第7話「兄貴」
---ヤスオ視点---
「嬢ちゃん。討伐報告だ」
俺は懐から、虹色の光を放つ魔石を取り出し冒険者ギルドの受付カウンターに置いた。
酒代のツケが、金貨20枚近くらいだったはずだが、これで全部チャラになるはずだ。
「ええと、ハニービー変異種討伐ですね。報酬は銀貨3枚……」
嬢ちゃんがギルドカードを受け取り、慣れた手つきで依頼書と照合しようとし、カウンターに置かれた魔石を2度見して、声にならない声を出した。
「なっ……」
一瞬の静寂の後、我に戻った嬢ちゃんは奥にいた、鑑定士を連れてきた。
「に、虹色! 地獄のキラービー。 しかもこの魔力量……国宝級じゃないですか!」
ギルド内が一気にざわめく。俺はニヤリと笑い、シラフだが酔っ払いのふりをして肩をすくめた。
「ああ、ピンクの蜂はキラービーの上位種、地獄のキラービーだった。しかも変異種だ。新人は逃げてきて正解だったな」
その時、ギルドの奥にある支部長室の扉が開き一人の男が姿を現した。
背は190近くありスラッとした体型。整った顔立ちをしたイケメンだ。これで、種族はドワーフだというからビックリだ。髭も無いしな。そして冒険者ギルドイーサ支部支部長でもある。
そんな支部長のユータと俺は旧知の仲だ。
「ヤスオ、ちょっと来い」
ユータは俺を一瞥し、それだけ言って支部長室へと戻っていった。俺は嬢ちゃんに「ツケ、の支払い頼むな」とだけ告げて、後を追った。
支部長室に入ると、ユータは紅茶を淹れていた。ドワーフなのに紅茶かよ、と少しゲンナリする。
「まあ座れ」
「おう」
ユータは俺に紅茶を差し出し、本題に入った。
「あの魔石を買い取らせてくれ。金貨千枚でどうだ?」
「 太っ腹じゃねえか。ま、予想通りだがな」
「お前の酒場のツケ、金貨20枚分は差し引かせてもらう。そして、S級冒険者への復帰手続きも同時に行う。文句はないな?」
「ないない。金貨980枚か、上等だ」
俺が頷くと、ユータは続けて話す。
「ただな、買い取り額はすぐには用意できない。国に掛け合う必要がある。すぐ用意できるのは金貨200枚くらいだ」
「200枚か、まあそれはいいか。ところで俺からも提案があるんだが」
「なんだ?言ってみろ。」
「俺は金は欲しいが、目立ちたくはない。剣聖の肩書にも未練は無いしな。で、だ。あの魔石は金にはなるが厄介事も増えるだろ?」
「そうだな、間違いなく、厄介事に巻き込まれるな」
「だろ、それは面倒だからの提案なんだが、俺が攻略した枯れたダンジョンを含む周辺の森、湖までの土地を金貨300枚で売って欲しいんだ。あの辺はギルド所有だろ?」
「いいのか?あそこは高く見積もっても金貨100枚にもならない土地だぞ?」
「ああ構わない。あそこでほとぼりが冷めるまでゆっくりしたいんだよ。S級に復帰しても当分は活動する気がないからな。その詫び料と思ってくれ」
「……良いだろう、商談成立だ」
その後、契約書にサインし、金貨300枚を受け取る。これで借金も返済され、S級に復帰、そしてコーセイたちとの拠点も法的に確保することが出来た。
「さて、俺は買い出しに行って、隠居生活を始めるか。残りの金貨はギルドの口座に振り込んでくれ」
ユータに背を向け支部長室を出て市場へと向かった。市場で食料や蜂蜜酒の材料を買い漁った。
「はあ。買出しに金貨30枚も使っちまったじゃねーか」
これなら最初から蜂蜜酒を買ったほうが良かったかもしれないと思うが、将来の飲み放題の為の投資と思うことにする。
買い出しが終わり、森の拠点へ向かっていると、森の入り口付近で二人の獣人を見つけた。
「お 兄ちゃん、街の方には行けないよ」
「頼む。妹だけでも見逃してくれ」
どうやら逃亡奴隷らしい。俺は彼らに近づき事情を聞くことにした。
---獣人兄妹兄トール視点---
「お兄ちゃん、もう限界。お腹空いたし、足も痛いよ」
妹は弱々しい声を上げた。俺達は、人目につかない場所を探して森の中をさまよっていた。街は危険だ。奴隷商人に見つかれば、再びあの地獄に逆戻りになる。
「マミ、頑張れ。もう少し森の奥に行けば、誰も来ない場所があるはずだ」
そうは言っても、俺自身も限界だった。もう何日まともに食っていない。 このままでは二人とも野垂れ死ぬだけだ。生きることを諦めかけていた。この逃亡生活は無駄だったのかもしれない。だが、マミだけは生かさなければならない。
俺が生きる理由は、それだけだった。そんな時に寂れた小屋を発見した。
「ここなら誰もいない。ここで寝泊まりして食料を探すぞ」
マミにそう声をかけ、近くの洞窟に食料を探しに行く。だが収穫は無く重い足取りで小屋に戻って少し休もうと思ったのだが。
「なっ!? ピンクの……蜂……!?」
何でこんなところに魔物がいるんだよ。魔物のおぞましい声が脳内に響き、俺たちは恐怖のあまり、すぐに逃げ出した。
「やっぱり俺たちには安息の地なんてないのか」
どれくらい走っただろうか。後ろを振り向くとマミが俺から大分離れて蹲っている。俺は妹が遅れていることに気づけなかった。自分が嫌になる。慌ててマミに駆け寄る。
「お兄ちゃん、私もう走れない」
「ごめんなマミ。俺がもっとしっかりしていれば」
本当に自分が嫌になる。これからどうすればと考え呆然としていると、マミが青い顔をして叫ぶ。
「ヒッ、お兄ちゃん!後ろ! に、人間! 奴隷商人!」
マミが悲鳴を上げた。俺たちにとって、人間は恐怖の対象だ。鎖、鞭、奴隷になってからの日々がフラッシュバックする。もう終わりだ。俺は死を覚悟した。空腹で力も出ない。首輪が枷となり、さらに力を奪う。でもマミだけは守る。獣人族の誇りにかけて。
「マミ、ごめんな。後ろを振り返らず全力で走るんだ」
俺が最後の別れをした直後、人間は一瞬で距離を詰めてきた。
「おいおい、そんなに怖がるなよ。俺は奴隷商人じゃねぇ。冒険者だ。それに、今はお前らと同じ森に隠れてる身さ」
人間はそう言うと、懐から取り出した冒険者プレートを俺達に見せてきた。S級…一瞬呆けそうになったが、俺は警戒を解かず人間を睨みつける。
「腹減ってるんだろ?ほら」
そう言った人間はパンを2つ渡してきた。どうせ罠だ。俺たちを捕まえるための。するとマミが小声で伝えてくる。
「お兄ちゃん、変だよ。この人間から嫌な匂いがしないよ」
確かにこの人間からは奴隷商人のような悪意の臭いがしない。ただ酒臭いだけだ。…凄く酒臭いだけだ。
「お前ら何でこんなところにいるんだ?」
「ピンク色の蜂から逃げてきたんだ」
思わず人間の問いに答えると、何かをボソッとつぶやき俺の目を真っ直ぐ見つめ話しかけてくる。
「(何やってんだあいつ……)お前ら逃亡奴隷だろ?」
「……」
「まあ、気持ちは分かるがそう警戒するな。行く宛が無いなら俺についてこい。強制はしないがな」
人間はそう言って、森の中へと歩き出した。その背中に向かって俺は問いかけた。
「なぜ、見ず知らずの獣人、しかも奴隷に優しいんだ」
立ち止まり振り返った人間は言う。
「俺は冒険者だ。今を自由に生きる冒険者だ。だから人の自由を奪う奴隷なんかクソ喰らえなんだよ。まあ、犯罪者は仕方ないがな」
俺とマミは顔を見合わせる。怪しい人間だが、このまま森で野垂れ死ぬよりはマシだ。更に人間は告げる。
「だから、お前らも自由なんだ。俺に着いてくるのも、このままどこかに逃げるのも。お前らは犯罪者でも無いだろ?」
「……俺はトール、妹はマミだ。なあ俺たちも自由を求めていいいのか?」
「ああ?そんなくだらないこと俺に聞くな。それを決めるのが自由だろ」
「本当に俺たちも付いていって良いのか?いや違うな…俺たちは兄貴に付いていく!マミもそれで良いか?」
「うん!」
「兄貴って何だよっ!…まあ良いか。それも自由だ」
俺たちは、また歩き出した兄貴の背中を追いかけた。歩きながら食べた硬いパンは少ししょっぱかった。




