第39話「涙もたくさん」
本来の拠点であるイーサの街。その少し外れにある、かつて俺たちが解放した「元奴隷たちの村」は、今や見事な桃源郷へと変貌を遂げていた。
「コーセーっち! あーし特製の『春らんまん・マンモスカルビ』焼けたよー!」
マミが鼻歌まじりに、炭火で豪快に肉を焼いている。ちなみにその肉は、時空旅行の土産にと乱獲したものだ。決して、マンモス絶滅の原因ではないはず。
「マミ、それ食べても何も起こらないだろうな?」
「失礼しちゃうなー。これは食べても、美味しいだけだよー。ホルモン焼きは食べてのお楽しみー」
「怖いわ!」
俺がツッコミを入れる隣では、マリンが桜の木を眺めながら、ぽつりと呟いている。
「花より団子、花よりだんご、花より男……」
よろしくない事を言っているが、今日は聞かなかったことにする。
レンレンは、空中散歩チャンネルの生配信中。クルスはマミに例の飴を貰い、小さくなった体で零戦の模型ラジコンを組み立てている。完成したら乗るそうだ。
さるゆきは、キアラとノッテが憑依しなくなったので、村のペット枠として自由にしている。
そのキアラとノッテは、精霊王ことウシガエルに憑依するのが気に入ったらしく、精霊王はまだ精霊界に帰れていない。精霊王に憑依する精霊って、何なんだ。
そういえば、村には最近、エルダートレントの世界樹が居着いたようだ。名前はジュディ。今ではレンゲとも仲が良い。
「平和ね」
エマが、普段はあまり見せない優しい微笑みを浮かべて呟いた。
「ああ、平和だな。……キアラの頭以外」
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---キアラ視点---
時空旅行から帰ってきたお姉様たちが、村でバーベキューをすると誘ってきた。
私は断った。用事があるから、と。また、嘘をついて。
ゴンッ!!
えっ。お姉様、痛い。私、物理攻撃無効なのに、なんで?
「キアラ。名付けの親である私に、いつまで嘘が通じると思っているの?」
私は黙りこんで、俯いた。
「ヘマしてコーセーと一緒に現世に来るような私だけど……これでも神よ。精霊に名付けをすることの意味は、ちゃんと知っているわ」
お姉様が、ゆっくりと続ける。
「ただね、元神族の私が名付けて、本当に眷属になってくれるのか、確証はなかったの。だから、あなた達が眷属になってくれた時は、凄く嬉しかったのよ。私が初めて名前を付けた精霊が、キアラとノッテ、あなた達なんだもの」
えっ、私たちが、初めて? でも……
「……お姉様は、地獄に属する神。ノッテは闇の精霊だから、いいけれど。私は光の精霊で、お姉様と一緒にいたら、迷惑をかけ……痛っ」
またゲンコツ。どうして痛いの?
「キアラ。あなた、まさかそんなくだらないことで悩んでたの?」
私はこくりと頷いて、また俯いた。
「キアラ、私を見なさい」
恐る恐る、お姉様の顔を見る。
……えっ。どうして、急に私を抱きしめるの?そして耳元でお姉様が囁いた。
「キアラ。この世界に落ちるまで、私は確かに地獄に属する見習い閻魔だったわ。だから、ノッテとは相性がいい」
やっぱり。私は、いらない子……
「でもね、その前は、天界に属する地蔵菩薩だったのよ。しかも、見習いじゃなかったわ。凄いでしょう? だから、キアラ。あなたとも、とても相性がいいの」
…………え?
「キアラ、覚えておきなさい。女には二つも三つも、別の顔があるのよ。あなたにもあるでしょ?」
お姉様の腕の中で、私は気づいた。
ノッテに嫉妬していたのも、きっと同じだったんだ。お姉様に甘えられない寂しさを、あの子にぶつけていただけ。
「お姉様……ごめんなさい」
「教えなかった私も悪かったわ。ごめんね、キアラ」
「いいえ、お姉様。大好きで……」
「まあ、それはそれ。親の私に嘘をついたんだもの。覚悟しなさい」
この後、お姉様に二時間も説教をされて、私が嘘をついた数だけゲンコツをされた。魂に響くゲンコツなんだって。
あー、痛いからかな。涙も、たくさん出た。
……私も時空旅行に行けば良かったな。
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《ピコーン! 親子のわだかまりを解消。キアラの心の闇が癒えました。100ポイント獲得です》
俺が何か言う必要なんて無かったな。
《ピコーン!魂に影響を与えるゲンコツをやりすぎです。△1000ポイント》
エマー!!
皆でほのぼのしていると、村に豪華絢爛な馬車が、砂埃を上げて猛スピードで突っ込んで来た。馬車の扉には、なぜか「酒」と一文字書かれた紋章。
「よう、コーセー! エマも元気そうじゃねえか!」
「……ヤ、ヤスオ!? お前、その格好どうしたんだよ!?」
降りてきたのは、かつての酔いどれ冒険者ヤスオ。だが、着ているのは最高級のシルク。首には金のチェーン。手には、いつもの安酒ではなく、ビンテージもののラベルが貼られたボトル。
「ああ、これか? いやー、お前らが不在の間、ちょっと知識を使って隣国のダンジョンを一つ更地にしてな。そこの姫さんを助けたら、気づいたら村長を通り越して、この辺り一帯を任される辺境伯になっちまった」
「気づいたらで辺境伯になれるかぁぁぁ!!」
「まあ固いこと言うな。今は俺の領地だ、今日は無礼講で飲むぞ!」
ヤスオが豪快に笑う。
そんな時、村の入り口の方から、ひときわ大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい! さっきから言ってるだろ! ここは現在、辺境伯閣下が貸し切りでお花見をされているんだ。アポなしの怪しい営業はお断りだ、帰れ!」
声の主はトールだった。マミの兄であり、今はヤスオの領地を守る自警団のリーダーらしい。
そのトールが、門の前で二人組の男を必死に押し止めている。
「トール、どうしたんだ?」
俺が不思議に思って近づこうとすると、隣にいた辺境伯閣下ことヤスオが、豪華なシルクの袖をまくり上げて鼻を鳴らした。
「おいおい、俺の平穏を邪魔する奴は、どこのどいつだ? 俺、こう見えても今は辺境伯だぞ?」
「……ヤスオ、お前、権力馬鹿になってないよな?」
ヤスオと一緒に皆で門に近づくと、アカリが「ヒェッ」と短い悲鳴をあげた。
トールの目の前に立っていたのは、二人の男だった。
一人は、今にも地面に溶けて消えてしまいそうなほど青白く、書類の山を抱えて震えている男。
もう一人は、真っ黒に日焼けした肌にアロハシャツ、手には「天国饅頭」と書かれたお土産袋を持った男。
この二人が、アオバとキータか。
「あ……アカリ……。おい、そこの筋肉ダルマをどけてくれ……。俺はもう、有給が欲しい。早くこの仕事を終わらせたいんだ」
アオバが、ゾンビのような掠れ声で呟く。
「よお、アカリ! 久しぶり! 大王様が『俺のメッセージを一ヶ月無視した罪は、万死に値する』って激おこでさー、お前らを呼びに来たんだ」
キータがサングラスを直し、爽やかな笑顔でトールを見上げた。
トールは剣を抜き放ち、額に汗を浮かべて叫ぶ。
「知るか! マミやエマ様が、せっかくの休日を過ごされているんだ。お前らみたいな変な奴を、この俺が通すわけないだろ!」
「トール、いいんだ。……春休みは終わりらしい」
俺が割って入ると、トールはしぶしぶ二人を通した。エマが青い顔で、俺の背後に隠れる。
「……ねえ、コーセー。今から、十年くらい時空旅行に戻るっていうのは……」
「無理だろ」
「……いいか、アカリ。大王様が怒ってるのは当然だがな……」
キータがサングラスをずらし、燃えるような執念のこもった目で、俺たちを見た。
「有給を、休みを強制返上させてまで、お前らを連れ戻せって言われた俺の恨みを舐めるなよ」
背負っていたアロハ柄の袋から、禍々しい漆黒の大鎌を取り出す。刃からは、魂を凍りつかせるような冷気が漏れ出していた。
「ちょっと待つっす! それは死神課の備品『ハーベスター(魂を刈る鎌)』じゃねえっすか! 貸し出し禁止のはずッス!」
アカリが悲鳴をあげるが、キータは爽やかな笑顔のまま、鎌を振りかぶった。
「『特例』だよ。……それじゃあ、みんな。一回死のうか? 大丈夫、終わったら生き返れるよ」
ドォォォォン! という衝撃と共に、俺の意識は急激に遠のいていく。
隣では、豪華な服を着たヤスオが、
「え、俺も!? 俺、辺境伯なんだけど!」
と叫びながら、糸の切れた人形のように倒れた。
「マミ! 皆! ……おい、嘘だろ。皆、死んだわけじゃないよな!?」
桜が舞い散る中、一人残されたトールが、死体のように積み重なった俺たちを見て、呆然と立ち尽くしていた。
徳ポイント:△175,122ポイント




