第27話「マリナ」
「ハチさんにはハチミツたっぷり! サルさんにはバナナの踊り食いおじゃ〜! さあ、もっと踊るでおじゃ。マリン! 地上の友人も喜んでおるぞよ! おじゃ、おじゃおじゃ!」
フグのような体躯を揺らし杓を振り回して狂乱の宴を煽る国王。
「やめろ! ベタベタする! エマ、助けてくれ!」
「ウキーーッ!(殺せ! 殺してくれ!)」
俺とさるゆき(ただの猿)が、2頭身軍団たちに揉みくちゃにされ、尊厳をズタズタにされているその時だった。
ドーン!!
宴の間の真珠の扉が、粉々に粉砕された。
「いい加減になさい、このバカ!」
轟音と共に現れたのは、圧倒的な覇気と知性を纏った女性。マリンの母であり、この国の真の支配者である王妃様であった。
「お、おじゃ……!? 妃よ、これには深いわけが……」
「黙りなさい! 娘の友に対してハチミツをぶっかけ、娘に羞恥プレイを強いるなど、王家の……いえ、人として恥を知りなさい。正座ッ!!」
王妃様の一喝で、国王は「おじゃぁ……」と萎みながら、すみっこで烏帽子を脱ぎ、短いヒレを揃えて正座をさせられた。
数分後。ようやくパステルカラーの暴力から解放された俺たちは、王宮の一角にある落ち着いたテラスにいた。
そして王妃様の魔法でベタベタの蜜を洗浄してもらい席についた。
「皆様、うちの愚夫が多大なるご迷惑をおかけいたしました。私はマリンの母です。……
」
王妃様が淹れてくれたハーブティーを啜り、俺はようやく人心地がついた。
だが、マリンだけは顔を真っ赤にしたまま、震える手でティーカップを握り、テーブルの一点を見つめている。
「……さて。お母様に伺いたいのですが」
エマがカップを置き、視線を王妃様に向ける。
「マリンが国際指名手配された理由……エルフフロンティアで聞いた話では国王暗殺未遂とのことでしたが、本当のところは何があったのですか?」
王妃様は困ったように微笑み、隣で項垂れるマリンを見た。
「話せるわね?」
マリンがポツリポツリと、小さな声で話し出す。
「……私は、地上で流れる『バレンタイン』という風習に、強い憧れを抱いていたの。……運命の相手にチョコレートを贈るなんて素敵じゃない……私もいつか表れる運命の人の心臓を射止めるために……私は三日三晩寝ずに究極のチョコレートを調合したわ」
「……調合?」
うん?どういうこと?『作る』じゃなくて『調合』なのか。
「……ええ。致死性の一歩手前まで煮詰めたカカオと、恋の魔力を込めた秘薬。それを王宮の厨房で冷やして固めていたの。……これを持って地上へ旅立ち、愛しい人を見つけて捧げる……。そのはずだった」
マリンの氷のように冷たい視線が国王に向けられた。
「……なのに。……このクソおやじが、夜中に厨房に忍び込みんで私が丹精込めて調合した愛の結晶を……『小腹が空いたでおじゃあ』とか言いながら、全部平らげたのよ!!」
あー、なるほど……
「……私が見つけた時、この男の口の周りにはチョコがべったり付いていたわ。……私は、頭の中で何かが千切れる音がした。……気づいたら近くにあったマグロ解体用の包丁を掴んで、この男を王宮の端から端まで追いかけ回していたわ」
「おじゃる……。あの時のマリンは、まさに深海の魔神ポセイドンみたいだったでおじゃる……。死の恐怖を感じて近衛兵に『暗殺者が現れた! 助けておじゃ!』と救援を求めたでおじゃる」
「……それで、近衛兵が駆けつけてマリンはそのまま地上へ逃亡。王族暗殺未遂として指名手配された……っていうのが真相?」
エマが呆れた顔をしているが…俺にも覚えがある。親父と喧嘩して家を飛び出したっけ。今思うとくだらない喧嘩だったなあ。
「ええ。お恥ずかしい話ですが…」
「……事情は理解出来ました。では、なぜ指名手配を?今日の様子を見る限りではマリンを指名手配する必要は無かったと思うのだけど…」
「その質問の答えは……あなた!」
「はっ、はい」
「答えてあげなさい。マリン、あなたもしっかり聞くのよ」
マリンがビクッとなりながらも首を小さく縦に振った。そして国王が話し出す。
「エマさんだったね?その質問に答える前に少し話をしよう。君たちは人魚姫という異世界の物語を知ってるかい?」
えっ、急にシリアス口調?痛っ。隣を見るとエマに脇腹を抓まれている。あっ、あー。茶化すなってことだな。
「知ってます」
国王は一瞬驚いた表情をした。シリアスなはずなのに、なんか2頭身の顔見てたらむしろ笑け痛っ。あっはい。
「そうか、君も転生者なのかな?私もこの物語を勇者サトウ·ヤスオから聞いたんだよ。彼もまた転生者だったらしい」
ヤスオ?あのヤスオか?う〜ん、メッセージ送って聞いたほうが早いか。
ガタン、ガタガタガタ…
えっ?何でマリン暴れてるの?あっ逃げた。おっ、王妃様に捕まった。王妃様強いな。
「続けるよ。マリンも最後まで聞くんだ。君の知りたいことも分かるから」
良かった。大人しくなった。
「昔、地上の人間にとって人魚は貴重な素材扱いされていた事があるんだ。我々の心臓が不死の薬になるとね。勿論そんな効果は我々には無いんだがね」
人間ってホント馬鹿だよな。
「そして事件は起きたんだ。ある日、大地に憧れた1人の人魚が狡猾な人間に騙されたんだ。騙された結果、人魚は秘匿してきた海底国家の場所を人間に教えてしまった」
「まさか戦争に?」
「ご察しの通り。でも、押し寄せる人間から我々を救ってくれたのが勇者サトウだったんだ。その時に教えて貰ったのが人魚姫の物語だよ」
国王がマリンを見た。
「私は教訓とするために絵本を作った。君にも何度も読んであげただろ?…そして、勇者サトウと交友のあったエルフの力を借りてこの結界を作ったんだ。悪意ある者を通さないように。そして、この国にいる者が悪意を持たないように」
「お父様、納得いきません。結界を作るのは良いのです。でも、こんな正気を失うような結界は間違っています」
マリンが声をあげる。この結界って正気を失うのか?まさか、ロザリーが?何のために?
「マリン違うよ。結界を張る前に、既に私たちは正気を失いかけていたんだ。結界は正気を保つ術だったんだよ」
「ど、どういうことですか、お父様」
「さっき話した1人の人魚は……人間に殺されたんだ。人魚姫の様に。そして争いが起きた時にも大勢の国民が死んだんだよ。結界はね…哀しみに怒り狂う私や国民の感情を抑える為のものなんだ」
国王はふーと息を吐いた。
「……最初に殺されたのは……マリナ。君の姉だ」




