第22話「三千年越しの恋」
翌日、エルフフロンティアのショッピングモールミッドガルド・テラスは、熱気に包まれていた。
人化したエマは、白銀の髪をサイドに流し、どこか不遜で挑戦的な笑みを浮かべて俺の隣を歩く。かつて地獄で亡者を裁いていた閻魔の威厳は、今や「新作を買い漁るセレブ」のそれへと完全に変換されていた。
「さあ、コーセー。今日はリボ払いなんて不吉な言葉は地獄の業火に投げ捨てなさい」
エマが最初に入ったのは、郷で一番の高級ブティックだった。彼女は次々と試着室に服を持ち込み、数分おきに現れては、俺に無言の問いを投げかける。最初は「何でも似合うな」と適当に答えていた俺だったが、エマが最後に選んだ一着を見たとき、思わず息を呑んだ。
「どう? 少し、都会に馴染みすぎかしら」
それは、歩くたびに流星のように煌めく、銀の魔導繊維で編まれたタイトドレスだった。
「似合ってる。っていうか、そんな格好で歩いたら、街中の視線が全部エマに裁かれるだろ」
「あら、面白いことを言うわね。決まりよ。これは着ていくわ」
エマは店員の勧めるバッグや靴も「それも、これも」と指差し、俺のダークフォンで次々とエルペイ決済していく。俺の両腕は一瞬で紙袋で埋まった。
「……物理的なポーターって、マジで体力削られるな」
「文句を言わない。次は映画よ。この街の『恋』とやらを査定してあげるわ」
映画館は五感すべてをジャックする最新のホログラムシアターだった。
暗闇の中、俺たちは近すぎず、かといって他人のようには遠くない。触れれば熱が伝わりそうな距離で並んで座った。
上映されたのは、この郷の歴史を題材にした超大作『三千年越しの恋〜ラスト・エタニティ〜』。
かつて郷が原生林だった頃、エルフの姫が人間に恋をした。しかし運命は残酷で、2人が結ばれる前に男は命を落とす。
「神様と約束したんだ。三千年経ったらまた、ここに転生させてくれるって……」
男の最期の言葉を信じてエルフは待った。しかし長寿と言えどもエルフにも寿命はある。エルフは男を待つために、ある研究者の力を借りて自らを機械化していき男を待った。
そうして三千年後の未来に転生した恋人と再会する……という物語だ。
スクリーンの中では、ボロボロになった機械の乙女が再会した恋人の手を握り涙を流していた。
「……ねえ、コーセー」
暗闇の中でエマが小さく声をかけてきた。
「三千年って、どのくらいの長さだと思う?」
「……想像もつかないな。俺のいた世界じゃ、国がいくつ滅んでも足りない時間だ」
「そうね。……でも、地獄で亡者の列を裁き(捌き)続けてきた私からすれば、三千年なんて、溜まりに溜まった判決書の山を片付けるのに必要な一日のノルマ程度のものでしかないわ」
エマはスクリーンを見つめたまま、独り言のように続けた。
「私は閻魔として、果てしない時の流れと、その終わりにある『死』だけを見続けてきた。でも、もし私があんな風にあなたをどこかで待ち続けることになったら。私はきっと、あんなに綺麗に泣けない。……もっと怒って、奈落の底からあなたを引きずり出して、これまでの『未払い分』を請求するに決まってるわ」
エマは冗談めかして言ったが、その瞳には、スクリーンの光が切なく反射していた。
かつての孤独な閻魔様が、今は隣で自分を待たせるなと、遠回しに、しかし傲慢に告げている。
俺は、空いている方の手を彼女の手の上に重ねようとして――やめた。
代わりに、少しだけ椅子の肘掛けに寄せて、彼女の体温を感じる程度に距離を縮めた。
「俺は三千年も待たせないよ。閻魔様の取り立てはリボ払いの督促より怖そうだからな。エマを独りにしたら地獄の蓋が開きそうだ」
「……ふふっ、そうね。あなたは一生、私の目の届く場所で足掻きなさい」
映画が終わると、外はすっかり暗くなっていた。
ホテルのテラスで、夜景を見下ろしながら晩餐を摂る。エマの足元には、エルペイを限界まで使い込んだ山のような買い物袋が積まれていた。
「楽しかったわ。コーセー」
エマが夜風に吹かれながら、ワイングラスを揺らす。
「かつて死者しか見なかった私が、こんな風に生者の無駄な時間を過ごしている。これも、あんたというイレギュラーが招いた『業』かしらね」
二人の間に、心地よい沈黙が流れる。
エマの手が、テーブルの上に置かれた俺の手のすぐ近くまで滑ってきた。指先が触れそうで、触れない。
エマは俺の目を見つめ、何かを言い――。
「あー! コーセーっち、エマっち! 見つけたー!」
突然、背後からマミの明るい声が響き、すべてが台無しになった。
見れば、全身にオイルを浴びている。
「大変、大変! クルスっちの魔改造、想定外に上手くいっちゃって!ラボの壁突き破って街の方に飛んでっちゃったんだけど!」
「お姉様! 止めてください! あのままだとクルスはアステリアの防衛衛星と合体してしまいますわ!」
「お姉様!レンレンとマリンも何かやらかしたみたいですわ」
さるゆきから顔を出したキアラとノッテも慌てていた。
俺はエマと顔を見合わせ、深くため息をついた。
「三千年の恋も、一瞬でぶち壊しだな」
「いいわ。……続きは、あの3人を地獄の果てまで追いかけてからね」
エマは銀のドレスを翻し、一瞬で不機嫌な閻魔様へと表情を切り替えた。
絶妙だった二人の距離感は、再びカオスな旅の仲間へと戻り、俺たちは光り輝く夜の街へと駆け出した。
外に出ると同時に街中の赤い警告灯が不気味に回り出し、アステリアの無機質なアナウンスが夜空に響き渡った。
『――緊急警報。第1種警戒態勢を発令。本日郷内で観測された複数の違法行為に対し、現時刻をもって一斉摘発を開始します。対象、天空国家スカイ初代国王ニコタール・スカイ、海底国家ショーナン第2王女マリン、稀代の天才の遺児ホムンクルス クルス、エルフフロンティア最高技術顧問ロザリンド·フランクリン』
「え、ちょっ、何事!?」
俺たちが戸惑う間もなく、上空から突如降下してきたドローンが、レンレンとマリン、そして全速力で逃走中だったクルスを光の鎖で拘束していった。
後で聞いたがドローンは法執行機関が所有する逮捕ロボット『捕まえたろー君』だそうだ。ロザリーたち偉人組に作られたそうで、弱点を知るロザリーはまんまと逃げきったそうだ。
1時間後、俺たちはエルフフロンティア最高裁判所の傍聴席に座っていた。




