありがとうございました」
「えっ……」
そうだ。美羽の帰る家は僕の家でもなく、どこの家でもなかった。学校だ。夜の教室だ。そうだった。あまりに自然に話していて忘れていた。どれだけ仲良くなったとしても、美羽は……メスガキだ。
美羽の表情は明るかった。それがなぜか、無理をしているように見えて少し胸が痛かった。
「いや、もう少しゆっくりして行ったら? 今お風呂から出たばっかりだし、髪もまだ乾いてないし。湯冷めするって。帰る時は僕が送っていくから、もう少し居なよ。ほら、なんか食べるもの持ってくるから」
「でも……お家の人が帰ってきたら、きっと拓海さん、すごく怒られちゃうと思うので」
「ああ、そんな事。大丈夫だよ。うちは親は夜遅いから。いつも僕が寝た後に帰ってくるし、学校に行く時はもう仕事に出掛けてるんだ。帰ってこない日も普通にあるよ」
「そうなんですか……」
「だからさ……」
考えて喋っていたわけではなかった。だから次の言葉は自分でも予想外だった。
「もう少しだけ、一緒にいない?」
思い返すと、きっと僕はこの時から一人で過ごす事を寂しく思っていて……。
きっとこの時から、美羽の事を好きになっていったんだと思う。




