第41話「本家の拳」
「騒がしいわね。何をしてるのかしら」
閻魔大王の絶叫が止み、耳鳴りがするほどの静寂が訪れた、その時。
ふわりと、花の香りがした。
玉座のすぐ横の何もない空間から、エマによく似た、だがより冷徹なオーラを纏った銀髪の美女が姿を現す。
「げっ、ママ……!?」
エマが、これまでのどんな強敵を前にした時よりも絶望的な顔をして声を漏らした。
ママの登場は想定内ではあるんだが、エマのあの怯え方は普通じゃない。閻魔大王のパパよりヤバい雰囲気が、プンプンする。
「あら、エマじゃない。何でここにいるのかしら? ……あなた、説明して頂戴」
エマのママが、隣で固まっている閻魔大王を冷たく一瞥した。
「あ、いや、これはだな……その、儂、じぃじになりたあ……痛っ!!」
ゴッ!! という重厚な衝撃音が響いた。
閻魔大王の巨体が、ママの拳一つで玉座ごと沈み込む。
……ああ、エマのあの理不尽なゲンコツは、間違いなく母親譲りだったのか。
「……この人じゃ駄目ね。アオバ、説明しなさい」
相変わらず青い顔をしたアオバが、ガタガタと震えながら、今の状況を説明する。それを聞き終えたエマのママは、スッと冷ややかな視線を俺たちに向けた。
「なるほどね。『魂管理部の部長』にすぎない貴方が、『地獄省大臣』の私に断りなく、懲戒処分中のエマと、無関係な生者を仮死状態にして連れてきたと……」
……えっ? あの閻魔大王が、ただの「部長」!?
地獄のトップじゃなかったのかよ! 閻魔大王、めっちゃプルプル震えとるやん。大丈夫か?
「あー、アカリさんの産休と育休ね? 許可します。地獄省もコンプライアンスを見直しているのよ。ここに、公私混同するバカな管理職がいるみたいだし」
大臣ママに睨まれ、閻魔大王は白目を剥いて気絶した。
部長、お疲れ様です。
「それでエマ。あなたの結婚ですが……現時点では却下です」
「なっ……!?」
それは困る。俺は意を決して、ママ大臣の前に進み出た。ここで引いたら男じゃない。
「お、お母様と呼んでも――ッ、いっ、だぁぁぁぁ!!?」
懐かしい。エマと出会ってすぐの頃に落とされた、あの「魂に響くゲンコツ」。だが、これはその比ではない。魂に響くどころか、魂そのものが消滅を覚悟するほどの、圧倒的な本家の拳。
「結婚を認めないと言った直後にお母様? あなたも馬鹿なのね」
ああ、やっぱり親子だわ……。
俺の意識は、そこでぷつりと途切れた。
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---エマ視点---
「ママ! 私の夫になにするのよ!!」
気絶したコーセーの前に立ち、私はママを睨みつけた。
ママは冷めた手つきで拳についた埃を払うと、手元の閻魔帳タブレットを操作しながら、淡々と告げる。
「あら、そういえばシステムに通知が来ているわね。このひとが勝手に発行していた《隠しクエスト:時空旅行している馬鹿を止めろ!》。これを『達成』として処理したわ」
「えっ……? それって……」
「あなた達、かなり無茶苦茶なことをしているけれど、一応、歴史の辻褄が合うように修正されているわ。よってクエスト達成。あなたのペナルティの残り70万ポイントの完済に充てるわね。残りの30万ポイントは……アカリを1年も連れまわして、あらあら、結構危ないこともさせているわね。給与として、アカリに払っておくわ」
「……。」
「ところで、エマ。リボ払いはダメよ。これじゃあ、結婚はダメね。まずはコーセーさんの徳ポイントを、完全に『プラス100万ポイント』にしなさい。それに……いえ、あなたも分かっているみたいね」
私は、何も答えなかった。
ママはそれ以上は言わず、視線をレンレンに移した。
「ニコタール・スカイ!!」
「お久しぶりですわん。オシリア様」
あれ、レンレンとママは知り合いだったの?
「あなた、私が与えた名前は捨てたのかしら? 私の眷属でありながら魔法少女なんて名乗っているなんて……物理の大切さを忘れたのね。お仕置きが必要だわ」
「いやん……いや、あの違いますわ……違います、ちゃんと拳で……はい」
あれ? レンレンって、闘神の眷属じゃなかったかしら? それにしても、こんなに動揺しているレンレンなんて、初めて見たわ。
ゴンッ!
あっ、レンレンも逝ったわね。
「エマ、何を不思議な顔をしているのかしら。女には二つも三つも別の顔があるって言ったのは誰かしら? 私の顔は、冥界の神だけではないのよ」
あれも見られていたのね……。それにしても、ママって闘神でもあったのね。まあ、拳についた赤い液体を見たら、納得だけどさ。
「エマっちのママ、超つよーい。ロザリっちに聞いてたけど、カッコよー」
「あなたはマミさんね。今度ロザリーさんに会ったら、あまりうちの人をイジメないように伝えてくれないかしら」
「オケマルー!」
マミ。本当に、あなたのメンタルはどうなっているのかしら? あそこでコソコソ隠れているヤスオを、少しは見習いなさいよ。……なんでコソコソしているのかしら?
「ところで、ヤスオさん。転生させる時に言った禁酒の件は、どうですか」
「酒は飲むと言うか、その……自分が酒に飲まれています」
ゴンッ!
「一緒よ?」
ヤスオ、もう聞こえていないと思う。
「マリンさん、キアラさん、ノッテさんは、はじめましてね。エマをよろしくね」
ママはそこまで言うと、急に険しい顔で空(現世の方向)を見上げた。
「……あら、あなた達とのんびり話している場合じゃなかったわ。早く現世に戻らないと、体が燃やされてしまうわよ」
「えっ……!? どういうこと!?」
「マミさんのお兄さん。トールさんだったかしら? あなた達が全然起きないから、死んだと勘違いして、泣きながら盛大な葬儀の準備を始めているわ。……今、火をつけようとしてるわね」
「トールー!!」
私は青ざめて叫んだ。このままだと、私たちは徳を稼ぐ前に「灰」になってしまう!
「仕方ないわね。……いい、エマ。次は『プラス収支』で会いましょう」
ママが優雅に手をかざす。
「スキル――『ヨミガエリ』」
ママが呟いた瞬間、眩い光が私たちを包み込んだ。
視界が急激に浮き上がり、赤い地獄の霧が遠ざかっていく。
意識が戻りかける耳の奥で、トールの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「みんな……っ、せめて、せめて天国へ行ってくれ……! 火をつけろぉぉぉ!!」
「あーし、ふっかーつ!」
マミの掛け声と共に、私たちは熱い(物理的に)現世へと叩き戻された。




