第21話「夜空を見上げた」
エルフフロンティアのセントラル・コア。アステリアver18の演算ユニットが放つ淡い青光に包まれたラボで、マミがダークフォンのカメラを無骨なフルプレートに身を包んだクルスに向けた。
「ねえ、ロザリッチ。よく見たらクルスっち、OSのバージョンが骨董品レベルなんだけど。ていうか、魔力の循環経路が完全に焼き切れる寸前じゃん。これさ、放置してたらあと数ヶ月でコアが沈黙するっしょ。クルスっち寿命ヤバみだね」
マミの軽い口調とは裏腹に、その言葉の内容は残酷だった。
俺は思わず、さっきマックで買ったビッグユグドを食べていた手を止めた。
「クルス、お前そんな状態だったのか?」
クルスは静かに、自分の重厚な籠手を見つめた。
「マスターは言っていた。機体も、人も、いつかは朽ちるからこそ美しい、と。俺に内蔵された擬似魂ソウル・ユニットは、人間と同じで、時計の針が止まるように設計されている。それがマスターの、俺への最後の慈悲だ」
「ハッ! 慈悲だか何だか知らないけど、そんなのただの設計ミスだよ。ジローの奴、相変わらず感傷が邪魔をして効率を落としてやがるねぇ」
ロザリーがぶっきらぼうに言い放ち、タブレットを激しく叩いた。
「だが、新しく錬金の極みを手に入れたマミ。それにアステリアの技術提携先であるキアラとノッテ。後はあたしがいる。揃っちまったねぇ、最高のメンツが。ジローには悪いがクルスあんたにはもう少し長生きしてもらうよ」
「いいわね。光マナネットの超高速回線を繋いで常に最新情報をクルスにアップデート出来る様にしましょう」
「あらキアラがそれをするならダークフォンの最新クアッドコア・チップを埋め込みましょうか」
キアラとノッテが、まるで新しいガジェットを分解して喜ぶ子供のような邪悪な笑みを浮かべる。
「クルスっち、あーしも『錬金の極み』で、装甲をキラキラにデコるよー! クルスっちはエモイ魔導機神に転生決定ねー!」
マミが鼻歌交じりに、魔導演算機にデタラメなしかし天才的なレシピを打ち込んでいく。
その背後で、解体用の魔導アームが無情にもウィーンと音を立ててクルスを囲い込み始めた。クルスはこれから自分のの尊厳が効率とギャル的感性によって粉砕される未来を悟ったのだろう。彼は虚空を見つめ、静かに呟いた。
「マスター・ジロー。あなたが、この師匠ロザリー殿を『知識のために魂を売った、美学の欠片もない化け物』と恐れ、死ぬまで逃げ回っていた理由が今、ようやく理解できました」
女三人寄れば姦しいと言うが…ちょっと意味は違うか。引きつっているクルスの絶望顔を俺は正視することが出来なかった。頑張れクルス。
「改造には三日かかる。その間、あんたたちは街で暇でも潰してきな。適当な宿泊施設のスイートルームは、アステリアの経費で押さえておいたからねぇ」
いくら宿を手配してくれても先立つものが無ければ観光を楽しめないなと、ロザリーに世界樹のクエストで得た金貨をこの国の通貨に両替を頼んだ。
「ハッ!金貨や銀貨に銅貨だって?金銀銅は錬金素材として使うのが一番さ。貨幣は電子マネーが効率的さね」
そう言ってそれぞれのダークフォンに電子決済アプリ、エルフペイをインストールしそこに入金された。いやハイテクすぎるだろ。
その後、俺たちは即座にラボから追い出された。追い出された俺たちは、ネオンきらめく都会の中、それぞれの欲望に従って散っていった。
---レンレン---
まず行動を起こしたのは、自称「世界で一番カワイイ魔法少女」こと、レンレンだった。
「私のような可愛い魔法少女が一介の冒険者で終わるのは世界の損失なのぉん。この街のネオンをすべて私のスポットライトに変えてあげるわぁん」
レンレンが向かったのは、エルフの郷で最大手の芸能事務所エルフ・スター・ダスト。
奇しくも、レンレンが向かった事務所ではスター発掘オーディションが行われていた。
オーディション会場には意識の高い美男美女のエルフたちがズラリと並び列を作っていた。
「あらん、皆素敵ねぇん。でも私が一番よぉん」
「お、お待ち下さい。列に並びに受付を…ヒィッ」
レンレンは順番待ちの行列を華麗にスルー。受付嬢を「ウフッ」という色気だけで黙らせ、審査員室へ乱入した。
「うん?君、名前は? エルフじゃないよね?」
困惑する審査員たちに、レンレンは優雅に腰をくねらせ、さらにウィンク一つで背後の大型魔導モニターに過負荷を与えて爆発させた。
「マジカルかフィジカルか。物理で解決。魔法少女レンレンよん。ウフッ」
正気を疑うようなポージングで自己紹介をしたレンレン。審査員室は物理的な衝撃波が吹き荒れ書類が舞い散った。
「(物理で解決する魔法少女って何だよ!コエーよ !)……ええと、すみません、今回はその、ご縁が……」
目の前のバケモノを刺激してビルを壊されないよう丁寧に断りを入れようとする審査員。だがレンレンは妖艶に微笑み、耳を貸さなかった。
「もう私の歌も聴きたいのねぇん? 強気なんだからぁん」
「(いや、そんなこと一言も言ってねーぞ!?)」
「じゃあ聞いてぇん。新曲――『恋する乙女の物理魔法』。ワータシはレンレン。まほ〜しょうじょ〜!!」
数分後、オーディション会場は
「異世界伝説のジャイアンだ!」
「耳が……耳が死ぬ!!」
「誰か、け、警察…いや軍に通報しろ!」
と阿鼻叫喚に包まれていた。
---マリン---
一方、マリンは、いつもの漆黒の隠密服を脱ぎ捨てていた。
どこで調達したのか、海のように深い真っ青なシルクで作られた背中が大きく開いたイブニングドレス。腰には隠しナイフを三本(彼女なりの礼装)忍ばせ、高級ホテルで行われているエリート婚活パーティーの会場へと足を踏み入れた。
「暗殺者の技術は、ターゲットを仕留めるためだけにあるのではない。……獲物を誘い出し、その喉元に愛を突き立てるのも、また暗殺術。……今日こそ、私の猛毒に耐えうる、頑強な伴侶を捕獲してみせるわ」
マリンが会場に入った瞬間、温度が数度下がったような錯覚を周囲に与えた。ターゲットを吟味するマリンの目は、獲物を探すハヤブサのそれだった。
「あ、あの、お嬢さん。お一人ですか? 宜しければ、こちらのポーション・ワインでも…」
勇気あるエルフの青年が声をかけた。マリンは無言で彼を見つめ、首筋の動脈の拍動と体温の変化を確認してから、ポツリと答えた。
「あなたの心拍数、少し高い。緊張? それとも、ワインに入れた睡眠薬に中枢神経が反応しているの? ……後者なら、あなたは私の伴侶にふさわしいわ。デートをしましょうか」
「……え?」
青年は、いつものやり口で女を眠らせて持ち帰ろうとしていたのが一瞬でバレた為、脱兎のごとく逃げ出した。が、マリンはそれを許さなかった。
「逃げるのはダメよ?ターゲットとは最期まで向き合うのが暗殺者の礼儀よ」
一瞬で正面に移動してきたマリンに腰を抜かした青年は死に直面した錯覚に陥り、余罪も含め会場に響く大声で懺悔しだした。
「神よお赦しください。薬を使い女性を…」
騒ぎを聞きつけた警備に青年は連行されていった。
その後もマリンに誰かが近づくたびに「歩き方に隙があるわ」「その指先の震えあなた暗殺のチェリーね」「不合格よ。オラオラ系は好きじゃないの」と男たちはダメだしされ、懺悔から警備に拘束というループが出来あがった。結果、マリンの周囲は完全に無人地帯となるのだった。
「ここには私の探す愛は無いわね」
マリンはターゲットを求めて街へと姿を消すのだった。
---コーセー·エマ---
夕暮れ時。俺とエマは、立ち並ぶビル群を望むホテルの最高級テラスにいた。
「……なんか、二人きりも久しぶりだな」
俺の言葉に、人化した姿のエマが、紅茶を啜りながら頷いた。
「そうね。久しぶりね。コーセー」
エマが不敵に、そして少しだけ悪戯っぽく微笑む。その瞳には、ネオンの光が美しく映っていた。
「明日は一日、私に付き合いなさい。この街を遊び尽くすわよ。言っておくけど、荷物持ちの役割は、スキルじゃなくて自分の腕でやってもらうわよ?」
俺は、明日のデートの楽しみとそして魔改造によってジローの美学を喪失していくであろうクルスの未来を思い、そっと夜空を見上げた。
《ピコーン!一蓮托生のレンレンがジャイアンになりました。 被害規模甚大△5,500ポイント》
《ピコーン!一蓮托生のマリンが犯罪者の身柄拘束に多大な寄与を確認。 1,500ポイント》
「何やってんの?あいつら」
そっと夜空を見上げた。
徳ポイント:△534,576ポイント




