第17話「初凱旋」
「……うるさいわねぇん。エクスプロージョン(物理パンチ)で黙らせるわよ?」
レンレンが凶悪な笑みを浮かべながらエルダートレントに向かって拳を振り上げたその時だった。
「ひいいいいいっ! ごめんなさい! マジで勘弁してくださいっ」
地響きのような咆吼が止んだかと思うと、巨体が激しく震えエルダートレントの中から手のひらサイズの蓮華草みたいな精霊が飛び出してきた。
その精霊は地面に着地するやいなや、完璧なフォームで土下座を決めた。
「ちょっと、何よ〜ん。私の拳の行き場はどうしてくれるのよぉん」
レンレンは拍子抜けし拳を下ろすとつまらなそうに鼻を鳴らした。
「でも、やっぱりねぇん。おかしいと思ったのよぉん。本来エルダートレントなんて、エルフには世界樹って崇められるくらい、森の深いところで大人しくしてる無害な存在だものぉん」
『えっ?エルダートレントって世界樹なん?それなのに討伐していいの?』
「コーセーきゅん、面倒くさいことになるから討伐は辞めたほうが良いわぁん」
なら何でさっきぶん殴ろうとした。お前のパンチはヤベーだろ!と思ったが、俺は大人なのでつっこまないぞ。
『面倒くさいことになるって何だ?』
「エルフに1人、頭がおかしいのがいるのよん。そんな事よりその緑の精霊をどうにかしたほうが良いわねぇん」
そのエルフは気になるが、エルダートレントから出てきた精霊がガタガタと震えながらさるゆきを見ながら騒ぎだした。
「……何でこんな所に光と闇の大精霊様がいるんすか! 殺気が漏れすぎてて光合成もできないっス。それに破壊の大精霊様まで…」
「「あら、バレたみたい」」
キアラとノッテが、さるゆきから、飛び出し左右から精霊を覗き込む。
「「お姉様を驚かせようとした罰として、除草剤でも撒いてあげようかしら?」」
「ひいいいい! 勘弁してください! 私はただ、ちょっと人間をおちょくって遊んでただけなんですぅ」
あまりの恐怖に、精霊は自身の茎をちぎらんばかりに身をよじって許しを請いながら…気絶した。
『……ふぅ、ようやく静かになった。助かりましたよ』
緑の精霊が気絶すると、唐突にエルダートレントが話だした。
エルダートレントを見上げると、先ほどまでの禍々しいオーラは消え、今は逆に神々しくさえ感じるオーラを放っていた。
『お礼に、私の魔導イチゴと枝を持っていきなさい。……さて、私は騒がしいのが苦手ですので、これにて失礼。……さらば』
エルダートレントがそう告げた直後だった。
ゴゴゴゴゴ と凄まじい地響きが鳴ったかと思うと、巨大な樹木が、その根っこを無数の足のように器用に動かし始めた。
「え、ちょっと待って……早すぎない!?」
エルダートレントは、その巨体からは想像もつかないスピードで森の深部へと走り去っていった。
「……逃げ足、あーしのダークフォンの通信速度より速くない?」
マミのツッコミが、静まり返った街道に虚しく響いた。
「よし、収穫っしょ! クルスっち、それ出して」
「……うん盾か?」
マミに促され、クルスは背中から重厚な盾を取り出した。
「はい、これを水平に持って。 動いちゃダメだよ。これをイチゴのトレイにするから」
「……盾は守るものだ。……イチゴを運ぶためのトレイではない」
クルスは文句を言いながらも盾を巨大な皿のように差し出した。
「エモーい! Sランク冒険者がイチゴ運んでるとか、マジ絵面最高なんだけど」
マミは山盛りのイチゴをクルスの盾に乗せ、さらに世界樹の枝までその上に積み上げた。
『……いや、普通にイチゴ集めたけどエルダートレントスルーし過ぎじゃない?』
「コーセーきゅん、気にしたら負けよぉん」
レンレンがそういうと、全員がうんうんと頷いた。多勢に無勢。俺もスルーすることにした。
「「そんなことよりお姉様、緑のやつ殺っても良いですか」」
気絶から復活した緑の精霊を睨みつけ、キアラとノッテが物騒なことを言い出した。
《ピコーン! 殺害予告は脅迫罪に当たります。徳ポイント△5,000ポイント》
「What!?判定さん、俺は何も言ってない。無実だ!!」
久々に判定さんの声を聞いたと思ったら、とんでも無い冤罪をふっかけられた。
《ピコーン! フェイタル·ガーデンというファミリーを結成したのをこちらでも把握しています。特別にファミリーにも一蓮托生を適用させて頂きました。》
《ピコーン! ファミリーの善行を貴方に加算する為の優遇措置でしたが、今回はマイナスに働きましたね。》
《ピコーン! レンレンさんの殺害未遂罪はギリ見逃せたのですが……》
《ピコーン! 補足ですが、エルダートレントは精霊に操られている振りをしていただけで、助けたことにはならないので徳は積めていません。よって加算はありません。》
判定さん、久々だからってめっちゃ喋るやん。
てかさ言いたいことは山程あるけど……うん。俺は異議を唱えるのを諦めた。男は諦めも肝心だしな。ぐぎぎ。
それよりもパーティーメンバーには俺の徳ポイントについてはしっかりと話そう。このメンバーめっちゃマイナス稼ぎそうだし。
「待って。殺すのはもったいないわ。この精霊のイタズラでエルダートレントはおかしくなったんでしょ?罪を償わせないといけないわ」
俺が判定さんの無慈悲な判決に絶望していると、エマが緑の精霊の前に出て話しだした。
「私たちが拠点にしていた…いえもう村ね。村はまだ人手が足りないの。緑の精霊なら、農業を手伝わせるのに最適じゃないかしら?」
「ひえっ! 農業!? 管轄外ですー」
緑の精霊が叫ぶが、キアラとノッテが背後から「「あ?」」と冷たい声を出すと、精霊は即座に直立不動になった。
「……聞きなさい、今日からあなたの名はレンゲよ。私の眷属として、生涯をかけて村に尽くしなさい」
エマが名を告げた瞬間、眩い光が緑の精霊を包み込んだ。
「あ、あああ……!? 体が、逆らえない……!?」
「レンゲっち、マジ乙。農業(社畜)頑張ってねー」
《ピコーン!精神や身体の自由を不当に縛る手段を使って、本人の意志に反して労働を強制する行為は労働基準法違反になります。徳ポイント△8,000ポイント 》
ゴフッ。よし、帰ったらマジでフェイタル·ガーデンのパーティー会議しよう。これ以上仲間を暴走させるわけには行かない。
「イチゴも枝もゲットしたし、レンゲっちは村へレッツゴーっしょ!」
「マミ、一粒食べてもいいかしら?」
「ダメだよ! マリンちゃん。あっ、クルスっち揺らさないで! 振動厳禁!」
「……俺は……何をしているんだ」
クルスの悲哀に満ちた呟きとイチゴを乗せて、俺達はイーサの街へ戻って来た。
そして、城門前はちょっとした騒ぎになった。
「おい、見ろよ。あれ……Sランクに登録されたばかりの……」
「盾にイチゴを山盛りにして歩いてくるぞ……?」
門番や冒険者たちが道を開ける中、先頭を行くのは巨漢のクルスだ。本来なら数多の斬撃を弾き返してきたはずの盾を、彼はまるで高級ホテルの給仕のように水平に捧げ持っている。その上には、魔力を帯びて赤く発光する魔導イチゴが、崩れそうなほど高く積み上げられていた。
「クルスっち、左に0.5ミリ傾いてる! シャッターチャンス逃すじゃん!」
その横でダークフォンを構え、ポーズを指定しているのはギャルのマミ。
「……マスターよ。俺は今、人生で一番繊細な戦いをしている気がする」
一粒のイチゴも落とさないよう、全神経を集中させて摺り足で歩くクルスの額には、戦闘時でも見せなかった汗が浮かんでいた。
その後ろを、俺は情けない羽音を立てて随伴する。
俺の足元では、新入りの精霊レンゲが、さるゆきに潜むキアラとノッテに怯えて「ひぃ、一生農業しますからぁ……」と泣きべそをかいている。
「あらぁん、みんな注目してるわよぉん。やっぱりSランクは華がなきゃね」
レンレンが優雅に手を振り、マリンが「イチゴ、いい匂い……」と今にも盾に手を伸ばそうとするのを、エマが「街に着くまでは我慢よ」となだめる。
徳ポイントこそマイナスだったがフェイタル・ガーデンは無事に初凱旋したのだった。
徳ポイント:△30,876ポイント




