第5話「自由な空を」
ヤスオの案内で、俺たちは森の開けた場所に移動した。
三角にならんだ切り株に腰をおろしたところでヤスオが話し始めた。
「改めて自己紹介だ。俺はヤスオ。B級冒険者で30歳独身だ。もう分かってると思うが、蜂蜜酒と聞いて討伐依頼を放棄してまでお前らと話せるぐらいには大の酒好きだ」
地面に半分ほど突き刺した大剣の柄を握りながらヤスオは話しを続ける。
「まあ、嘘だったら殺すけどな。じゃあ、次はS級の実力がある俺の攻撃を簡単にかわせるキラービーお前の番だ」
ヤスオが俺を見て笑顔で言う。大剣を握りながら殺気をビシバシ飛ばしながら。
うん、作れなかったら殺されるなこれ。
だがそれよりも気になる事があった。
『うん?ちょっと待ってくれ。S級の実力?何でB級何だ?』
「あー俺、降級したんだよ。ギルドの酒場に酒のツケため過ぎてな。実力はあるぜ?昔は剣聖って呼ばれてたしな!じゃなきゃS級の討伐対象のキラービーに単騎で斬りかからんわな」
あっ、うん。酒で身を滅ぼしそうな感じするよ。それよりも、
『俺ってS級なの?生まれたてのベビーよ?』
「ああ、普通のキラービーは厄介な魔物ではあるが危険度Bくらいなんだ。変異種は違う。毒が問題なんだ。刺された奴が毒針で死んで終わりじゃない。そいつを媒体に毒は感染していき、街を余裕で滅ぼせるからな」
おぉ、ちょっとだけチートっぽいやん。ま、針使ったら死ぬけどな。
『なるほど。じゃあ俺の番か。名前はコーセー。種族は地獄のキラービー。だが元人間だ。そしてヤスオ、あんたに俺たちが求めるのはこの世界の情報だ』
「地獄の…だからか。元々、危険度Sの魔物の変異種、SSくらいあるか。俺の攻撃を簡単に避けるわけだ。って元人間って?」
『まあ、色々あってな。追々話すよ』
『もう待ちくたびれたわ。私はエマ。地獄のクイーンビーね。コウセイがSSなら私はトリプルSかしら。まあ、コーセーと同じで訳ありよ』
「はあー、蜂蜜酒を呑みたい軽い気持ちで話をしたんだが、これ以上話しを進める前に契約を交わしたほうが良さそうだ」
ため息をつきながら、ヤスオはごそごそと荷物袋から古びた巻物を取り出した。
ヤスオは慣れた手つきで巻物を広げ、持っていたペンでサラサラと文字を書き込んでいく。その文字は契約の魔術が込められているらしく、書くたびに淡い光を放っていた。
「お? 契約書!やっぱ魔法的なやつか?」
「魔力を感じるからそうだと思うわよ。契約破りは神罰くだるはずだから気をつけてね。」
「神罰?」
「たぶん人間の最悪は死、良くて呪いね。身体の何処かを封印されるわ」
「人間は?俺達は…?」
「勿論、徳ポイントペナルティ100万くらいかな」
やっぱりかー。だと思ったよ。
エマと話していたらヤスオが契約書を書き終わったみたいだ。
「契約内容はシンプルにした。
一、互いの秘密保持
二、互いへの危害禁止
三、情報共有
四、蜂蜜酒の共有
こんなもんでいいか?」
『細かく書かないの?これじゃ、どの情報に対してどれくらいの蜂蜜酒を渡すとかわからないわよ?』
「細かいことはいいんだよ嬢ちゃん。あんまり細かく書くと契約書に縛られてお互い融通が効かなくなるぞ」
ヤスオはそう言うと、俺とエマに契約書を差し出した。俺とエマはサインを書き込む。
この世界の字は何か読めるし書けた。光が弾けたので、契約は正式に成立したのだろう。これで俺たちは、ヤスオに襲われる心配もなく、この世界の情報が手に入る様になったわけだ。
「よし、契約完了だ。改めて宜しくな」
『『よろしく』』
「それで、これからのことなんだが、お前ら死んでくれないか?」
『『……は?』』
切り株の上で、俺とエマの声(念話だが)が完全にハモった。
死ね、だと? この男、契約書にサインした直後に、互いへの危害禁止条項を破るつもりか?
『ヤスオ契約したばっかりじゃない! 何が「死んでくれないか?」よ!』
『そうだぞヤスオ! 俺たちS級だかSS級だか知らねーけど、やるってんなら容赦しねーぞ!』
俺たちが騒ぎ立てると、ヤスオはキョトンとした顔で首を傾げた。
「いやいや、マジで死んでくれって話じゃねぇよ。偽装工作だ、偽装工作」
ヤスオはそう言って、ニヤリと笑った。その顔は、契約前の飲んだくれのそれとは違い、元S級?冒険者としての狡猾さが滲み出ていた。
「お前ら、ギルドで討伐依頼が出てるのは分かるだろ? 『ハニービー変異種討伐』。最初は銀貨3枚だったが、お前らの本当の危険度が知れ渡りゃ、すぐに報酬は跳ね上がる」
俺はハッとした。確かに、討伐依頼が出ていてもおかしくはない。
「俺は飲んだくれだし、酒場のつけでギルドから降級を食らってる。俺もお前らに報酬目当てで襲いかかったわけだし、まぁ、金は欲しい。だから、お前らを利用して、一気に稼ぎたいわけよ」
『つまり……私たちを「倒した」ことにして、ギルドから報酬をせしめる、と?』
エマがヤスオの意図を正確に読み取る。
「そういうこった。お前らは俺に『討伐された』ことになって、一件落着。俺は借金返して晴れてA級……いや、S級に復帰。お前らは指名手配から解放されて、のんびり蜂蜜酒が作れる。ウィンウィンだろ?」
ヤスオはなんてことないように言ったが、俺は頭を抱えた。
『無茶言うな。どうやって俺たちS級の死を偽装するんだよ? 討伐証明がないと報酬はもらえねぇだろ。ギルドはごまかせないだろ?』
「まあまあ、落ち着けって。実はな……」
ヤスオはそう言うと、背負っていた大きな荷物袋をガサゴソと漁り始めた。中から出てきたのは、酒瓶とサッカーボールサイズの黒い石だった。そこには、微かにだが強力な魔力の残滓が感じられた。
「これはS級討伐対象『ファイア・ドラゴン』の魔石だ。中の魔力は空っぽだがな。討伐証明は魔石で大丈夫だ」
ヤスオはニヤリと笑った。
「お前らの魔力をこの空っぽの魔石に注ぎ込めば、鑑定士は『これはS級魔物の死体から取れた魔石だ』と勘違いする。そうすれば、死の偽装は完璧に機能するって寸法よ」
『なるほどな! 俺たちの魔力を注ぎ込むわけか!』
「その代わり、報酬は、俺の借金返済が優先だ。お前らには、当面の間は森のこの開けた場所を拠点に、蜂蜜酒作りで自給自足してもらう」
ヤスオはさっきとは打って変わって真剣な顔で、俺たちに提案した。
「どうだ? のんびり酒作るか、それとも冒険者に怯えながら逃げ回るか。選ぶのはお前らだ」
俺とエマは顔を見合わせた。どう考えても、ヤスオの提案に乗る方が安全だ。
『……仕方ないわね』
『俺もそれでいい。まずはこの魔石に魔力を注ぎ込むか』
《ピコーン!偽装工作への加担。詐欺は犯罪ですってさっき言いましたよね。 △2,800ポイント》
くっ、ペナルティがさっきの倍じゃねーか。もう、詐欺はやめよう。
この後、エマについては伏せ、俺が転生者であることはヤスオに伝えた。契約も交わしているし、話したほうが、色々と良さそうだったからだ。それと偽装について簡単な打ち合わせも行った。
そうして少し落ち着いたところで、俺達は雑談をはじめた。
「それにしても、コーセーは飛ぶのが上手ね。私はまだ慣れなくて、地面よりちょっと浮くのが精一杯ね」
エマがため息をつく。その姿は威厳というより、どこか寂しげに見えた。
「そういや、エマって俺を転生させる前に、蟻か蜂かで悩んでたんだろ? 結局なんで蜂にしたんだ?」
何気なくエマに尋ねてみた。
エマは少し黙り込み、遠くの空を見上げた。
「……私ね、地獄省で何年も働いてきた社畜なのよ。毎日毎日、流れてくる魂を裁くだけ。決められた机、決められた仕事。地下一階の薄暗い執務室からほとんど出ることなかったわ」
その告白に、俺は少し驚いた。てっきり威張っているだけのポンコツ神かと思っていた。彼女なりの苦労があったらしい。
「……だから、空を自由に飛べる蜂に憧れたの。地下に閉じ込められた感のある生活が、心底嫌だった。蟻は地中……地下で働くでしょ? だから、コーセーには空を飛んでほしかったのよ。私の代わりに、自由にね」
エマの声は、いつもの威張り腐った口調ではなく、穏やかで少し切なげだった。
「……なるほどな。ポイント借りてまで俺に飛翔スキルを取らせたのもそれか」
「ええ。あなたの目的は『親孝行』。その過程で、空の広さとか、自由を感じてほしかったのよ。……まあ、結局私も一緒に落ちて、まだ下手すぎて一緒に飛べないんだけどね。クスクス」
エマは自嘲気味に笑った。その姿を見て、俺は少しだけ、この理不尽な相棒への見方が変わった気がした。
「そっか。じゃあ、まずは俺が空を飛んで、美味い蜜をいっぱい集めてやるよ。それも徳を積んだことになるだろ?」
「ええ、頼んだわよ、コーセー。」
俺たちは、空を見上げた。自由な空を。
《ピコーン!仲間に希望を与えました。 580ポイント》
徳ポイント:△1,033,719ポイント




