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第三節 分からせの成立
分からせとは、罪を犯したメスガキに対し、人間への恒久的な服従義務を課す伝統的な処遇制度の総称である。
その起源は明らかではないが、紀元前1200年頃の小アジア地方において、すでに類似した慣習が存在したと考えられている。
現代の分からせ制度には地域ごとの差異があるものの、基本原則は共通している。
一度でも罪を犯し、正式に分からせを受けたメスガキは、その後の生涯にわたり、人間に対する反抗を禁じられる。
ここでいう反抗には、暴力行為だけでなく、侮辱、挑発、命令への不服従なども含まれる。
ただし、日常生活における意見表明や正当な要求がどこまで反抗に該当するかについては、時代や地域によって解釈が異なる。
古代においては、分からせは主に共同体からの追放に代わる処分として機能していた。
当時、挑発行動の強いメスガキは共同体内で軋轢を生みやすく、特に有力者への侮辱は重大な罪とみなされていた。
一方、メスガキは人類と同等の知性を持ち、労働や共同生活に参加できることから、共同体から排除するよりも、服従を条件に生活を認める方が合理的であると考えられた。
こうして分からせは、処罰と保護の両面を持つ制度として発展した。
しかし、その本質が人間とメスガキの間に不可逆的な上下関係を形成することにある点は、古代から現代まで変わっていない。
『メスガキの生態について』
国立生物文化研究所 編纂/改訂第七版・第2章「人類とメスガキの共生史」より抜粋
「お世話、してくれるんですか……?」
「えっ?」
いやいや、何を言い出すんだこの子は。完全に方便だったじゃないか。メスガキだから分かんないのか?
メスガキはキラキラした目でこちらを見ている。そんな目で見られると、流石に断りづらいって……
「あー、うん、そうだね。飼育委員だからね。まあ、無理にとは言わないけど。やって欲しい事とかなかったら別に良いんだけど」
「あ、あります!」
あるのかよ。
「分かった分かった。じゃあ、僕は何をすれば良いの?」
「わ、私、その……お風呂に、入りたいんです」
「風呂?」
「ここに来てからもう何ヶ月もお風呂に入ってなくて……体中臭いし、痒いし、本当はもう限界で……もう、耐えられません」
意外だった。メスガキって風呂好きなのか。自分で体を拭いてるし、毛繕いもしてるからてっきりそれで良いのかと思ってた。
「お風呂ねえ……。砂風呂とか、シャンプーパウダーみたいなやつ? あいにくどっちもうちのクラスにはないと思うよ」
「お湯は平気なので……拓海さんのお家の、その、お風呂を……」
ええ! 僕の家に来るつもりなの!? てか、普通の風呂かよ! 嫌だなあ……汚そうだし。家族は……問題ないけど。
「うーん、でもなぁ……」
「やっぱり、ダメですか……」
確かに先代さんの態度をみていると、メスガキに愛情を持っているとは言い難かった。
仕方ない。
僕もやらされ仕事ではあるが乗り掛かった船だ。何よりメスガキとはいえ、意思疎通が出来る生き物の頼みを断るのは心苦しい。
「しょうがない。でも、風呂に入ったら大人しくここに戻ってくるんだぞ」
「え……良いんですか!? わーい! やったぁ!!!!」
メスガキは飛び上がって喜んだ。意外だった。こいつ、こんな顔もできるんだな。新学期が始まってから、この子の笑顔は初めて見る気がする。
……ちょっとだけ、可愛いじゃん。
「どうしたんですか拓海さん、少しお顔、赤くなってま「な、何でもないよ!」
あっぶねー! 何考えてるんだ、相手はメスガキだぞ!! ムッツリどころか、うっかりアブノーマルな変態に舵を切るところだった。まったく、一瞬とはいえメスガキに欲情するなんてどうかしてる。
僕は先生にメスガキの外出許可を取ると、首輪とリードを受け取ってメスガキの首に嵌めた。
「キツく無い? 家まで自転車で30分くらいだけど走れる?」
「すみません、無理です。でもお願いします、なるべく頑張りますから」
「なるべくと言われてもなあ」
確かにその細い足で30分もランニングしたら折れてしまうかもしれない。そうなったら明日のクラス会で何を言われるか、たまったもんでは無い。そもそもなぜ初日からこんな苦労を自分がしなくてはいけないのだろう。
もうすでに少し後悔していたが、僕はすぐに名案を思いついた。
「そうだ、後ろに乗せれば良いじゃん」
⭐︎
校門前、メスガキの外出許可をとるのに時間が掛かったので、もう時間は既に午後5時を指していた。まだ外は明るいが、もう周りには誰もいない。野球部らしき男子達の規律正しい号令が聞こえるのと、テニス? バレー?部の女の子達の「ナイッサー!」という掛け声が聞こえる。あいつらがくだらない青春を謳歌してる間に、僕は更にくだらないクラス委員の用事を一人で黙々とこなしている。我ながら真面目だ。
校舎裏に停めてある自転車を正門まで引っ張り出し、メスガキに見せると、メスガキは興味深そうにそれを見た。
「自転車乗ったことある?」
「小さい頃、お母さんと少し」
「じゃあまあ、説明はしなくて良いよね。後ろに乗ってくれたら、僕が漕ぐから。落ちてほしくは無いけど、汚いから服に掴まるのはやめてね。サドルの後ろなら、捕まってても良いから」
「はい、すみません……」
そうしてサドルにまたがり、踏ん張った後にメスガキもおずおずと後ろに乗った。ペダルを漕ぎ出す。軽そうな見た目なのに、意外と重い。
実は僕は二人乗りというのは初めてで、いつか好きな女の子としたいなという漠然とした憧れを持っていた。まあ、別に何か目標とかじゃ無いし、どうでもいいんだけど、まさかメスガキを後ろに乗せることになるとは。
別に変じゃ無いよな? 犬を後ろに乗せているようなもんだし。でも、犬を乗せてチャリを漕いでたら僕も見るよな? くそっ、みんなが僕を見てる気がする。早く着いてくれ。
そんなことを考えていると、不意に後ろから声がした。
「あのっ」
「なんだよ?!」
ペダルの重さと羞恥心でつい荒くなってしまった。顔は見えないが、後ろでメスガキが息を呑む音が聞こえた。
「なに、まさかトイレ? もうちょっとで着くからそれまで我慢できない?」
「いえ、あの……そうじゃなくって」
なんだよ。しんどいんだから、もったいぶらずに早く言ってよ。
「……ありがとうございます。私のわがままを、聞いてくれて」
「あぁ……別に良いよ。どーせ、家に帰っても一人だしな」
意外だった。ちゃんと感謝とか、普通に出来るんだな。なんか、人間みたいだ。そういえば先代さんが散歩させてるの、見たことないな。こいつ外に出る機会とか今までなかったのか。恥ずかしいとか思って、ちょっと悪かったかな。
「そう言えば、喉乾かないか? ちょうど小銭が余っててさ。家に行く前にこの先のコンビニでジュース飲んでかない? 奢るよ」
「そんな……悪いです」
「いーからいーから。飼育委員なんだし、まあ初日だからってことで」
「じゃあ……お言葉に甘えて」
ジュースが飲めることがよほど嬉しかったのか、メスガキは僕のブレザーの裾をぎゅっと掴んだ。
こらこら、触るなって言ったのに。でも、なんだか不思議と嫌な感じはしなかった。
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