第4話「く、臭えよ」
―――とある冒険者ギルド―――
冒険者ギルドの扉が勢いよく開かれ、
新米冒険者が転がり込んできた。その顔は真っ青で、腰はガタガタと震えている。
「どうした新入り、ゴブリンにでも追いかけられたか?」
ギルドに併設されている酒場のカウンターでジョッキを傾けていた冒険者が冷やかし半分に声をかける。
「ち、違う……出たんだ、森の奥に! ピンク色の喋る蜂の悪魔が!」
「あぁ、ハニービーか。雑魚だろ?」
「雑魚なもんか。 あれはハニービーなんかじゃない。俺の脳内に直接、呪いの言葉を叩き込んできやがったんだ! 『貴様らの血を、今宵の茶菓子にしてくれようぞ……』って。しかも、殺さずにじわじわとなぶり殺しにするのが趣味らしい」
ギルド内がざわつく。
「脳内に直接…… 念話を使う魔物だと?」
「ピンク色の蜂か。毒々しいな。変異種だな」
「ハッハッハ! そりゃあ傑作だ。茶菓子にされる前に逃げ帰ってこれたんだから、お前は運がいいぜ」
ガハハと豪快な笑い声をあげたのは、ギルドの隅で一人、山のような空瓶に囲まれていた男だった。
無精髭に、使い込まれた大剣。身なりは小汚いが、その胸元にはB級冒険者の証である銀のプレートが光っている。
「ヤスオさん。笑い事じゃないっすよ、マジで怖かったんすから」
「悪い悪い。だがよ、魔物がわざわざ念話で茶菓子の相談か? 律儀な魔物もいたもんだ」
ヤスオと呼ばれた男は、最後の一滴までエールを飲み干すと、ふらりと立ち上がった。
「そのピンクの蜂。俺がちょっと拝んできてやるよ。ちょうど酒代が尽きかけてたんだ」
「ヤスオさん、いくらB級でも相手は精神汚染スキルの使い手ですよ!対策しないと 呪われますよ!」
「呪い? ああ、そんなもん俺には効かねぇよ。忘れたか? 俺のスキルは【酒神の加護(状態異常無効)】だ」
ヤスオはニヤリと笑った。この男、極度の飲んだくれである代わりに、アルコールが体内にある限り、あらゆる毒や呪い、さらには精神干渉すらも酔拳のごとく受け流してしまうというスキルの持ち主だった。
「呪いの言葉だろうが魔王の説教だろうが、俺の耳にゃエールの泡と同じよ。……さて、そのピンクの蜂がどんな面してるか楽しみだぜ」
ヤスオは千鳥足でギルドを出ていく。その後ろ姿を見送りながら、ギルドの受付嬢が台帳に静かに書き込んだ。
『討伐依頼:ハニービー変異種討伐。担当、ヤスオ。備考:報酬は酒場のツケから相殺』
―――森の中―――
「おーい、ピンクちゃんやーい! 酒代稼ぎに来たぜー!」
森の中に響く、間延びした酔っ払いの声。俺たちは、その声にピタリと動きを止めた。
「ピンクちゃん……? まさか俺のことなのか?」
「あれよ、コーセー。 新米っぽい冒険者を脅かしたから噂になって、討伐依頼がでたのよ」
エマがステータス画面を見ながら、能天気な声を上げた。
俺が警戒し身構えた瞬間、草むらからふらりと現れたのは、無精髭を生やし、大剣を背負った剣士の男だった。
「おっ、いたいた。噂通りのピンクだなオイッ」
剣士の男は俺を見るなり、ニヤリと笑った。その笑みは友好的……ではなかった。
俺が念話で対話を試みようとした次の瞬間、男は背中の大剣を引き抜き、千鳥足からは想像もつかない速度で切りかかってきた。
「いきなりかよ!?」
俺は羽を震わせて上昇し、ギリギリで斬撃を回避した。地面に大剣が食い込み、土煙が上がる。
「あー、飛べるのか。ま、そりゃあそうか」
そう俺は飛べるのだ。蜂だし羽があるから普通に飛べるのだ。
と、思っていたが俺もエマも最初はどれだけ羽ばたいても飛べんかった。羽あるのに。
エマ曰く俺達は変異種の魔物で、デカくなりすぎた弊害で物理的(重すぎて)に飛べないらしい。
蜂なのに飛べないのはクソムカつくので徳ポイントを前借りして飛翔のスキルを手に入れた。1万ポイント。エマのも合わせて2万ポイント。何故かエマのスキル解放ポイントまで俺に加算された。
マイナスが減る気がしない。俺は多重債務者の気持ちを理解してしまった。
てか、攻撃しつこいな。
「コーセー、頑張れー! ほら、右から来るわよー!」
「実況してんじゃねーよ、エマ! お前もなんかスキル使って助けろよ!」
「私は女王蜂よ?守られる立場なのよ、あなたも飛翔スキルのいい練習になるじゃない」
逃げ回りながら、俺は念話を飛ばす。今度は絶対に誤解されないように、穏やかな声色を意識して。
『待ってくれ! 俺は敵じゃない! 話せばわかる!』
俺の声は、剣士の脳内に響いたみたいだ。ピタリと足が止まる。
……よし、聞こえたか?
「…… 精神汚染のスキルを使われた感じはしねーな。デマだったか?」
剣士は首を傾げた。その表情は混乱している。
「おい、お前ら。噂と違うぞ? ただの喋るピンクの虫じゃねーか」
『虫って言わないで。ところであなた、念話がちゃんと聞こえているのね?』
ちなみに、エマは念話スキルも獲得した。ポイントの支払いはモチロン俺だ。そのエマが威圧を込めて念話を飛ばすが、剣士は「なんかデカいハチ?の嬢ちゃんも喋り出したな」と、普通に受け流している。
「まあいい、俺はヤスオ。B級冒険者だ。お前らの討伐依頼がでたからわざわざやって来たんだ。すまんが酒代の為に死んでくれ」
ヤスオと名のった冒険者は、剣先を俺に向けながらふらりと歩み寄ってきた。
『ちょっと待てヤスオ! 俺は悪魔じゃない! ここには徳を積みに来たんだ!』
「徳ぅ? 何言ってんだお前、魔物が徳なんて積んでどうすんだよ」
ですよねー。俺でもそう思う。何言ってんだって。ヤスオの目は完全に俺を「金づる」として見ている。
まずい、このままでは本当に討伐されてしまう。……いや、空飛んで逃げれば大丈夫か。そもそも最初の一撃以外に脅威を感じない。手抜いてるのか?
だが人間との繋がりが欲しい俺は会話が成り立つであろうこの男、ヤスオの興味を引く言葉は必死に考える……!
「……はち、はち……そうだ!」
俺たちは蜂だ。そしてこのヤスオという冒険者は酒くさい。
『なぁ、ヤスオ! 俺たち、蜂蜜酒を造れるかもしれないんだが、興味ないか?』
「……蜂蜜酒だと?」
ヤスオの目が変わった。さっきまではヘラヘラしていたが、今は視線でゴブリンくらいなら殺せそうな目をしている。
剣を下ろし、俺に近づいてきたヤスオからは、強烈なアルコール臭がした。
く、臭えよ。飲みすぎだろ。
「蜂蜜酒だと。 この世で一番美味い酒じゃねーか。お前、それホントか?」
『本当だ! 女王蜂もいるし、 造れる可能性は十分にある!』
ヤスオは剣を鞘に収めると、「よし、話はわかった。酒が先だ、酒が!」と、あっという間に協力的になった。現金なやつだ。
《ピコーン!造ったことも無い酒を造れるように話すのは詐欺です。犯罪です。 △1,400ポイント》
「チョロいわね、人間って」
エマが安全な場所で笑っている。徳ポイントの判定はチョロくないけどな。
まあ、死なずに済んだから良しとしよう。
夢みた異世界生活とはかけ離れているが、手招きするヤスオに向かって、俺は歩いて行くのだった。
徳ポイント:△1,031,499ポイント




