④
第四節 分からせ後の行動変化
分からせを受けたメスガキには、いくつかの特徴的な行動変化が観察される。
最も顕著なのは、人間に対する挑発行動の減少である。
通常のメスガキは、相手の反応を楽しむために挑発的な言動を繰り返す傾向がある。しかし、分からせ後の個体では、こうした行動が著しく減少する。
また、人間と会話する際に敬語を使用する頻度が高くなり、命令に対して即座に従う傾向が見られる。
ただし、これらの変化が生得的な生理反応によるものなのか、社会的な学習によるものなのかについては、現在も結論が出ていない。
特筆すべきは、分からせによってメスガキ本来の感情や欲求が失われるわけではないという点である。
食事、睡眠、衛生、娯楽、社会的交流などに対する欲求は、通常個体とほぼ変わらない。
喜怒哀楽も保持されており、適切な飼育環境では活発な感情表現が確認される。
そのため、分からせ後の個体が無口で従順であることを、必ずしも本人の満足や幸福の表れと解釈してはならない。
『メスガキの生態について』
国立生物文化研究所 編纂/改訂第七版・第2章「人類とメスガキの共生史」より抜粋
家の近所のコンビニに自転車を停める。メスガキはゆっくりと降りたが、自転車の荷台から飛び降りる拍子にふらっとバランスを崩した。
僕は慌てて駆け寄った。
「おい、大丈夫か?!」
「あ……大丈夫です。ちょっと、外に出たのが久しぶりだったので」
確かにトイレか給水くらいしか、外に出られないもんな。だからこんなに色白で、もやしみたいなのか。もう数ヶ月も一緒のクラスのはずなのに、今の今まで気にも留めて無かったもんなぁ。
「大丈夫です。ちょっと休めば良くなるので……」
「あー……無理すんな。ちょっとそこの木陰で休んでな。僕、飲み物買ってくるから。調子悪そうだからポカリで良い?」
「ポカ……? 何でも良いです、すみません」
僕は肩を貸しながらメスガキをコンビニの横の日陰で休ませると、店内に入ってポカリを二本買った。すみのフードコートには、高校生らしきお姉さん達が屯している。
本当は空調の効いた店内の方が良いのだろうが、流石にメスガキを連れて入ったら店員さんに怒られるだろう。
「おーい、買ってきたぞぉ」
僕が手を振ると、メスガキは力なく微笑んだ。
ペットボトルの蓋を回して手渡すと、喉が乾いていたのか勢いよく飲み始めた。
「……んくっ、んくっ、んくっ……」
「おいおい、そんなに一気に飲むと体に悪いよ」
「……っぷはぁ! す、すみません……あんまり美味しいもので、つい……」
意外だった事が、自分でも意外だった。
「ポカリ、飲んだことないの?」
「いえ。昔は……風邪を引いた時にお母さんがよく買ってきてくれました」
「お母さん、ってさっきも言ってたよな。メスガキのお母さんって、やっぱりメスガキなの? ていうか、メスしかいないのに子供とかどーすんの? メス同士で交尾すんの?」
僕の質問にメスガキは少し顔を赤くした。
「生殖機能は人間と変わらないので……多分、普通に人間と同じだと思います。私のお父さんは……人間だったので」
そういえば、この前に保健体育の授業で聞いた気がする。体の構造上、メスガキとも性行為は可能だが、メスガキとの間の子供は100%の確率でメスガキになるらしい。そうなるとまともな社会生活は、ほぼほぼ送れなくなる。メスガキ愛護法にも反する行為だが、一般的にも普通にアウトだろう。
「へぇー……物好きもいるもんだなぁ」
「…………」
「あ……悪い。声に出てた」
「いえ……」
気まずいな。聞くんじゃなかった。
「いや、じゃあそのさ。お父さんとお母さんがいるなら何でうちなんかに来たわけ? 僕がいうのも何だけどさ、うちの学校って環境よくないと思うんだよ。このご時世にクーラーも無いし。飯も給食の残りだし。あんなところにずっといるから体調も悪くなっちゃうんだと思うな」
「お母さんは死にました。お父さんは会った事がありません」
…………
「そろそろ行くか。日が暮れる前に風呂にしよう」
「はい」
僕は何も聞かなかったことにした。その後は何も話しかける事なく、黙々とペダルを漕いだ。
⭐︎
「じゃ、入れよ。上履きはちゃんと玄関で脱げよ。あ、やっぱり足を拭くタオル持ってくるから、ちょっと待ってて」
家に着くと案の定、鍵が掛かっていて家には誰もいなかった。まあ、それが分かってるから連れてきたわけだが。
お父さんは単身赴任で北海道に行っているし、お母さんは仕事中だ。どうせ今日も飲んで帰ってくるのだろう。二年前、お父さんの浮気を知ってから、お母さんは変わってしまった。そしてお父さんは、それきり帰って来ていない。
「お邪魔します」
「礼儀正しいな。まあ、くつろいでも良いけどお前はまず風呂ね。沸かす間、勝手にその辺に座るなよ」
「分かりました」
手早く浴槽にお湯を入れ、その間に適当な着替えを探す。折角だからそのボロい肌着も捨てて、新しいのを着せてやるか。僕はメスガキを待たせると、2階の押入れからお古をいくつか引っ張り出して吟味した。
メスガキの喜びそうな服なんか分かるわけがなかったが、結局どれを選んでも今のよりはマシという結論に落ち着いた。
「おーい、お待たせー……って、ええ!?」
下に降りて洗面所の方まで戻ると、目に入って来たのは一糸纏わぬメスガキの姿だった。
「なに脱いでるんだよ!」
思わず声が上ずる。メスガキの体はどこからどう見ても普通の女の子だった。いや、女の子の裸なんて実物は見たことないけど。まあ今はそれはいい。
「すみません……久しぶりのお風呂が待ち遠しくって、つい……」
「あわわわ……そ、そうだよな! うん、久しぶりだもんな! じゃあ、その、入っていいからゆっくりしてね!」
落ち着け、相手は人間じゃない、メスガキだ。これじゃあ山下さんの言った通り、メスガキ好きな変態みたいじゃないか!
僕は両手で顔を隠しながら、それでも指の隙間からチラリと体を見る。白くて細い体は栄養不足であまり綺麗とは言えなかったが、それでも目が離せない不思議な魅力を感じた。
「え……あの? 拓海さんが洗ってくれるんじゃないんですか?」
「ぼ、僕が?! ど、どどどどどうして!」
まさか、こいつ僕のこと好きになったんじゃ!? あり得る、だってさっきジュース奢ったし! こうして家に連れて来てお風呂まで入れてあげてるし! いや、マズイってこれ!! 何とかして断らないと!!!
「どうしてって……飼育委員なんですよね……?」
メスガキは心底不思議そうにキョトンとした。
……
ああ。そうだったわ。




