第31話「帰らないわよ?」
「獄卒がナース服?」
俺の困惑した声がリビングに響く。
目の前には、赤い髪の獄卒が泣きながらエマに詰め寄っている。
エマはアカリの必死すぎる形相に気圧されていた。
「アカリ。なんで、ここに?」
エマが問いかけると、アカリは堰を切ったように話し出した。
「エマ様が無断欠勤な上に失踪したから、うちの部署ガチヤバいんですって!!」
アカリの剣幕に俺は思わず一歩身を引いた。
「アオバ先輩は疲労で入院しちゃうし、キータ君は溜まってた有給を消化する為に10年ぐらいの天国ツアーに行っちゃうし。私一人じゃ無理です。帰って来てくださいよー!」
アカリはエマの肩を掴んで激しく揺さぶる。
「アオバが!? あの仕事中毒のアオバが倒れたの!?」
「そうです! アオバ先輩が倒れた瞬間、キータ君、有給申請出して天国ツアーにいきやがったんですよー」
「どういうことよ!!私が有給申請出しても1日もくれなかったのに!」
エマ。気持ちは分かるが今はそこじゃないと思う。
「私、この4ヶ月くらい、睡眠時間0分なんですよ!? 」
アカリの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。地獄って、生前、悪行を積んだ奴が、激しい責め苦を受ける場所だよな?何で責める側が地獄体験してんだよ。
「お願いです、エマ様……このままだと、地獄がブラックすぎて私が消滅しちゃいます……っ! 今すぐ、今すぐ帰って来てください!」
俺は、エマの顔を横目で見た。
エマは、自分がいない地獄の凄惨な状況を聞き、青ざめて言葉を失っている。
責任感の強いエマだ。俺は、本音を隠し話しかける。
「エマ、今までありがとな。まあ色々あったけど楽しかったよ。たまにはメッセージや、電話くれよ?」
「コーセー……あんた何言ってんの?帰らないわよ?私」
「え?でも地獄はどうするんだ?」
エマがため息をつきながら言う。
「はあ。忘れたのね?私、ペナルティで徳ポイント100万払わなきゃ地獄省に復帰できないわよ?それに…」
あっ!忘れてた。エマが続けて言う。
「この子、凄く《嘘つ鬼》よ?」
えー、嘘つきって…
「コーセーよく見て。アカリが寝てない人の肌や髪に見えるかしら?」
確かに。エマの言うとおり、髪も肌も睡眠不足のそれではない。普通にキレイだ。何の嘘だよ。
「それで?本当は何しに来たのかしら?」
「えー、エマ様がそれ言いますー?あっ、でも帰って来てほしいのはホントですよ?」
ムカつくテヘペロをしながらアカリは用件を話しだした。エマにかわって舌引っこ抜くぞ?
「ホントは、閻魔大王様からの伝言を伝えに来ました〜。パチパチ〜はくしゅ〜」
そうしてアカリが話した伝言を要約すると
「さっさと帰ってこい!その為の徳ポイントを稼げる隠しクエスト紹介してやる!」
《隠しクエスト:時空旅行している馬鹿を止めろ!達成報酬:徳ポイント100万ポイント》
「今の地獄省、本当に大変なんですよ〜。死んだ人が生き返ったり生きてた人が魂ごと消滅したり。エマ様の知り合いらしいですよ?その馬鹿」
ああ、ロザリーか。エマはアカリから目を逸らし、俺に一言。
「行くわよ」
この瞬間、俺たちフェイタル·ガーデンの時空旅行が決まったのだが…
「しかし、時空旅行している奴らをどうやって止めるんだ?」
意気込んだはいいが、俺たちにはロザリーたちの下へ行く手段がそもそも無い。
「アカリ、どうにかならないの?」
エマが尋ねると、アカリは親指を立てた。
「エマ様、気合いッス」
「……コーセー、やっぱり今日は休暇を楽しみましょ。無理なものは無理だわ」
早々に諦めた俺たちは、庭でバーベキューを始めていた。アカリの歓迎会をすると言ってマミがはしゃぎ出したからだ。
「肉!肉焼けたよー!」というマミの元気な声と、炭の爆ぜる音。地獄の崩壊危機なんてどこへやら、庭には平和な香ばしい匂いが漂う。
皆でワイワイ騒いでいると、久しぶりにキアラが帰ってきた。
「お姉様ただいまですわ。……あら?そちらの方は?」
「おかえり、キアラ。この子はアカリ。実はね……」
エマが肉をモグモグしながら、事の経緯を説明する。時空旅行している馬鹿のことを。
「なるほど……時空に歪みが起きているのですね。それなら、精霊界に行きますか? 時空への干渉に関しては心当たりがあります」
「あっ、いたわね。忘れてましたわ」
キアラの提案にノッテがポンと手を叩いた。なるほど。キアラはしっかり者でノッテはうっかりさんだな。ハハハ…いや忘れるか?
「精霊界?」
「「ええ。精霊界には過去と未来を司る双子の大精霊がいますわ。私たちのアイデンティティが薄まるのであまり会わせたくありませんが…あの2人なら、なんとか出来るはずですわ」」
「お、それ採用ッス!」
にっこりと微笑む双子の提案に、アカリが調子よく乗っかる。
「精霊界にはどうやって行くのかしら?」
「お姉様すぐ行けますわ」
そう言って二人が取り出したのは、透き通るようなクリスタルでできた、見たこともないほど神々しい鍵だった。そして…
「「精霊界の入り口、開門いたします」」
「いや待ってくれ。行くにしてもまだ何の準備もしてないっ」
うん。遅かった。キアラとノッテが鍵を虚空に差し込み、ぐるりと回す。すると、何もない空間にバキバキとひび割れのような光が走り、そこからエメラルドグリーンの光が溢れ出した。
「うわっ、まぶしっ!?」
俺が目を開けると、そこにはキラキラ光る扉があった。「ヒャッホー」と扉を開けようとするマミを手で制しキアラとノッテを見る。
「なあ、二人とも、精霊界は超SFだったり、ほのぼのファンシーじゃないよな?」
「「それは、行ってのお楽しみですわ」」
先に扉をくぐる2人の後を追いかけ、俺たちフェイタルガーデンのメンバーも扉をくぐる。後ろで手を振っていたアカリはエマに「あんたもよ」と腕をつかまれていた。
「……ここが、精霊界?」
恐る恐る目を開けると、そこには、SF世界もファンシー世界も無かった。あったのは、イメージ通りの光景だ。
空には3つの太陽があり、空に浮かぶ大きな島もある。地上には花畑があり、小川も流れている。遠くには山も見えそこには虹が架かっている。やっぱ普通って良いなあ。
「「ようこそ。私たちの故郷、精霊界へ」」
キアラとノッテが裾をつまんで優雅に一礼する。ちなみに、2人が憑依するさるゆきは置いてきた。束の間の自由を楽しんで欲しい。
「キアラ、ノッテ。その双子の大精霊様ってのはどこにいるのかしら?」
キアラが少し複雑な表情で山のほうを指差す。
「「お姉様、あちらの方にある『刻の神殿』ですわ。ただ……あの二人、過去と未来を司っているせいか、性格がちょっと……いえ、かなり個性的ですので」」
「個性的? うちのメンバーよりも?」
俺の問いに、二人は力なく微笑むだけだった。嫌な予感しかしないが、俺たちは神殿に向かい歩き出すのだった。




