第40話「テッテレー!」
気がつくと、俺たちは赤い霧が立ち込める広大な謁見の間にいた。
正面の玉座には、角の生えた男が座っている。間違いなく閻魔大王であろうその男が放つ威圧感だけで、俺はチビリそうだった。
「……えー、大王様。これには海よりも深く、時空よりも長い事情がありましてっス。決して一ヶ月もバックレて花見をしていたわけではなく、ですね……」
アカリが脂汗を流しながら、必死に言い訳をしようとする。
しかし、閻魔大王の目は、アカリではなく俺を物凄い形相で睨んでいた。
そして大王は、重々しく口を開いた。その声は、地獄の底まで響くほど低い。
「……蜂の分際で、我が娘に手を出すなど。……コーセーと言ったか。貴様との結婚は、断じて認めんぞおおお!!」
「え? 俺、結婚するの?」
すると、隣で面倒くさそうにしていたエマが、冷ややかな視線を大王に向けた。
「……ちょっと、パパ。急に連れてきて、いきなり何の話よ?」
閻魔大王が、エマのパパ。うーん、何となくそんな気はしてたけどな。
ここで「パパなんかーい!!」と突っ込んだら、スベりそうだ。
よし。俺は意を決して、ここは乗っかることにした。誰かが「なんでやねん」と突っ込んでくれるはずだ。
「娘さんを僕にください!!」
「コーセー……私で、いいの?」
エマが顔を赤くして聞いてくる。
あれ? 突っ込みは?
「……キータ。魂の洗濯機を持ってこい。アオバは魂の漂白剤だ。コイツには、地獄を教えなければならないようだ。あー、拷問課のゴッズ課長にも声をかけておけ。緊急案件があると」
閻魔大王は、ブチギレている。その冷静さが怖い。
どうしよう。「ボケでしたー」とか、今さら言えない空気だ。
《ピコーン! 当たり前です。女心をもてあそぶ気ですか? クズ男め。△10,000ポイント》
ヤバい。判定さんも、ブチギレてらっしゃる。
「お前ら、やっぱり出来てたか。コーセー、ハーレム系はダメだぞ。男なら一人の女を愛し通せ」
地獄の冷たい床の上で、ヤスオが豪華なシルクの襟を正しながら呟いた。
「おめでとー! コーセーっち、エマっち! あーし、巨大なウェディングケーキ作るよー! あ、エマっちは今日からあーしの料理教室に参加して、花嫁修業しよう。あーしが師匠だよー」
「マミ……いえ、師匠! 分かったわ。コーセーの胃袋を掴んでみせるわ」
凄く嬉しいけどさ、マミ。お前、こういう時に空気をブチ壊すタイプじゃなかったか?
「二人ともおめでとぉん! 私、二人の衣装を作るわん。コーセーきゅんにはピンクのタキシード、エマにはその綺麗な銀髪が映えるウェディングドレスねぇん。ウフフ、腕が鳴るわぁん」
「レンレン、ありがとう。私、白無垢も着たいわ」
レンレンが「分かったわぁん」と頷く。うん、俺も白無垢姿のエマは見たい。
「マスターが言っていた。命は有限、だが愛は無限だと。……二人はお似合いだ。おめでとう。お互い、守るべき者を守ろう」
クルスが相変わらずのポーカーフェイスで、深いんだか浅いんだか分からない哲学を語る。エマもキョトンとしながら「ありがとう」と返している。
「……結婚。私もしたい。二人ともおめでとう。エマ、ブーケは私に投げて」
マリンが羨ましそうな瞳で、こちらを見ている。
「もちろんよ! マリン、私の次はあなたよ」
エマとマリンは手を取り合い、涙ぐんでいる。
「「お姉様、おめでとうございます。コーセー。貴様、お姉様を泣かすようなことをしたら、分かるよな……」」
「キアラ、ノッテ、ありがとう。私が結婚しても、そばにいてくれるのよね? でも、ウシガエルは駄目よ。私たちの新婚生活にカエルは要らないわ。野生に返してあげなさい」
エマ、野生って。一応、精霊王だぞ。
巻き込まれて地獄に来た精霊王が、「我の尊厳……」と呟きながら、魂だけの地獄で、魂が抜けそうな摩訶不思議な状態になっている。
「ええい、控えよ! 貴様ら! 誰が認めると言った! 儂は認めん! 認めんぞおおお!!」
玉座から身を乗り出し、顔を真っ赤にして叫ぶのは、地獄の主・閻魔大王だ。
「……パパが認めなくても、私はコーセーと結婚するわ。だって、こんなに面白くて、私を飽きさせない男、地獄にも現世にもいなかったもの。パパは、私が行き遅れてもいいの? 孫、見たくない? 抱っこしたくない?」
「……孫。儂が、じぃじになるだと!?」
閻魔大王がブツブツと呟き出すと、それまでの威圧感がスッと消えた。やがて、「ベロベロバー」と孫をエアー抱っこする仕草まで始める。
ボケたか、じぃじ。
俺がじぃじにドン引きしていると、エマが俺を見て、頬を赤らめながら「よろしくね」と微笑んだ。
うわ、やべえ。可愛い。
「テッテレー! 実はボケでしたー!」なんて、今さら言える雰囲気じゃない。でも、正直……素直に嬉しい。うん、俺はエマと結婚する。
このボケは、俺の二度目の人生が終わるまで、墓場まで持っていこう。
「エマ、幸せになろうな」
「コーセー、幸せになりましょう。……ところで、テッテレーって何のこと?」
え。
「私、地獄にいる時は心が読めるって、覚えてるでしょう? でも、全部は読めなかったのよね。夫婦に隠し事は駄目よ。教えて?」
エマが、上目遣いで聞いてくる。
忘れてた。ヤバい。俺の二度目の人生、もう終わるかも知れない。
「てっ、テッテレー! サプライズ告白! って言いたかったんだよ」
「……そういうことね。じゃあ、大成功よ」
エマは、ふっと口元を緩めた。その笑みの意味を、俺は考えないことにした。
判定さんは、何も言わなかった。
危な。ギリセーフだ。俺の二度目の人生は、まだ終わらない。
俺が安堵していると、閻魔大王に震えていたアカリが、ようやく落ち着いたのか、お祝いの言葉を口にした。よし、流れが変わった。グッジョブだ、アカリ。
「エマ様、おめでとうございますっス。幸せになってくださいっス」
「ありがとう、アカリ。あなたにも、いい人が現れるといいわね」
エマの気遣いに、アカリは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「え? うちらも、来月には籍を入れる予定っスよ?」
一瞬、地獄の業火が止まったような静寂が訪れた。
「……は? 誰とかしら?」
アカリは「あれ? 言ってなかったっスか?」と、いつもの面倒くさそうな顔で、隣に立つ無表情な男を指差した。
「クルスっス」
「…………はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
俺の絶叫が、地獄に響いた。
クルスの「お互い」って、そういうことかー!
「あっ、閻魔大王様! 妊娠三ヶ月なんで、今日から産休と育休、百年くださいッス」
「…………はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
アカリの更なる爆弾発言に、今度は閻魔大王の絶叫が、地獄に響くのだった。
徳ポイント:△185,122ポイント




